第29話 再び冒険者ギルド

「…んあ、は、はあ。ああ、スプラ。あ、『活性炭』。そうだ、あんた、なんだいこの量は」



 俺がマークスさんから貰った活性炭を見せたらその量に驚いて十数秒固まっていたマジョリカさん、意識が戻ったと思ったらすぐに鼻息荒く問い詰めてくる。そんなん俺に聞かれても知らんし。



「これだけの量となるとやっぱり高価なんですよね?」


「ああ、この量だと王国一の公爵家の豪邸を広大な土地付きで丸々買えるほどの金額になるはずだよ。あの男、活性炭の価値は十二分にわかっているはずだけどね。は、もしかして、スプラ、あんた何かしたのかい? もし詐欺まがいのことなんてしてたらあんた…」



 マジョリカさんの俺を見る目が細まる。もう獲物を見る猛禽類がする目になっている。いや、マジで俺こういうのダメだから。無理だから。



「いやいや、詐欺だなんて。初めは先約があるからダメだって言われたんですけど、教会のステラさんがマークスさんのこと褒めてましたよって伝えたら急に『全部持ってけ』って押し付けられたんですよ。まあ、それに絡んでちょっとした交換条件もありましたけど、たいして難しいことでもなかったので了承したんですよ」



「ん? ステラ? 教会の? ハ、ハッハッハ。そうかいそうかい、あの男、それで…ククク、なんだい、スプラ、あんたもなかなかやるじゃないか」



 今度は悪代官のような悪い顔で笑うマジョリカさん。いやいや、俺は何も悪いことはしていませんので勝手に悪徳商人のような立ち位置にしないで欲しい。



「……」


「まあ量は予想外にせよ、手に入ったのなら良しとしようか。じゃあ、次は『毒出し草』だね。あんたのその装備じゃ、まだブルースライムより安全な方から終わらせといたほうがいいだろう。数は最低でも50個以上、保存は効くから多ければ多いほどいい」


「ということは、今度は南の平原ですね。でもモンスターとかってやっぱりいるんですよね?」



 なんか死に戻り繰り返してた頃がだいぶ前のような気がするな。つい昨日のことなのにな。



「ああ、いるとも。街から出れば、モンスターはどこにだって現れる」


「ですよね。俺死んじゃいますよ」


「あんたは知らないかもしれないが、冒険者ギルドに依頼を出すって手があるんだけどねえ」



 マジョリカさんが得意そうにして教えてくれる。



「俺でも出せるんですか?」


「ああ、出せるとも。依頼を受ける時は登録してないといけないが、出す方は誰でも大丈夫だ。そもそも自分じゃできないから依頼を出すんだ。冒険者登録するくらいのもんだったら自分で採取するだろうよ」


 そう言うと、マジョリカさんは「保証金がいるから薬草の前払いだよ」と3000Gを俺に渡して含んだ笑みを浮かべる。お金貸してくれるのはありがたいが、なんだか借りたらダメなところから借りてるようで気が引ける。ま、借りるけど。



 その不安を煽る怪しい笑みに見送られて薬屋を出て冒険者ギルドに向かう。昨日、無職が原因で犯罪者扱いされたばかりなんだが…まあ、今なら丈夫だ。いざとなったらすぐに【薬師見習い】だ。





「申し訳ございません、お客様の依頼はお受けできません」


「えっと、なんで?」



 で、今、俺は冒険者ギルドの依頼提出受付カウンターというところにいる。そして毒出し草の採取依頼をお断りされている最中だ。



 目の前で困った顔をしているのは冒険者ギルドの受付嬢さん。初日に冒険者登録しようとしたら「無職は無理、もしかして犯罪者?」って疑ってくれたその人だ。さすがに当人だと気づいた時には緊張してステータス画面の【薬師見習い】転職ウィンドウを出してしまったが、あちらさんは俺のことなど覚えていないようだった。で、その当人から今、依頼提出を断られている。



「知り合いから冒険者ギルドは冒険者じゃなくても依頼は出せると聞いたんですけど」



 そう、知り合いの特殊上級薬師のマジョリカ様から。ただの受付嬢にしたら一段も二段も格上のマジョリカ様からだぞ。



「いえ、冒険者かどうかの問題ではなく、ただいま領主様より、冒険者ギルドで受け付ける依頼はモンスターの討伐依頼だけにするようにお達しがあったんです」


「え、領主?」



 いやいや、おかしいおかしい。なんで領主が出てくる。格上どころかトップじゃん。ただの依頼提出がそんなに大ごとなのか?



「あの、まことに申し上げにくいのですが、お客様が出そうとされている採取依頼の『毒出し草』ですが、この始まりの街の近辺というか、街を出てすぐ近くにも自生しているものですので、ギルドに依頼を出すまでもないのではと……」


「いや、それができるなら最初から来ないから」


「そもそも毒出し草は単価も低いので依頼を出されても誰も受けないかと」


「いや、そこを何とかするのがギルド…」



 だんだんこの受付嬢に腹が立ってきたところで、ふと周りがざわついているのに気付く。見ると何人ものプレイヤーが俺と受付嬢のやり取りを見て何やら話していた。ついでに俺のジャージを指さす奴もいる。


 おかしいな、NPCとの話の内容は外には聞こえない仕様だったはずだが。なんかややこしいことになるのも嫌だから、ここは帰るか。また違った方向性で犯罪者扱いされてもかなわんし。



「ちょぉっと待ちな、今の言葉、ギルド職員としての言葉として受け取ってもいいんだろうね」



 聞き知った声に後ろを振り返ると、マジョリカさんが髪の毛を逆立たせて立っていた。思いっきり見開かれた目が血走ってるとかちょっとしたホラーだ。こんなの夜中にリアルで見たらそのへんで駄弁ってるヤンキーも悲鳴を上げて逃げ出すだろう。



「え、いえ、それは、その……」



 受付嬢が顔を青くして後ずさる。そりゃ髪の毛逆立てたおばさんが目をひん剥いて迫ってきたら誰でもそうなるよな。ネヒルザ級の山姥っぷりだもんな。



「いいかい、よくお聞き小娘。ギルドってのはどこの勢力にも属さないから冒険者から信頼されるんだ。それを馬鹿領主から言われたからって、『採取依頼を受け付けられない』だと? 採取依頼を出せなきゃ、薬師は冒険者に必要なポーションだって作れないんだよ。そんなこともわからないのかい! それに『近場だから自分で行って取ってこい』だって? 近場にだってモンスターはいるだろう。依頼主が小さな子供だってこともあるんだ。そんな子供にモンスターのいる外に取りに行けっていうのかい、この盆暗ぼんくらギルドは!」


「あ、いえ、そんな……」



 口の立つ山姥…なんて恐ろしい。マジョリカさん、さすがにもうその辺でいいのでは。受付嬢もすでに震えて涙目になってることですし。ほら、周りも静まり返ってるじゃないですか。



「おいおいベニーヤ、なんの騒ぎだ、これは」



 静寂を破るように野太い声が建物内に響く。頭を掻きながらカウンターの奥から出てきたのは、頬に斜めの傷が入ったロン毛で強面の大柄男。長い爪楊枝みたいなのを口に咥えている。 



「あ、ゴルバ様。実はこの人が領主様からのお達しで採取依頼を出せないことに文句を言ってくるんです」



 そう言ってベニーヤ受付嬢はギルドマスターと呼んだ強面ロン毛男の陰にサッと隠れる。それから顔だけ出してさっきまでの涙目が嘘のようにマジョリカさんを睨め付けてくる。



 ああ、この人、こういうタイプの人だったのか。へえ、あっそう。そうなんだ。



 ギルドマスターらしい強面ロン毛男はマジョリカさんに一歩、二歩と近づいていく。近づくにつれて眉間に寄った皴が深くなっていく。さらに二歩近づく…



 そして…そのまま固まった。



「マ、マジョリカさん、なんでここに?」



 男の口から長い爪楊枝が落っこちる。


 落っこちた長い爪楊枝を拾おうともしないで、素っ頓狂な顔をした強面ロン毛男がマジョリカさんにさらに近づいていく。



「へ? あ、あの、ギルドマスター? 」


 受付嬢ベニーヤが訳がわからないといった風に強面ロン毛のギルドマスターとマジョリカさんとを見比べている。



「ゴルバ、あんたいつからあの馬鹿領主の犬に成り下がったんだい」


 マジョリカさんは腰に手を当ててゴルバと呼び捨てたロン毛強面を睨んでいる。



「え、いや、これは違うんです」


 ゴルバと呼ばれたロン毛強面は急にオロオロし出した。



「あの、ギルドマスター。誰ですか、このばあさ…」


「ば、馬鹿。お前、この人を誰だと思ってんだ。このマジョリカさんこそがこの冒険者ギルドのギルドマスターだ」


「え? ギルドマスターは、ゴルバ様じゃ…」


「馬鹿、俺は代理だ。こちらのマジョリカさんが自分のしたい仕事があるからって、長いこと俺に代理を押し付け…代理としてくださっただけだ」



 それを聞いたベニーヤ、恐る恐るマジョリカさんを振り返っているけど、もうマジョリカさんは彼女を見てない様子。ベニーヤはそれにホッとしているようだが、それは甘いな。俺は知っている。パワハラ上司はホッとさせてからの不意打ちが得意なのだ。つまりここからが本番だ。



「ほら、ゴルバ、付いて来な。スプラも一緒においで。あと、そこの女、お前はお茶と茶菓子でも持ってこい」



 マジョリカさんの冷え切った後半の声を聞いたベニーヤの背筋が痛々しいくらい伸び切っていた。ほらな、でも俺は知っている。これはスタートに過ぎないぞ。




❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


 ほじほじ


 おーい、小僧。ちょっとゆっくりしすぎじゃねえかー。


 ほじほじ


 もうなんならかわいいリスの体当たりで死に戻るっつうお笑い枠でもいいんだぞー


 ほじほじ ぴーん




――――――――――――――

◇達成したこと◇

・冒険者ギルドで採取依頼を断られる。

・冒険者ギルドマスターに会う(会っていたことを知る)



◆ステータス◆

 名前:スプラ

 レベル:1

 種族:小人族

 職業:なし

 属性:なし

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv4】【勤勉】【逃走NZ】【高潔】【依頼収集】【献身】【リサイクル武具】

 装備:【孤高狼のターバン風ヘアバンド】

    【ただのネックレス】

    【夢追う男の挑戦的ローマサンダル】

 所持金:約0万G

 称号:【不断の開発者】【魁の息吹】




◎進行中常設クエスト:

<薬屋マジョリカの薬草採取依頼>

●進行中特殊クエスト

<シークレットクエスト:万事屋の悩み事>

<特殊職業クエスト:マジョリカの弟子>

〇進行中クエスト:

<クエスト:武器屋マークスの個人的な依頼>




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