第20話 「不断の開発者」と「魁の息吹」

「いらしゃいませ、あ、スプラさん」



 ハサミ系のものが欲しくて万事屋さんまで行くと、まだ店は開いていた。今後のために聞いたら24時までは営業しているとのこと。


 で、ハサミのことを聞いてみると、『バッサリ君』というものを紹介してくれた。薄い金属板くらいなら問題なく切れるだけでなく、いろんな機能を詰め込んだ優れもののハサミらしい。ついでにビジネスシューズ用に皮紐2本も買ってきた。全部でたった3200Gだった。さっきの露店街の値段は何だったんだと思ってしまう。


 帰ろうとした時に、万事屋さんに露店街の事を聞かれた時は変な汗をかいたが、すごい人混みだったこととずいぶん高価なものが多かったことだけを伝えてそそくさと退散した。



 さあ、まずは買ってきた『バッサリ君』でこの黒ブーツを改造だな。どんどん要らない部分を切り取っていこう。


 リザードドッグのブーツと向かい合う。うん、実にカッコいい。男心がグイグイと引っ張られるのを感じる。そして思う。



「失敗したらどうしよう」



 要らんものは何個も買わされてるのに、このブーツは一つしか買っていない。貴重な一品ものなのだ。



「…あ、そうだ」



 ここはいきなり本番に向かうのではなくまずは練習が必要なのではないだろうか。ふとパワハラ上司の言葉が頭をよぎる。



『失敗は許さん。だが手を抜いた失敗はぶっ飛ばす』


「うん、練習しよっと」



 バッサリ君で切れそうなものは腐るほどあるのだ。やったれやったれ。


 バッサリ君の使用感は一言で言うとまさに『バッサリ』だった。筋力1の俺でも布だけじゃなく丈夫な革製品をサクサクと切れてしまう。冒険者ではない一般住民を対象にしているからなのか、筋力での制限がなかった。これは俺にとっては福音としかいいようがない。


 それから買いまくったローブやら服やらいろいろ切れるものは切ってみた。


 ローブは袖を切ってワンピースに…失敗、【布きれ】×2に。

 コートは袖を切って丈を短くして半被はっぴに…失敗、【革きれ】×3。

 ベストは短くして肩掛け…失敗、【革きれ】×3。

 チュニックは短くしてカットソー…【布きれ】×3。

 …


「おおおおおい、一つも成功せんぞ! 俺の70万!」



ピンポーン

『プレイヤースプラ様は一定時間内に規定以上の生産失敗を連続して繰り返しました。これにより【不断の開発者ペイシェントディベロッパー】の称号が与えられます』



ピンポーン

『ワールドアナウンス。FGS内で初めて称号を手にしたプレイヤーが現れました。初の称号獲得プレイヤーには【魁の息吹パイオニアズブレス】の称号が与えられます』



 …

 …


「は、えっと、なに?」


 ちょっとだけ時が止まっていたようだ。えっと、称号? 称号ってあの称号だよな。みんなの憧れ、MMOをやっている限り、持ってるだけで嫉妬と羨望の眼差しで見られ続けるというあの、コミュ障にとっては地獄の足枷になるというアレだよな。


「しかも、なんか二つアナウンスされたよな」


 震える手でステータス画面をチョイチョイ。




◆ステータス◆

 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:なし!

 属性:なし

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv3】【逃走NZ】【高潔】【依頼収集】

 装備:なし

 所持金:約0万G

 称号:【不断の開発者】new!【魁の息吹】new!



 【不断の開発者】

 創作成功時、確率で特殊生産物が生産される。



 【魁の息吹】

 危険を顧みず世界の魁を行くものに幸あれ。



 あるな。二つも。俺の両足にがっちり嵌ったようだ。


 で、どっちも効果がようわからん。特殊生産物ってなんだよ。エイリアンでも生まれるんか。



「よし、なかったことにしよう!」



 そう、ここはFGS。平和的MMOの世界にプレイヤー鑑定スキルなんてものはない。つまり俺が黙っていれば誰にもバレる心配はないということだ。



「さて、じゃあ、気を取り直して本番に立ち向かうとしようか」


 そう、今の俺には称号なんてものに動揺してる暇などないのだ。なぜなら俺の前にはこの黒光りブーツがあるのだから。



 よし、ではやるとするか。ゴミきれに変わった70万の価値をここに注ぎ込む。


 バッサリ君でブーツの踝から上をバッサリと切りとる。切り取ったほうは【ゴミ】と化す。【革きれ】と【ゴミ】の違いが気になりながらも、次の工程へ。


 次は甲の部分をV字に切りとる。そして紐を通す穴を空ける。そこでこのバッサリ君がその多機能性を解放。なんと穴あけ機能搭載型だった。持ち手部分に収納されている千枚通しを引っ張り出すとこちらも実に有能。固いリザードドッグの皮に簡単にプスプスと穴が開く。



「いやはや、すごいなこれ」


 感心しながら指先をツンと刺してみるが刺さる直前で滑るように針がそれる。人や生きたモンスターには使えない仕様のようだ。まあ当然だな。


 ちょっと千枚通しで遊んでしまったが、ここで気を取り直す。まだ最後の仕上げが残っているのだ。買ってきた靴紐を開けた穴に順番に通していって…はい、できました。



「うん、そのまんま革靴だな。多少足の甲の風通しが良くなり過ぎた感は否めないが。まあ、及第点か」



 さあ、履き心地はどうでしょうか。とにかく履いてみましょうか。

 ん? ジャージに革靴はどうなのか?

 そんな事はこの際どうでもいい。楽しいは正義ということだ。



「おお、履き心地は悪くないね。じゃ、歩いてみよう…って、無理か」


 だいぶ軽くしたつもりだったけど、それでも履いてみるとずっしりと重さを感じる。足に数㎏の重りを付けているようだ。まだ俺には重過ぎるということらしい。



「もう少し削ってみるか? と言っても他に削れるところと言ったら…」


 ビジネスシューズを裏返してみる。するとそこには滑り止めのためか何かの小さな牙のようなものが埋め込まれていた。



「よし、これ抜いちゃうか?!」


 靴裏の牙はつま先に3本、踵にも2本あったが、それをバッサリ君の別機能、栓抜き部分に引っかけて全部抜いてしまう。抜くときに牙は壊れて【ゴミ】化してしまった。多分、この牙で地面を蹴って敏捷が上がる仕様だったんだろう。敏捷が上がらなくなるのはかなり残念だが、【配達】のレベルが上がればそれなりに敏捷値の問題は解決するんじゃないかと思っている。



「さあ、これでどうだ」


 両足を黒い革靴に入れてみる。うん、さっきほどは重く感じない。


 歩いてみる。うん、歩けないことはない。さっきよりは大分良くはなっている。ただ、明らかにまだ動きは阻害されている。まだ装備条件を満たしてないんだろう。明らかに敏捷が下方補正されてる。



「っていうか、敏捷1の俺にさらに下方補正ってなんだよ」


 FGSの謎仕様を疑問に思いながらも、その残念感は半端なく。



「やっぱ筋力1の俺には過ぎた靴だったか……」


 黒光りしているビジネスシューズを見ていると、ふと真っ黒な海賊を思い出した。その海賊が口角を上げて俺を見て笑う。いや、なんかすっごくむかついてきたんだが?



「くそ、まだ諦めんぞ。まだ削れるところはある!」


 黒光りシューズに海賊レイスを連想してしまった俺はバッサリ君を持つ手に力を込める。そしてそのまま、レイスのごとき黒光りシューズにハサミを入れる。切り出すと不思議に想像力が湧いてくる。



「えっと、ここを切って、ここも切り取って…」

 

 湧いてきたイメージに沿って無心にハサミを入れていく。そして完成形が姿を現す。その姿は黒光りする…サンダルだ。しかも踵止め付き。



 名付けて「リザードドッグサンダル」


 足を入れてみると不自然な重さを感じることなく、筋力1の俺でも十分に履いて動くことができた。動きが阻害される感覚は皆無。部屋の中で久々にシュパーンシュパーンをやってみる。かかと部分を取り付けたことで脱げてしまうこともなく足にフィットする。うん、上々だ。



 さあ、ではでは、これを履いてちょっと外を歩いてくるかな?


 俺は廊下に誰もいないことを確認すると、コソッと出る。コソコソする理由はないんだが、FGSで初めて自分が作ったサンダルを人前で履くのだからちょっと意識してしまうのも許してほしい。そして第一歩を踏み出す。



 ツルッ、ゴン!


「あ、痛っ!!」



 にやけながら大きく一歩を踏み出すと、掃除したての濡れた廊下で革底サンダルが滑り、後ろへすっころんで後頭部を強打してしまった。若干ながらもダメージが入っている。FGS、この辺はリアルさ重視なんだなと関係ないことを考えながら起き上がる。



「ふう、いくら軽くてもこれじゃな。配達中に滑って死に戻りとかは絶対に嫌だぞ」


 俺はリザードドッグのサンダルを脱ぐとそれを手に持って裸足で部屋に戻る。



「うーん、ここまでやってなお使えないのか」


 目の前の黒光りサンダルとこれまで履いていた草鞋を見比べそれらとしばらく睨めっこする。



「いいや、ここまでやったんだから最後までやったる。まだ【ゴミ】化してないってことはチャンスはあるはず。あと一歩やろう」



 バッサリ君ではこれ以上は無理なので、また万事屋さんのお世話になりに部屋を出る。




❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


 万事屋はよお、第三陣か第四陣用なんだよ。便利道具使って一陣たちとの差を詰めてもらう為の店なんだよ。小僧のお遊び工作のための店じゃねえんだよ~。



 あーあ、使用金額での称号がなくて安心してたらこれかよ。


 なに【不断の開発者】って? なんで管理AIの一員の俺が知らねえんだよ。


 【魁の息吹】はなあ。小僧にとってはどうだろうな。吉と出るか凶と出るか。ぜひとも凶でお願いしたいところだが。



――――――――――――――

◇達成したこと◇

・万事屋でバッサリ君購入。

・バッサリ君でバッサリしまくる。

・称号:【不断の開発者】【魁の息吹】



◆ステータス◆

 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:なし

 属性:なし

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv3】【逃走NZ】【高潔】【依頼収集】

 装備:なし

 所持金:約0万G

 称号:【不断の開発者】【魁の息吹】


◎進行中常設クエスト:

<薬屋マジョリカの薬草採取依頼>

〇進行中クエスト:

<クエスト:教会ステラの依頼>

●進行中特殊クエスト

<シークレットクエスト:万事屋の悩み事>

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