第8話 不愛想な薬屋

 武器屋で念願の初クエストを受注した俺は早速仕事に取り掛かる。薬屋への配達依頼だ。



 ゆっくり歩きながら広場に到着すると、薬屋はすぐにわかった。



 入り口はそれほど広くない。ショーウィンドウがあるわけでもなく、ただ武器屋のオヤジが言ったように草を背景に口が窄んだ瓶の看板が掲げてある。それ以外は普通の木造古民家といった感じだ。



「ごめんください」



 ガラガラと引き戸を開けて中を覗き込む。中は20畳ほどの狭い空間だが、壁はすべて木製の棚で埋まり、瓶に入ったいろんな草や花が並べてある。ふと感じる交じり合ったハーブの香りが昔通った漢方薬局を彷彿とさせる。



 店内に足を踏み入れてみると、奥の中央にはカウンターが3つ並んでいた。



「すみません」 


 静かな屋内に俺の声だけが響く。うん、返事はなしと。



「ごめんください」


 もう一度大きな声で叫んでみる。



「……」


 『返事がない。誰もいないようだ』…一昔前のRPGならそんなセリフが出てくるような状況だな。いやいや、本当にいないのかよ? クエストなんだけど。



「あの、武器屋さんからお届け物です!」

「ああ、今行くよ」



 おお、どうやらクエストで来たことを伝える必要があったらしい。もしかして客だと出てこないのか? それはそれで販売店としてあるまじき態度だぞ。



「ああ、できたのかい。マークスの奴、相変わらずの納期厳守、真面目だねえ」


 そう言って中から姿を現したのは小柄のおばさん。片眼鏡モノクルを鼻に引っ掛け、片手には枯れた草の束を持っている。あと、武器屋のオヤジ、マークスて言うんだな。



 カウンター越しにこっちを見る小柄なおばさん。それなりに歳は取っているように見えるが、伸びた背筋に明るい茶色の髪を三つ編みにして後で丸めてたりする。決して「お婆さん」とは呼ばせない雰囲気だ。っていうか、これ絶対お婆さん呼びしちゃいけないやつだろう。口調もチャキチャキしてるから変なこと言ったら追い出されるまであるかもしれない。



「おや、あんたは見ない顔だね。異人かね。にしてはちっさいね」

「え、あ、まあ」



 いきなり「ちっさい」とかぶっ込んで来るおばさん。コミュ障の俺にこういう不愛想キャラは天敵と言っていい。逃げたいが逃げれない場面だ。ここは気合を入れていく。頑張れ、俺。



「そうかい。王都の王様から異人への対応を頼まれててね」


 どうやらNPCが異人をよそ者扱いしないのは王様からの指示って設定らしい。武器屋のオヤジのマークスさんも優しかったしな。



「ええ、俺、今日来たばかりなんすよ。武器屋に寄ったら店主のマークスさんからこのナイフを薬屋さんに届けるよう依頼を受けたんです」



 そう言って預かっていたナイフをカウンターの上に置く。薬屋のおばさんは置かれたナイフの包みを見ると顔を上げて再度俺を見る。そして片眼鏡を外すと胸ポケットから白い布を出してレンズを丹念に拭き出した。



「そうかい、そうかい、あんたがね」



 綺麗になった片眼鏡をかけて見定めるかのようにじっと俺を見つめてくる。


 どうせなら見つめられるなら若い女性… いや、それはそれで困るか。コミュ障には荷が重い。



 俺の邪な考えを見通したのか、おばさんは「ふん」と鼻を鳴らしてその鋭い視線から俺を解放する。



 ホッとする俺を尻目に納品されたナイフを手に取って光に照らし始めるおばさん。その片眼鏡が青い輝きを放つ。いや本当にピカーンって。古典的な演出たけど、こういうのわかりやすくて嫌いじゃない。



「ほお、さすがマークス、なかなかの代物を寄越してきたねえ」


 おばさんはうんうんと嬉しそうに頷く。



 ただ届け物を渡すだけだったはずなのが、予想外のやり取りが発生してしまってる。大丈夫かコレ。いつまで続くんだ。



 今後の展開が予想できず、この後どうしたらいいか分からないでいると、おばさんがふと顔を上げる。


「おや、あんたまだいたのかい。ああ、そうか、これを渡さないとね」



 おばさんはそう言うと、紙にすらすらと文字を書き込んで俺に渡してくれた。


「これが受領書だ。これをマークスに渡せば依頼は完了だ。それで報酬がもらえるだろうよ」


「あ、はい。ありがとうございます…」



 なんだ。普通に終わりそうだな。受領書のことなんて聞いてなかったんだが? 


 俺が依頼達成にホッとしていると、奥に引っ込もうとしたおばさんが急に振り返る。


「ん? なんだい、まだ何か用かい? ポーションならそこのカウンターで自動販売してるから必要なら買っていきな」



 お、そっか、ポーションか。そうだよな、ここは薬屋、つまりポーション屋だ。ちなみにFGSのポーションってどんななんだろうな。説明書きも見当たらないし、聞いたら教えてくれるかな。不愛想だけど店員には違いないし。



「あ、すみません、今は大丈夫です。あの、ちなみにこの世界のポーションってどんな種類があるんすかね? 俺、異人なんでよくわかんなくて…へへ」


 不愛想に不愛想返しはご法度だ。なぜか無愛想な相手ほど、こっちの無愛想には敏感。こういう時はへーこらするに限る。



「は、なんだい、あんた知らないのかい。さっきまでここにいた異人連中は全部分かった風なこと言ってMPポーションを大量に買っていった様だったんだが。異人にもいろいろいるんだねえ」


「あ、はい、すんません。俺こっち来たばかりで」


 俺のへーこら作戦が効いたのかおばさんの表情が少しだけ和らぐ。いや、ほんの少しだけ、わかる奴にはわかるって程度。しかしAIなのに心の機微を表出するとは。


「いや、いいんだ。知った振りをするよりそうやって知らないことは聞いておく方がいいさ。冒険者は命懸けだからね。知った振りなんかしてたら命がいくつあっても足りやしないさ。これからもわからないことはしっかりと聞くんだよ。で、ポーションってのはね、薬の総称だよ。HPやMPを回復したり、毒や麻痺なんかの状態異常の回復、HPが尽きたものへの回復なんかをする薬の事さ。まあ、効果はどれも階級や品質によるがね。一番安いので100G、高くなると10万G超えるものもある。まあ、あんたなら、そうだね。100Gのもので十分じゃないかい?」


 その後も薬について色々と気になったことを質問していくと、おばさんは途中からは「やれやれ」とため息をつきながらも一つ一つ丁寧に答えてくれた。無愛想な人も心が通じれば意外と面倒見がよかったりするもんだ。



 FGSの薬のことで分かったことは、HPを回復するのはHPポーション、その回復量によって下級、中級、上級、特級と4階級に分かれ、それぞれの階級の中にも品質が良いものや悪いものがあるそうだ。ちなみに品質は10段階。最低が1で最高が10だ。おばさんの店で売られている物の品質は5で統一されているとのこと。理由を聞くと、品質に幅を持たせると販売するとき面倒臭いからだという。


 ちなみに上級ポーション以上は希少で常に品薄とのこと。特級に至ってはHPを最大値まで回復するだけでなく、四肢の欠損すら回復することができるらしい。ってことはいつか【欠損】とかいう状態異常が出てきそうだ。


 特級は数年に一度市場に出回る程度で、王都のオークションで競り落とされる時は値段は青天井なんだと。そりゃ四肢の欠損すら回復しちゃうなんて貴族や王族が欲しくてしょうがないだろう。騎士団で使えば戦局を左右しかねないしな。


 ポーションは階級が高いほど回復量も高いが、おばさんが言うには、回復量もさることながら使が大切なんだそうだ。この連続使用までの時間には品質が影響するとのこと。品質1のHPポーションでは一度使用すると1時間以上HPポーションは使えなくなり、品質7であれば2分もあれば再度使用可能になる。


 因みにこのポーション、時間を守らずに連続使用してしまうと毒扱いになり、逆にHPを減らしてしまうとのこと。これは重要、聞けて良かった。



 MPポーションはHPポーションのMP版ということで内容は全く同じ。ただMPポーションには特級は存在しないらしい。



 状態異常回復ポーションは、通称「キュアポーション」と呼ばれ、これもそれぞれの種類の中で品質があり、品質が高いほど連続使用までの時間が短縮される。連続で状態異常を仕掛けてくるモンスター相手にはこちらも品質重視になりそうだ。


 状態異常回復の最上位である特級キュアポーションは、HPが尽きた状態を回復できる、通称「蘇生ポーション」と呼ばれる。ただ、完全に死んだものを生き返らせることはできず、HPが0になってから一定時間内に使用することでHPが0からわずかに回復するとのこと。


 品質が上がると、HPが0になってからの猶予時間が延び、HPの回復量も増えるらしい。猶予時間は品質1で1秒、品質5で30秒ほどだそうだ。ただ、蘇生ポーションも特級HPポーションと同様に値段は王都のオークションでは青天井とのこと。ちなみに老衰には効かないらしい。ここはプレイヤーには関係ない情報だった。


 そんなこんなで薬の話が面白かったので、ついいろいろと質問して話を聞いていたら気づいたらすでに20分も経っていた。


 急に焦り出す俺。折角発生したクエストなのに、初っ端から時間切れでクエスト失敗とかは絶対に避けたい。


 と言うことで、おばさんに直角お辞儀でお礼をし、報告のためそそくさと店を出る。



ピンポーン

『特定行動により【薬の基本知識EX】のスキルを習得しました』



 ん?



❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


 あーあ、最難関キャラのMJまで落ちちまったよ。

 【正直】ってこういうとこあるんだよな。

 信頼度の一段階ってAIによっては最初の絶壁を飛び越えるってことだもんな。


 だから超難易度設定されてたはずなのに。もう台無し。


 初日にEXスキルとかないわ~。はあ。




――――――――――――――

◇達成したこと◇

・薬屋からポーションの話を聞いて【薬の基本知識EX】習得



◆ステータス◆

 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:なし

 属性:なし

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 装備:なし

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:【正直】【薬の基本知識EX】new!


 進行中クエスト:【武器屋マークスの依頼】

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