黒い空の太陽

マネキ・猫二郎

【1】真夜中の日の出

 いつも通りの昼下がり。


 広がる青空の元、部活生は練習に励み、小学生や帰宅部は帰路を歩んでゆく。社会人は仕事をし、主婦は家事をし、車は仕切りなく道路を走ってゆくのだろう。


 今日も私は、そんなボンヤリとした日常という風景の中を過ごしていた。


 私は帰宅部だから、まだ街も影を落とさない頃合から学校を出る。そうして、同じく帰宅部の友達と帰っていた。ご近所さんでも無いから、途中で道を分かれる。


 「じゃあまた明日〜」

 「うん! じゃあね〜」


 自転車に乗ったまま、軽々しい別れの言葉を交わした。


 ギィギィと音を立てる、錆びかけた自転車を漕いでゆく。修理は高いからしたくない。結局買い換えて一番高くなるような予感はするけれど、何より面倒臭いからしない。結局買い換えることになって一番面倒臭くなる予感はするけれど、きっとまだ先のことだから、私は目先の面倒臭いを避けてゆく。


 「……♪」


 小さな声で歌を歌いながら。



 「ただいま〜」


 玄関扉を開けると、もちろんそこには見慣れた家の廊下があった。「おかえり〜」聞きなれた母の声もあった。


 母のいるリビングには寄らず、私はそのまま階段を上がり、自室へ向かった。扉を開けると、もちろんそこには見慣れた私の部屋があった。


 アロマディフューザーから金木犀が香る。カーテンは閉じきっていて薄暗い。壁沿いのベッドの上には西洋人形があり、可憐な存在感を放ちながら壁にもたれて座っている。


 「あら…」

 

 違和感。部屋がいつもに増して暗い。その原因を聴覚が拾いとる。


 雨音。それも激しい。いつの間だろうか。私はカーテンを開けて見てみることにした。すると、先程までの青空は黒雲に覆われ、街中を滝雨が打っている。まるで真夜中のように。


 瞬間、閃光が走る。思わず目を瞑ったのと同時に雷鳴が轟く。こういう天気は、非日常を感じて胸が躍る。私は嬉々として窓の外を見つめ続けていた。


 「そうだ」


 あの子にも見せてあげよう。


 私はベッドの上の西洋人形、名前を「スマイルちゃん」という人形を抱えた。それから勉強机の椅子を窓の前まで引きづって、それに座り、再び外を見つめ続けた。


 ピカッと光る度に秒数を数え、「あー遠かった」とか「あ、近かった!」とか、まるで独り言じゃないかのように言うのは、「スマイルちゃん」が居るからだ。


 「雷たのしいね」

 言うと、スマイルちゃんは返事をくれる。

 「うふふ、そうだね。迫力があってワクワクするもんね!」と。


 「雷は神なり」

 「あはは! あはははは! お腹痛いわ!」

 くだらない冗談を言った時も、いつも笑顔で。


 私は高校二年生だから、目にはくっきり現実が映るべきだと思う。実際、人形が喋らないのは分かっている。それでもこんな想像をするのは、それは私にとって必要な行為だから。


 「いつもありがとう、スマイルちゃん」

 そう呟くと、彼女はいつも通り、笑顔で……返事をするはずだった。


 『あの、ここどこです?』

 「え」


 スマイルちゃんが、喋った。

 それも、関西弁で、若い男の声で。

 いや、気のせいだ。

 状況を飲み込めない私は唖然とスマイルちゃんを見つめる。


 …。

 …。

 …。


 唾を飲み込む。


 …。

 …。

 『え、なにこれ、ドッキリ?』


 …。


  「ぎいぃやあぁぁぁぁ!!! しゃべったあぁぁぁぁあ!!!!!」

 『ぎいぃやあぁぁぁぁ!!! なんもしてへんやあぁぁぁん!!』


 これが『黒い空』に太陽が戻るまでの、世にも恐ろしい物語の始まりなのです。

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黒い空の太陽 マネキ・猫二郎 @ave_gokigenyo

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