黒い空の太陽
マネキ・猫二郎
【1】真夜中の日の出
いつも通りの昼下がり。
広がる青空の元、部活生は練習に励み、小学生や帰宅部は帰路を歩んでゆく。社会人は仕事をし、主婦は家事をし、車は仕切りなく道路を走ってゆくのだろう。
今日も私は、そんなボンヤリとした日常という風景の中を過ごしていた。
私は帰宅部だから、まだ街も影を落とさない頃合から学校を出る。そうして、同じく帰宅部の友達と帰っていた。ご近所さんでも無いから、途中で道を分かれる。
「じゃあまた明日〜」
「うん! じゃあね〜」
自転車に乗ったまま、軽々しい別れの言葉を交わした。
ギィギィと音を立てる、錆びかけた自転車を漕いでゆく。修理は高いからしたくない。結局買い換えて一番高くなるような予感はするけれど、何より面倒臭いからしない。結局買い換えることになって一番面倒臭くなる予感はするけれど、きっとまだ先のことだから、私は目先の面倒臭いを避けてゆく。
「……♪」
小さな声で歌を歌いながら。
※
「ただいま〜」
玄関扉を開けると、もちろんそこには見慣れた家の廊下があった。「おかえり〜」聞きなれた母の声もあった。
母のいるリビングには寄らず、私はそのまま階段を上がり、自室へ向かった。扉を開けると、もちろんそこには見慣れた私の部屋があった。
アロマディフューザーから金木犀が香る。カーテンは閉じきっていて薄暗い。壁沿いのベッドの上には西洋人形があり、可憐な存在感を放ちながら壁にもたれて座っている。
「あら…」
違和感。部屋がいつもに増して暗い。その原因を聴覚が拾いとる。
雨音。それも激しい。いつの間だろうか。私はカーテンを開けて見てみることにした。すると、先程までの青空は黒雲に覆われ、街中を滝雨が打っている。まるで真夜中のように。
瞬間、閃光が走る。思わず目を瞑ったのと同時に雷鳴が轟く。こういう天気は、非日常を感じて胸が躍る。私は嬉々として窓の外を見つめ続けていた。
「そうだ」
あの子にも見せてあげよう。
私はベッドの上の西洋人形、名前を「スマイルちゃん」という人形を抱えた。それから勉強机の椅子を窓の前まで引きづって、それに座り、再び外を見つめ続けた。
ピカッと光る度に秒数を数え、「あー遠かった」とか「あ、近かった!」とか、まるで独り言じゃないかのように言うのは、「スマイルちゃん」が居るからだ。
「雷たのしいね」
言うと、スマイルちゃんは返事をくれる。
「うふふ、そうだね。迫力があってワクワクするもんね!」と。
「雷は神なり」
「あはは! あはははは! お腹痛いわ!」
くだらない冗談を言った時も、いつも笑顔で。
私は高校二年生だから、目にはくっきり現実が映るべきだと思う。実際、人形が喋らないのは分かっている。それでもこんな想像をするのは、それは私にとって必要な行為だから。
「いつもありがとう、スマイルちゃん」
そう呟くと、彼女はいつも通り、笑顔で……返事をするはずだった。
『あの、ここどこです?』
「え」
スマイルちゃんが、喋った。
それも、関西弁で、若い男の声で。
いや、気のせいだ。
状況を飲み込めない私は唖然とスマイルちゃんを見つめる。
…。
…。
…。
唾を飲み込む。
…。
…。
『え、なにこれ、ドッキリ?』
…。
「ぎいぃやあぁぁぁぁ!!! しゃべったあぁぁぁぁあ!!!!!」
『ぎいぃやあぁぁぁぁ!!! なんもしてへんやあぁぁぁん!!』
これが『黒い空』に太陽が戻るまでの、世にも恐ろしい物語の始まりなのです。
黒い空の太陽 マネキ・猫二郎 @ave_gokigenyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。黒い空の太陽の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます