ゴスロリ少女を拾いました

れん

第1話 出会い

「しつこいんだよ!」


夜の7時過ぎ

委員会のせいで、いつもよりも少し遅くなった学校からの帰り道。いつもより暗い道を歩いていると、進行方向にある路地裏からそんな声が聞こえて来た


ビクッと体が震える

男の人のドスの効いた声

道が暗いこともあって、余計に怖い


何があったんだろう。喧嘩かな。巻き込まれたら嫌だな


そんなことを思って、遠回りをして帰ろうかどうかで迷う。ただでさえ委員会が遅くなって疲れているのに、遠回りしたくないという気持ちも結構あるし、喧嘩に巻き込まれるのもごめんだった


迷っていると、男の人がそこから出て来て、足早に去って行くのが見えた

それを見送った後、しばらく立ったままでいても、喧嘩の声とかは聞こえてこない


大丈夫そうかな


そう思った私は、少し怖いけど、家の方に遠回りせずに真っすぐに進んで行く

そしてその路地に差し掛かった時、好奇心で中を覗いた


「あ...」


思っていたのと全然違う状況で驚く

中には凄く派手な格好をした小さい女の子が1人いた。うずくまっていて、泣いている


「大丈夫?」


気がついたらそう声をかけていて、私の足は女の子の方に向かっていた

女の子から返事はない


どこか痛いのかな。まさかさっきの男の人に殴られたとか?


「大丈夫?」


もう一度そう呼びかけて、泣いているその背中をさすってみる


「触らないで!」


女の子はうずくまったまま、大きな声で拒絶の言葉を発した

すぐに手を離す


「放っておいてよ」


一転して弱弱しい声でそう言われる

でもこんな状況で放っておけるわけない


触られるのは嫌みたいだから、隣にしゃがんでみる

女の子は何も言われない

そのことにホッとして、私はここに座っていることにした

きっとそばにいるだけでも違うだろう。そう思って


女の子はしくしくと泣き続けている。人通りの多い道から少し路地に入っただけなのに、凄く静かで暗く感じる。遠くの方から少し聞こえる車の音以外では、女の子の泣き声しか聞こえない


隣に座りながら、女の子のことを眺める

私よりだいぶ小さい。ゴスロリって言うのかな。なかなか派手な服を着ている

転んだのか、街灯の光が当たっているところは汚れているのがわかる


そうやって観察しながら、横に座ってしばらく経つと、女の子がゆっくりと顔を上げた。目元が赤くなっている


「帰れそう?」


話しかけるなって言われるかな。そんなことを思いながら、控えめに話しかけてみる


「帰らない」


帰らない?帰れないじゃなくて?


「最近あんまり家に帰ってないから」


不思議に思っていると、女の子はそう付け足した

家にいられない事情があるのかもしれない


「どうしてるの?」


そう聞くと、女の子は黙ってしまった

それは言いたくないらしい


どうしようかな


困っていると、ふと、この女の子の顔に見覚えがあることに気が付いた


「もしかして、吉田さん?」


私がそう言うと、女の子は驚いたように、私の方を向いた

学校にいるときと違って眼鏡をかけてないし、ゴスロリなんて派手な格好をしているから気が付かなかったけど、間違いない。同じクラスの吉田さんだ


吉田さんは高校が始まって最初の1週間くらいは学校に来ていたけど、ここ1か月くらいは休んでいたから気づくのが遅れた


「あ...えっと...委員長?」

「ふふっ」


私の名前は憶えていないらしく、申し訳なさそうな顔をした吉田さんがおかしくて、少し笑ってしまう


まあ確かに私は学級委員長で、黒板の前に出て色々やる機会があったから、そこが印象に残っているんだと思う


「佐伯だよ」

「佐伯さん」

「うん」


名前を教えてから、さて、どうしようかな。と悩む

このままここに放っておくのは嫌だ

こんな時間に女の子が1人でいたら、何が起こるかわからない

私が帰った後に、またさっきみたいな男の人に何かされるかもしれない


「ずっと帰ってないの?」

「うん」


一応確認してみる

どうしてるんだろう。カラオケにでもいるのだろうか

ホテルかな?いや、そんなお金ないか


どうしよう。カラオケだとしたらそこまで送る?

いや、カラオケだって安全じゃない。鍵かかってないし


「うち来る?」

「え?」


私の突然の提案に驚いた様子の吉田さん

まあ、自分でも突飛な提案をしている自覚はある


「私の家親いないし、吉田さんが来ても大丈夫だよ。行くところないなら来なよ」


吉田さんが黙ってしまう。でも無視されてる訳じゃないことは分かる。どうしようか悩んでいるみたいだ

辛抱強く吉田さんが答えるのを待っていると、「行く」と小さな声で呟いたのが聞こえた


そのことにホッとして、「じゃあ行こう」と言って立ち上がる。私に続いて吉田さんも立ち上がったのを確認してから、家までの道を歩き始めた




無言で、時々後ろをちゃんと吉田さんが付いてきているのを確認しながら歩くと、10分くらいでうちに着いた


玄関に入って明るいところで見ると、さっき見た時よりも吉田さんの汚れがひどいことがわかる


「とりあえず服脱いで、ついでにお風呂入っちゃいなよ」


私はそう言って、吉田さんをお風呂に放り込んだ

それから着替えを洗面所に置いておいて、夕飯の支度を始める


何作ろうかな


人に料理を作るのは結構久しぶりだ

私1人だったら、適当におかずを一品だけ作って終わりだけど、お客さんがいるならそうはいかない


冷蔵庫にある材料を見てメニューを考える

昨日買ったじゃがいもがたくさんある。これでお味噌汁とポテトサラダを作ろう。後は野菜炒めで良いかな。芋だらけになりそうだけど、突然のことだし許して欲しい


作り始めて少し経つと、吉田さんが洗面所から出て来た

私の服を着てるけど、やっぱり結構大きい。身長10㎝以上違いそうだししょうがない


「ごめんね、服それしかなくて」

「ううん。ありがとう」


吉田さんはそう言うと、そこに立ったままソワソワし始めた

どこにいればいいのかわからないのだろう


「そこのソファに座ってて。もうすぐご飯できるから、一緒に食べよう?」


私がそう言うと、吉田さんは不思議そうな顔で私のことを見た


「私も?」

「あれ、もしかしてもう食べてた?」


そう言えば、何も確認せずに作っていた


「ううん、食べてないけど...いいの?」

「もちろん。もう作っちゃってるし、食べてくれないと逆に困る」

「うん、ありがと」


吉田さんが俯いてそう言う。表情はあまり見えないけど、嫌がってはなさそうだと思う


「どういたしまして。何か食べられないものとかあった?」

「ううん、ない」

「そっか、よかった。もうちょっと待っててね」


吉田さんをソファに座らせてから、料理の続きをする

ソファはキッチンに背を向けて置いてあって、吉田さんはちらちらとこっちを見ながら落ち着かなそうに座っていた


「できたから運ぶの手伝ってくれる?」

「あ、うん」


吉田さんはお客さんだし、全部自分でやろうと思っていたけど、落ち着けない吉田さんが段々可哀そうになってきたから、手伝ってもらうことにする


駆け足でこっちに来る吉田さんが何だか可愛らしくて、くすりと笑ってしまう


首をかしげて、どうしたの?っていう目で吉田さんが見てくるけど、「何でもないよ」と言って、お茶碗を渡した


2人で料理を運び終えると、テーブルに向い合って座った


「いただきます」


私はそう言うとお味噌汁を一口飲んだ

うん、久しぶりに作ったけど美味しく作れた気がする


「いただきます」


私が食べ始めたのを見て、吉田さんもゆっくりとした動作でお椀を手に取った


「...美味しい」


お味噌汁を一口飲んで、小さな声で吉田さんがそう呟いた


「よかった」


私がそう言うと、吉田さんが恥ずかしそうに目を逸らす。凄く小さい声だったから、聞こえると思ってなかったんだと思う

またご飯を食べ始める


2人の間に会話はない

学校ではほとんど話したことなかったし、こんなものだと思う


吉田さんは何も言わない。お味噌汁を飲んだ時に美味しいといったきり、料理の感想も口にしない

でもたぶん、美味しいんだろうと思う。夢中でご飯を食べている様に見える。食べることに夢中で、私がいることを忘れてるんじゃないかって気がした


「ご飯、お代わりいる?」


吉田さんのお茶碗が空になったときに、そう聞いてみる


「...うん」


吉田さんが控えめにそう返事をした。私が手を伸ばすと、そこにお茶碗を置いた

ご飯をよそって戻って来る


「はい」

「ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」


私が笑うと、吉田さんは恥ずかしそうに目を伏せて、それからまたご飯を食べ始めた。吉田さんの行動が可愛らしくて、見ていてニコニコしてしまう


そうしているとふと、ここでこんな風に誰かと話して、こんな風に笑うのは随分久しぶりだということに気が付いた

家で食事をするときは、最近はずっと1人だった


「明日の朝ごはんはご飯とパンどっちがいい?」


ここに誰かいるのが嬉しくて、もうちょっと会話がしたくなって、そんなことを聞いてみる

中々返事は帰ってこない

でも今度は無視された訳じゃないことがわかる。吉田さんの箸の動きがゆっくりになって、真剣に考えてるのがわかる


「ご飯がいい」

「そっか。じゃあごはんにするね。パンは嫌いなの?」

「そんなことない」

「そうなんだ。じゃあ明日は、お味噌汁と、卵焼きと、ソーセージ焼いちゃおうかな」


私がそう言うと、吉田さんが微かに嬉しそうな顔をしたような気がした




ご飯を食べ終わって、2人でお皿を運ぶ

それからいつもの様にお皿を洗おうとすると、吉田さんに止められた


「私がお皿洗う」

「え、いいよ。吉田さんお客さんなんだから、ゆっくりしてて」

「でも…」


言い淀む吉田さん

さっきもそうだったけど、真面目な子みたいだ

もてなされることに慣れてないのだろう


「じゃあお願いしようかな」


そんな吉田さんが可愛そうになって、私はそう言った


「うん」


どこか嬉しそうにそう答える吉田さんを残して、私はお風呂に入ることにした

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