結城 優希

あの日見た景色

「青だ……」


 僕は思わずそう呟いた。それを聞いた彼女が顔を真っ赤にして怒り出したのも、僕の頬を力いっぱいひっぱたいたのも今の僕にとっては些事であった。


 あの日吹いた風、その先に見えた美しき風景。僕の視界は青で埋め尽くされた。それはわずか一瞬の出来事。だがその一瞬、その一瞬だけは世界が僕のためだけにあるように感じた。


 その景色を僕は生涯忘れることはないだろう……



───────────────────────



 あの日、スカートが捲れ上がり顕となった彼女のパンツ。何故あれほどまでに僕に大きな衝撃と感動を与えたのか。僕はあれから数年の月日が経ち、彼女の水瀬 葵と同棲を始めた今でもたまに考える。


 あれが彼女の物だったから?いや、違う。パンチラは誰の物であっても等しく素晴らしいものだ。


 デート中というシチュエーションだったから?日常生活の中でのふとした瞬間のパンチラもまた趣深いものがある。


 では、チラッと見えただけで見え方が不完全だったから?正解はおそらくこれだろう。チラッとしか見えないからこそ見えない部分がどうなっているのか。それが見る側の想像に委ねられる。そして、そこに各々が自らの理想を投影する。


 第三者として見るのではなく見る側が空白部分を補完してパンチラという一つの作品を完成させることこそがチラリズムの本質であるというのが自称チラリズム専門家の僕、柊 悠斗が出した結論だ。


 何故そんなことを今考えているのか。それは今、あの日と似ているようで少し違う景色を目の当たりにしているからである。


 端的に言おう。ノックし忘れて彼女の着替え中に扉開けちゃった。てへっ☆


「いやぁ絶景だなぁ。じゃなくてすんませ─────」"パシンッ"


「あんたはァァァァ!何度言ったらノックをするの!あと、間違ったんならさっさと扉閉めなさいよ!まじまじと眺めてんじゃないわよ!遺言はある?」


「遺言?葵ってやっぱり青が好きなんだね!」


「???あ……ぶっ殺す!」"ズルズルズルズズズズズーーーー"


「え〜っと……僕はどこに連れて行かれてるので?」


「和室。」

 

「一旦落ち着こ?話せば分かるって!いや、ほんとにごめ──ヒデブッ」




一時間後……


「はぁ……し、死ぬかと思った。」


「大袈裟すぎるのよ。あんなので死ぬわけないじゃない。延々と技をかけ続けただけじゃない。ちゃんと休憩もとったのに何が問題だっていうのよ。」


 たしかに君は僕が怪我をしないよう配慮して丁寧にかつ僕が受け身をとりやすいようにしてくれていた。だけど、そういう問題じゃないんだよ。一言だけ……一言だけ僕に言わせてくれ。


「いや、有段者が素人相手に投げ続けんなし!」


 ふぅ……スッキリした。


「でも、悠くん前私に言ってくれたよね?私が嫌なこと辛いこと恥ずかしいことがあったらそのストレス発散に付き合ってくれるって。」


「え?僕そんなこと言ったっけ?もっと爽やかなこと言ったきがするんだけど。」


 僕絶対そんなこと言ってない。何をどうしたら"前に言ってくれたよね"と一時間僕が柔道技をかけられ続けるのが繋がるんだよ。


「酷い!忘れちゃったの?あれ言ってくれた時めっちゃ嬉しかったのに!」

 

 僕だって忘れてなんかいない。忘れるわけがない。僕が君に告白をした日のことを忘れるわけないじゃないか!ただ……僕の意図とは全然違う風に伝わっているみたいだから訂正したいだけ。


「いや、だって僕が言ったのは"君に嫌なこと辛いこと恥ずかしいことがあるならそれを忘れて前を向けるまでずっとそばにいるよ"だもん。」


 間違ってもストレス発散のサンドバックになるなんて言っていない。ていうかそうなこと言うわけないだろうが!僕は別にドMじゃないだ!辛い時は僕をサンドバックにしてよ!アホか!そんなこと言うわけないやんけ!


「だいたい同じじゃん」


「全然違うよ。これは小一時間葵とだいたいの定義について話し合う必要があるみたいだね。」


「それより今日ってデートの日でしょ!早く行こ!」


 そんな日に彼氏である僕を投げ続けたやつが何をぬけぬけと正直どの口が言っとんじゃとは思うけど……まぁ僕は爽やかでイケメンな優しい彼氏ですし、そんなこと顔にも口にも出さないんですけど"ね"!


「じゃあ、さっそく行こっか!」


 で、どこ行くんだっけか……何かもうさっきので記憶が飛んだまであるだろ。どうしよう全っ然思い出せない。


「出発遅れちゃったから先に腹ごしらえしない?」


「いいね!それ!何食べたい?」


 ナイッスー!とりあえず時間稼ぎは出来たな。


「お昼ご飯かぁ〜何がいいかなぁ。あ、そうだ!私駅前のパスタ屋さんが気になってて!今日はそこに行かない?」


 これまでの記憶を呼び起こして……

 "青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ青のパンツ"


 くそォ!さっき見た青のパンツが脳裏に刻まれて考えがまとまらねぇ!僕は、どうすれば……


「ん?あ、あぁ……」


「悠くん、悠くんが聞いてきたんだから私の話をちゃんと聞いてよ!」


「き、聞いてるぞ。あれだろ?駅前のパスタ屋に行きたいんだろ?今から向かうぞ〜」


「聞いてくれてるならいいんだけどさぁ……その、こうしてデートをしてる訳だし……もっと私を見て欲しいというか……」


 葵さん葵さん、それはずるいって僕をキュン死させる気なの?モジモジしながらのもっと私を見て欲しい!やばい!うちの子が可愛すぎる……


 まずい、今の心の中を見透かされたら引かれる自信がある!平常心だぞ柊 悠斗。平常心……平常心……パンツ……はっ!ダメだ!頭の中をパンツがパンツでパンツしてやがる!あぁもう自分でも何言ってるのかわかんねぇ!


「パスタ屋着いたらいっぱい見るからなぁ〜今運転中だからちょっとの間だけ待てるか〜?」


 え〜っと、駅前のパスタ屋さんの店名は確か……blue mutandeだったな。うん?イタリア語で誤魔化してあるけどこれ確か青いパンツ……


 このお店ほんとにパスタ屋であってるんだろうか。店名だけ見たらパスタじゃなくてパンツ売ってそうなんだけど……

 

「もちろん待てるけど……」


「良い子だなぁ〜よしよし」


「えへへへ/// はっ!子供扱いしないでよね!」


 やっばい超可愛いんだけど!絶滅危惧種の天然物の純粋ツンデレは大切に保護しなければ!世の中の汚い部分を見せて彼女を汚しちゃだめだ!それはそうと今運転中なのが憎い!写真撮りまくりたいのに……


「はいはい、葵は綺麗なお姉さんだもんねぇ〜」


「綺麗な……お姉さん……///」


 あ、これはやばいです。僕のようなオタクはてぇてぇ成分の供給過多で死ぬんです。ちょっと待って!そんなにてぇてぇ成分を供給されると……あっあっあっあ゙ァァァァァァァァァ!


「悠くん?悠くん!気絶……してる!?あ、起きた。」


 僕はてぇてぇの供給過多で気を失ってたのか……てぇてぇは用法用量を守って接種しないとね!だめだよ!オーバーてぇてぇ、ダメ絶対!


「ん〜?どしたの葵?」


 葵はやっぱり可愛いなぁ〜

 

「前!前!ちゃんと前見て!」


 え?

 

「…………ッ」

 

 あ、危ねぇ……割とマジめに事故るところだったよ。


「大丈夫?具合悪いのに無理してたりしない?デートは今日じゃない日でも出来るかは今日は一旦帰ろ?」


 あぁ僕を心配してくれてる葵が尊い……じゃなくて!彼女に心配かけるなんて彼氏失格じゃないか!


「大丈夫大丈夫!葵が可愛すぎて悶えてただけだから!」


 な〜に言ってんだ僕ゥゥゥゥ!急いで挽回しようとやっべぇ本音を口走っちゃったァァァァ!まずいまずいまずい!


「可愛い、か…………ふふふっ」


 あ゙ァァァァァァァァァやばいやばいやばい超可愛いんですけどォォォォ!


 

 今日も今日とてこのパ…バカップルは平和であった。

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結城 優希 @yuuki58837395

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