第63話 春、藍、十七歳 3


    3



「類さんもお父さんと肉体関係にありながら、捨てられて、妹であるお母さんに乗り換えられたんだってね」

藍は怒るでもけなすでもなく淡々と話す。

「それは類伯母さんが言ったのかい」

延彦もこびるでもわめくでもなく問うた。

「確認をしただけ。なんとなく子どもの頃から察しはついていたけど、お父さんの酷い浮気癖を知って、確信に変わって尋ねただけ」

「そうか、確かに結婚前にそのひとのお姉さんと付き合っていたのはよくないことだが、そんなことも男女にはある。もうない。昔のことだ」

「類さんの話はもういい。ただ一人で暮らすよりも親を安心させたいから、自活するまでは置いてもらえるお願いした。そして快諾をもらいました」

「なんで、そんな必要あるの? これからもお父さんとお母さんと昭とランの四人で暮せばいい」

「それは色々考えたよ」

「類伯母さんに何か吹き込まれたんだと、オレは思っているよ」

「あのさ、お父さん。今夜は何でこんな遅い時間にお母さんも昭もいないか判る?」

「判らないよ」

「お母さんさ、お父さんに精神的に支配されているような状態でしょう。だから、お父さんと引き裂くワケにはいかないのは私もよく判る」

「そうだよ! 夫婦なんだから、それは実の子でも入ってもらいたくない」

「だからお母さんとお父さんは別れなくていい。お母さんの望み、判る?」

「普通の生活を家族でずっと続けていくこと」

「それを阻んだの誰?」

「ラン、こんな生活を家族でずっと続けていくことは僕の本心でもあるんだよ」

「なんで、お母さんと昭は今・ここにいないと思う?」

「あ! 類伯母さんの家か!」

「違うのよ。説明したの」

藍は母親に説明したのだ。

母親・倫は確かに離婚なんて考えていなかった。

配偶者と子ども二人と幸せに暮らしたい。

だが、この二文字をためらった挙句、ようやく口にした。

「不倫ばかりしているお父さんとはこれ以上暮らせないって、言ってたよ、お母さん」

「だったら、それをやめればいいんだな! やめる! 約束する」

「いやいや、その言葉は信じられないよ」

トサという音がした。

テーブルには洋二が蒐集した延彦の不倫・浮気相手の資料だ。

勿論、飯田安奈と谷口早苗の分も含められている。

中には不倫相手の女性が撮影したと思われる延彦の寝顔やそれに目線を入れたSNSの画面までがそのA4用紙、40枚にはプリントされていた。

「え、なんで、これ、これら、え、興信所?」

「あなたは病気なんだよ」

「これ、大丈夫か!? 随分お金かかったんじゃないか!? なんかその調べたひとにヘンなこと要求されていないか!?」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、タダだから。コレ、もう治んないでしょう。だから私は出ていく」

延彦からの返答はない。

いつの間にテーブルの机に座っている。

藍が続ける。

「この捜査能力を駆使すれば、又お父さんの浮気をフォローできる。でもあなたは又やるでしょう。ならば一生私はこの家に帰ってこない。お母さんにはそのために私はあなたのお姉さんの部屋で住む、と言ってある」

延彦は答えない。

「昭は残る。残って、お母さんを見張ると言ってくれている。あなたが母に又、詐欺や暗示をしないようにね」

延彦は答えない。

「もし、それでも母を追い詰めるようなマネをしたら」

と云って、藍はテーブルの上に又A4用紙を置く、今度はペラ一枚だ。

「これはお父さんの会社の役員クラスのメールアドレス。社内インフラで毎日使っているから見覚えあるでしょう。これを、あ、このブ厚い用紙分、この痴態資料を添付して一斉送信させてもらう」

これをやはり藍は淡々と語った。

延彦はテーブルの上のコップに入った麦茶をイッキに飲み干す。

「これをさ、昭は本当にオッケーしたの?」

「したよ。私もそうだけど、昭はね、お父さんと同じ血が流れているから恥ずかしてしょうがないと言っていたよ」

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