第59話 バカが義体でやってくる 9



    9



洋二たちの通う高校からふた駅先にあるマンション。

三階にある一室で、三十台の男が一人くつろいでいる。

自分で挽いた豆で煎ったコーヒーを飲みながら、心地よく流れるジャズに耳を傾けている。

その素敵な空間をジャマするかのように、インターホンが鳴る。

住人の男は少し不愉快な顔をして、立ち上がると同時に、スマートフォンの着信音も鳴った。

そこにはその男が登録した覚えがない女名前からの着信が出る。

それもそのハズ、この電話は洋二がかけてきたもので、洋二は着信の折にそのような芸当もできるのだ。

男が受話する。

「小林先生、葉山先生でも気取っていたんですか?」

洋二は小林先生に話しかけた。

ピンポーンと部屋のチャイムは更に鳴っている。

「小林先生、インターホンうるさいでしょう? 鳴らすのをもう止めるわ」

果たして、チャイムは止んだ。

小林先生は、呆然としている。

瞬時に何人かの容疑者を絞り出した。

声を変えているから、声質から判断はできないが、この話し方は男性だろうから、と番号を知る人・知ることが可能な人等の材料も用いて、割り出していた。

「PCを立ち上げてもらってもいいですか?」

洋二は小林の返答を催促せず、続ける。

「先生、二度結婚しているんですね。卒業した生徒と二度とも。こんな噂になり易い話をよく隠し通しましたね」

「あ、あまり良い前例ではないので、隠密にと校長に言われた」

始めて、小林が発声する。

「都合いいね、あなた本当に都合いいよね。兼崎たちが校内で撮影する、昼ならば判るが、今夜のような夜中まで守衛の巡回やセキュリティだってあるのに、彼らにそれが筒抜けなのもフシギではあったのですよ。アンタだね、先生」

「ルールに縛られない部活動を奨励している」

「イジメでもか」

「その線引きは微妙な問題だな。だが今、きみがやっていることは微妙ではない、はっきりと犯罪だ」

「へー、じゃあ、なんでこの電話切らないの? 相手はどこまで自分のアレを知っているか探るだためだよね」

「オマエ、うちの生徒だな。どうなるか判っているのか!」

「そうやって、同じ系列の学校へ転入させますか? 先生」

「な、何言ってるんだ」

「江野がいじめで自殺するようなことがあったら大問題だ。そうなる前に転校させれば、お咎めはない。この数年で何人かそうしてきたでしょう」

そう云って、洋二は次に、この十年で同系列の学校に転校した生徒の名前を挙げた。

「じゃあ、どうすればよかった? 兼崎たち悪ガキを放校すればいいのか? それでは教育の理念が失われる。同系列だから学校の質は大して変わらない。ベストよりベターを選択したまでだ」

「アンタが率先してイジメを指揮していたとは言わない。だが、女子生徒に品行方正な頼れる大人とイメージづけるために悪役が必要だった。だからああいう兼崎たちのような存在は絶えず必要だった」

「そんな、まどろっこしいことをわざわざオレがするかよ!」

「毎年、複数の女子生徒にそんな印象を植え付ける。全員がかからなくてもいいんだ。何人かの恋に恋する女の子が先生に惚れさせればいい。自分からは手出ししない。だから表面化しない。それを十年以上やってきただろう? 先生」

「証拠はあるんか!?」

「ディスプレイ、見てよ」

小林の部屋の画面には元生徒の別れた妻の名、関係を持った元生徒の名が卒業年代別に列挙されている。

「コレがなんだっていうんだ! この子たちに裏は取ったのか!? 仕事が粗いよ!」

「こっちも疑いがありそうな子を並べただけで、全員がそうとは言わないし、逆にもっと多いとすら考えている」

「だから! 証拠にならないだろう!」

「こうやって、メールを送ったのでもないのに、そっちのPCにリモート操作が可能ということはどういうことだか判るか? この電話、逆探知や履歴は意味がないという意味が判るか? さっきのチャイムが鳴らしたのは本当にオレなのかな?」

「力の誇示か? 最低だな」

「じゃあ、アンタのやってきたことはなんなんだよ。子どもだけの国で自分の欲望を満たすためだけに、加害者にも被害者にも加担して、面白おかしく立ち回る。それは大人のすることか?」

「男のすることだよ」

急に小林のイントネーションが変わった。

正直云えば、洋二は少々うろたえた。

そのうろたえを小林は見逃さなかった。

「オレは強姦したワケではないし、教室でセックスしたことなんてない。在学中はデートには行ったが、ホテルには行かなかったし、この部屋には連れてきたが、紳士で通した。ああ、証拠はない。だが、誰も被害を訴えなかったという状況証拠はあるんだよ」

「それを上司や警察に言えるのか?」

「だから、そうする必要がない。それを白状して喜ぶ人間がどこにる?」

「だが悪いことには変わりない」

「ああ、やっぱりうちの学校の生徒だな。ガキの発想だ。きみ、知っているか? 悪いことをしないと、女の子とは付き合えないんだよ」

「そんなワケあるかよ!?」

「あるよ。どこかで男が押し倒すようなマネしないよカップルなんてできない。それはどんな夫婦だって、そうだ。きみは知らないだろう、家族というのはセックスがないと存在できない。だが家族の中ではセックスは話ですらタブーだ。きみは未だそのタブーの中にいるということがオレには手に取るように判るゾ」

洋二は、この部屋の近くにドローン二百機を潜ませていた。

だがそれを使うのは躊躇していた。

―いや、違う。使ったら、オレの負けだ。

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