第50話 抱擁と計画と依頼 10
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「何故今夜なの?」
洋二は今夜、十人で江野を狩る動画について話した。
舞台はこの学校だとも。
「本当に不愉快な連中ねー」
本当にイヤそうに藍は云った。
そして「教員や警察に言うのはダメなの?」とも。
「それを口八丁手八丁でかいくぐるのもアイツらの娯楽の一端だ。ダメだろうね」
「弟にももう頼んじゃったし、延期もできないからねー」
「今まできみは兼崎たちの問題を一人で相手にしてきたんだ。今まで気付きもしなかった樸に花を持たせてくれないか」
藍は考えている、考え込んでいる。
―もうひと推し、か。
「二つ抱えているんだ。分担させてくれないか。僕がそうしたいんだ」
藍はパッと晴れるような表情を見せた。
「うん、その発想はなかったな。いいよ、但し、さっきのパンチは人に当てないように!」
「判っているよ。プーパッポンカレーな!」
「プーパッポンカレー! 憶えづらいなー!」
そういう藍を洋二は愛おしく思った。
そして、洋二は午後の授業中、藍の依頼にあったものを探り、彼女のスマートフォンに送った。
延彦の会社や役所のメインコンピューターに潜入し、藍がなるべく楽できるように予防策を練ったというワケだ。
藍は直ぐに下校して中野へ向かった。
類は未だ16時だというのに都合をつけて帰宅しているのだ。
「墓場までは持ってかないから、誰かに言うとは思っていたけど、それが藍ちゃんだとはね」
直截に云えば、類は延彦と恋愛関係にあったことを認めた。
相変わらず、父親の酷い女性関係を知るハメになっただけだが、一つ、更に藍を怒らせる証言を聴いた。
「私さ、勝気じゃない? 男を立てるより男と競い合いたい女じゃない? そういう子、延彦はいらないのよ。だから、御し易い妹の倫に乗り換えたと思う」
「それ、おかしくない? お母さんが御し易い女だということは私も賛成だけど、何も元カノの実の妹と次に付き合わなくてもいいじゃない」
「いや、後で知ったけど、はっきり元カノになってから倫と付き合ったんじゃなくて、重なっていた時期がひと月くらいあった」
「お母さん、罪悪感を抱き易いから」
「それだけじゃないでしょう。自分を散々やり込めた私への面当ての意味もあったんじゃあないのかな」
類は女子高生相手に躊躇なくそういうことを話した。
藍は伯母に認められて気さえした。
そして、これならば頼み事も頼み易いとも思った。
一方、洋二はいったん、帰宅していた。
彼の父親は海外に生れ、海外留学も経験していた経歴から、アメリカの映画会社の日本駐留の出先機関で働いていた。
つまりその縁では配給会社の母親と出会ったのだ。
かれこれ五年前、アメコミ原作のアクション映画の宣伝のために作った衣装があった。
大コケしたので、それが会社にあるとその失敗を思い出させるとして、父が持ち帰り、自宅の地下倉庫に押し込んだ。
当時未だ小学生だった洋二にはそのコスチュームは大き過ぎて、着ることができなかった。
だが着たいとも思わなかった。
何故なら、コスチュームのモチーフが食虫植物というかなり奇を衒ったもので、考え過ぎの挙句こうなった感じがした。
食べるための器官、つまり口がそのまま顔全体のようで、両手は棘付きの触手を模しており、胴体は茎を、足は根を思わせ、かっこいい要素は皆無であった。
しかもジョン・ウィンダムの小説に出てくるモンスターからの剽窃も疑われ、製作した米国でも不入りだった。
洋二は直ぐにバイク便にこのコスチュームを運んでもらうために拠点へと運んだ。
さすがにこの大きさだと電車で持って運ぶにはがさばり、まさか着ていくワケにいかなかったからだ。
バイク便の拠点が近所にあったこと、こんな見向きもされないヒーローとコスチュームが自宅の倉庫にあったことを運命と思わずにはおられなかった。
安奈の過去をが聴くまで想像だにしなかったこと、イジメがクラスで公然と行われていたこと、既に洋二はおのれの能力に過信していないのは、一週間経つ前にその限界を感じていたからだ。
―ではやるべきことをやらなくては。やりたいことでも、やれることでもない、やるべきとを、だ。
実は洋二は、今困ったことに、かなりワクワクしていて、こぼれんばかりの笑顔というやつになっていた。
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