第37話 調査と合流と決断 7



    7



最初は、もう結婚話すら話題に出さなくなった母親からだと思ったが、〈非通知〉とある。

出るのをためらったが、久々に人と話すのもいいか、と受信を叩く。

「飯田安奈、ですね」

これは洋二が発声したものだが、彼の複製生体の機能で、ヴォイスチェンジャーなしで声をどのようなものにでも変えられる。

―!

声の質からか、そのリズムかテンポのせいか、安奈には自分を咎めるひとからの声だと咄嗟に判断した。

だから、直ぐに切った。

すると直ぐに、卓上のPCからテレビ電話アプリの受信音が部屋に鳴り響く。

だがそれは十回のコールで切れた。

しかし、直ぐにそのアプリからのテキストメッセージが届いた。

そこには、


谷口早苗


と入力されていて、次にWord開かれ、そこに何か住所が書かれていた。

又、卓上のPCからテレビ電話アプリの受信音が部屋に鳴り響く。

好奇心は猫でも殺す、そのメッセージが気になったのか安奈はアプリを緑のアイコンをクリックした。

「飯田安奈、だよね」

さっきと同じ声がする。

「その沈黙を肯定として甘受しよう」

安奈はこの四日間、阿呆のように過ごしていたが、さすがに理解した。

自分のプライベートの電話番号、プライベートのテレビ電話アプリの番号がバレていて、Wordで入力されたということはリモートによる遠隔操作ができたということで、この部屋もとっくにバレているということだ。

カーテンを見、ドアも安奈は見た。

今ならば、周囲の人に助けを呼べる。

「周囲の人間に助けを呼ぶと木曜朝の犯罪が露呈する」

カメラを次に安奈は探した。

「いや、カメラはエチケットとして仕込んでない」

さすがの洋二も独身女性の部屋に忍び込むのははばかられたのだ。

「取引しませんか、この名前の女性に会ってもらい、『麻井家にはもう近づくな』と云ってもらいたい。さすれば、警察に通報することは今は抑えましょう」

洋二が〈今は〉と付け加えたのは、藍が警察に被害届を出す決心をした時のためだった。

洋二のこの、安奈に対する取引の目的は四つあった。


①自分というネットを利用し、セキュリティを突破できる存在が例の犯行を知っていることを教える。

②教えることによって、藍への再犯防止とする。

③おそらく愉快犯でしかない谷口早苗への抑止とする。

④自分が聴くのではなく、女性の安奈に早苗の堕胎の真偽を聞き出してもらう。


「いつ?」

か細い声で安奈は云った。

「今」

洋二の声も小さかった。

数秒後に洋二のイヤホンには水が流れる生活音が聴こえた。

おそらくうがいをしたり、トイレに行ったりしているのであろう。

「判った。言う通りにするよ。これは共犯になるということだよ。そこは理解してよ」

「そりゃ、対等の相手に言うもんだ」

「共犯すると対等になるんだよ。ならなきゃ、道理が引っ込む」

「OK!ハイヤーを呼んだ。建物の下に降りて」

黒塗りの自動車が止まっていた。

自動車のことがよく判らない安奈でも贅沢な車種であることが判った。

ハイヤーに乗り込む時、防犯カメラが捉えた映像で洋二は初めて安奈の顔を見た。

―幽鬼のようだな。

車内で運転手は社交辞令以外は一切何も口にしなかった。

首都高速を降りる頃、洋二からの着信があった。

「目的地に行く前に寄ってもらいたい場所が三つある。一つ目はそこのビルだ。一階の受付で自分の名前を伝えるように」

そこは全館スパリゾートでビルで、入った瞬間、安奈には担当がついた。

まずは入浴をし、その後にエステとボディケアを入念に施された。

出たのは2時間後で、さすがに別のハイヤーが待っていて、次に安奈が連れて行かれたのは、ヘアセットとフルメイクを兼ねた美容院だった。

洋二の指示だろうか、メイクアップアーティストも美容師もひと言も話さなかった。

安奈はそろそろ冷静になってきたので、この二人に少しは注文でもつけてやろうかと思ったが、このシュチェーションに付き合う覚悟を決めたので、止めておいた。

もうだいたい予想はつくだろうが、次は高級そうなブティックに着いた。

ここでも店員は挨拶するだけで、着させるだけ着させ、サイズが合うことだけを確認し終ると「この服は捨てていいですか」と尋ねられたので、微笑を返事とした。

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