第36話 調査と合流と決断 6



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タイ料理屋を出る時に洋二は支払いをかって出た。

洋二はクレゼンサにネット通貨を集めさせる芸当もでき、大っぴらに一か所から拝借するとアシがつくが、少量を少しづつかき集めれば、数千万円はいつでも用意できる。

でも、ここは現金で支払った。

両親からもらったこづかいからなのだけど。

藍としては、親という庇護してくれる人物たちが支払うのではなく、自分と楽しい(?)時間を過ごした対価として奢ってもらうのは、嬉しいもので、それが初めてだから、自分にもこういう感情があるのかと少し驚いた。

「学内・学外での連絡の取り方も検討したい。さっきのLINE以外にもアカも教えて欲しいから、もう少しいいかな」

こういって藍は洋二を東京駅にあるチェーン店の喫茶店に誘った。

席に座って注文するのではなく、席を確保してから、カウンターで注文の飲み物を受け取る形式の店だ。

「鮎川くんは、Lにしなよ」

二人ともアイスコーヒーを注文したのだが、藍はMで、洋二にLサイズを促した。

そしてここの支払いは藍が持った。

一方的に奢られたくないという藍の矜持だった。

その席で、二人はアドの交換以外にもクラスの人々のことも話した。

案外共通の友人がいることが判った。

だが藍は江野くんの件と小林先生については語らなかった。

夕方という感じの時刻、下町の藍は山手線で、郊外の洋二は中央線で別々に帰る。

「麻井さん、今度タイ料理屋に行くのならば、プーパッポンカレーを食べよう」

「それはどういう料理?」

「ソフトシェルの蟹と玉子と玉葱をカレー味で炒めて、ご飯にかけて食べるんだよ!」

「行くよ! 絶対に行く!」

とてもフレンドリーに別れたが、洋二は既に谷口早苗のことを考えていた。

―計画性のあった飯田安奈と違い、谷口早苗の件は藍の弟を見かけたことによる突発的なものとみて間違いない。

早苗の嫁ぎ先の酒屋は川崎にあったが、本店は昔吾妻橋にあった。

ところがだんだんと川崎の分店の方が繁盛し、吾妻橋の本店は借地だったので、本店を川崎に代えて、吾妻橋は廃業した。

だが当時からの慣習で今でも浅草に熊手を買いにきていて、その離れた距離感から、自分を弄び、捨てた男の息子を見つけ、意地悪をしたくなったのだろう。

そう洋二は考えた。

それは飯田安奈の殺人未遂と比べ、大したことのない犯行で事件とさえ言えない。

多分警察に通報しても厳重注意レベルだ。

でもそれは許されることではない。

こうも洋二は考えていた。

洋二は今夜中に谷口早苗に楔くさびを打つつもりだ。

しかし川崎には向かわなかった。

浦和に向かった。

そこは飯田安奈が住む部屋があった。


安奈はインフォメーションの会社にいた時、優良現場に派遣されていた。

だから同僚の間でも、給与は大して変わらないが、賞与は一段上くらいには目をかけてもらっていた。

だから、この部屋に住み続けるのは家賃が今の収入では高く、苦しかった。

引っ越すにも敷金礼金・引っ越し代で数十万かかる。

それだけの貯金を持ち合わせていなかったし、なにより引っ越しに関わる〈新生活〉だとか〈新天地〉と言われるポジティブなイメージに今の自分はそぐわないと思っていた。

酒は嗜む程度だったから、酒に溺れることはなかったものの、煙草を一日中吸い、紫煙が部屋を立ち込めた。

ジャージ姿? パジャマ姿?

いや、木曜のあの朝のままの姿を未だにしていた。

風呂にも入らず、シャワーも浴びず、軽食と煙草を買いにコンビニへ、そのざんばらな髪の毛のまま出た以外に外出をしていない。

―何故、あんなことをしたのだろうか。

いや、答は決まっている。

その答えを数か月ため込んで実行した。

だがこの四日、その思いがぐるぐると巡っていた。

自分を捨てた男の娘を殺せなかった後悔などはなかった。

洋二にはかわいそうだが、安奈は刺して・川に転落した男の子がいたことははっきりと憶えているが、それでなにか思うことはなかった。

―顔を見られた。

―あの女の子、憶えているよ。もう何年も前にあったが、遠目でも直ぐにあの子だと気づいた。あの時、あの女の子のケータイで電話した時の、あの人の慌てよう、面白かった。胸がすっとした。

今度は安奈のスマートフォンが鳴る番だった。

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