第23話 帰宅と疑惑と捜索 3



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「何? 麻井も、江野くんと共演したいんか?」

兼崎は、藍の名前くらいは知っていたようだ。

「兼やん!こいつじゃないですか、小林のセンコーにオイラたちのことをチクったスケは!?」

寺田くん、もう時代設定むちゃくちゃ。

藍は怒りのトリガーを江野くんが平手打ちをくらったことでなく、自分の眠りを妨げたことに置き換えた、という己の甘さを呪った。

この甘さがあったから、兼崎と寺田に云い返せないのだ。

クラスの皆だって、江野くん側に行きたくないから立ち向かわないのだ。

―悪を倒す、覚悟が足りなった!

兼崎と寺田はもう目つきが変わっている。愛玩物がもう一匹懐に飛び込んできた!と思う目つきをししていた。

江野くんはうつむいている。

藍はますますすくむ。

その刹那、教室の引き戸が滑る音。

「おう、みんな、早起きだな !関心関心! 江野は隣のクラスだろ? 戻れ戻れ」

小林先生の言葉に、我が意を得たりとすごぐごと引き下がる江野くん。

「兼崎と寺田はなんだ? 又イジメか? よくないゾ!」

「違いますよ~! な、寺田!」

「そうでありんす!」

二人は江野くんとは別の引き戸から出ていった。

二人、小林と藍だけが教室に残る。

「麻井、兼崎と寺田が妙に早く登校しているのを見て、気になって来てみた」

藍は無言。

「そう怖い目をするなよ。せめて傍観者にはならないようにはしているつもりだ」

藍は自分の投げたイスを元に戻し始める。

「女の子なんだから、あまりムチャはするなよ」

「ありがとうございました」

「感謝はいらないよ。オレは職員室戻るよ」

―感謝の言葉を欲しがっていたんでしょうに。

そんな藍の心の言葉は勿論聴こえず、小林は教室を後にする。

教室の引き戸のところで、女子二人のクラスメイトと小林がすれ違う。

お互い、朝の挨拶を交わす。

―最悪だ。

二人の女子のうち、たまに話す方ではなく、内気そうなコだけ、藍と目を合わして、直ぐ離した。

兼崎たちとの件は、根本的な解決は無いのかもしれない。

何をして解決とする目的の設定がないことをようやく藍は悟った。

それがないから、兼崎や寺田に虚を突かれ、小林先生に勘違いさせているのだ。

内気なコの方、名前は田崎さん、は未だちらちらと藍を見ているが、藍と少しは交流のある遠藤さんの方はそれを制した。

手持ち無沙汰の藍は文庫本、いや、それよりとちょいと背が高い、平凡社ライブラリーを開いた。

藍には相談するような相手がいなかった。

その理由にはまず、相談するという行為を藍が気に食わないことが挙げられる。

相談とは他者の問題や苦悩を吟味して、話者と聴き手でより良いベクトルに運ぶという意味があると思われるが、藍の持論は、〈こういう問題や苦悩を抱えている私〉だということだ!と命令しているとしか思わないのだ。

関係性にも関連してくるのだろう。

こういう話ができる友人という関係性だ。

都心にある私立校である。

すさんだ雰囲気はないが、中にはやはりギャルっぽいコもいるし、スポーツ系の部活に青春をかけるコも案外多い。

ギャルも体育会系もおたくも等しく藍は付き合いがあったが、ここにいる田崎さんと遠藤さんみたいにコンビになるような同性の友人が藍にはいたことがなかった。

田崎さんは遠藤さん以外の人と男女問わず、ほとんど話さないが、田崎さんとはよく話す。

今も、ようやく藍のことを気に掛けるのをやめて、二人で笑っている。

おそらくどちらかが言ったのだろう、「それならば、もっと早く登校して話していようよ」と。

多分自分には誰もそれを言ってこないだろう。

―おしゃべりなんて、ヒマつぶしなんだからその必要ないし、それならばゆっくり登校したくない?

そういう返しをする女だと思われているし、藍じしんもおそらくそのように返す自分だと知っていた。

―朝の謎女からの襲撃に、江本くんかばって兼崎たちに眼を付けられたからか、一行も頭に入ってこないよ。

藍はだが、同性のクラスメイト二人の会話が羨ましいことは意識に登っていない。

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