第22話 帰宅と疑惑と捜索 2



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小林先生も江野くんと話くらいはしてくれただろうが、暴力や恐喝が行われているワケではないので、兼崎たちをつるし上げるまでにはいってない。

なにより、江野くんが自分を被害者と認めていないのだ。

「あのさ、イヤだったら、イヤと言わなきゃいけないよ」

唯一、生徒でこう云うのが藍である。

「再生回数、増やすためだよ、イヤじゃないよ、当然の努力だよ」

江野くんはその時にパーデンネンの恰好をさせらていた。

兼崎の実家の稼業が、芸能事務所だから、こういうムリが効くのだ。

微苦笑という表情を藍はこの時の江野くんの表情を見て初めて知った。

ヒエラルキーの見え辛さというものは、下位の者の自己暗示にあり、それは時に差別、又時に宗教だったりするものだが、上位にとってそれは生き甲斐ではなく、手段でしかない。

藍はその動画を観る気もないが、観た知人の話によると、高い場所からジャンプさせられたり、万引きの真似事をやらされてバレて逃げる姿を映され、それらにはいつも兼崎とその手下の笑い声が入っているらしく、話を聴くだけで不快な気分になった。

その回想をするだけで不愉快だというのに、その元凶の声が机に頬を付け、寝ているような状態になっている藍の耳に届いた。

「だから、江野く~ん! 今度は欽ちゃん走りをやるんだよ~!」

「兼崎さん、打たれ強い江野くんにはむしろ二朗さんの役やってもらいましょうよ!」

これは兼崎の腰巾着の一人、寺田だ。

わざわざ、江野くんの登校時間に併せて二人も来たようだ。

江野くんは隣のクラスから、この藍がいる教室に連れられて来たようだ。

「ドローンをさ、10台くらい借りられそうなんだ。名優・江野さまの名舞台をよぉぉぉぉ~! ありとあらゆる角度から撮りまくって、又バズらせるゼ!」

「じゃ、じゃあ、か、兼崎くんが出ればいいよ」

江野の語尾はかすれたが、藍が耳にする初めての反抗の台詞だった。

拳では、このような音は出まい。

平手で頬を殴る音。

「いい加減にしなさい! スターはキミだよ! メロリンキュー!」

そして高笑い。

藍は、子どもの時に、アニメや特撮のTV番組を観ていて、怖くなったことが度々ある。

ここまで、やるのか、と。

怖さは感じたが、ここまでやる戦士たちに魅了もされていてので、観ることを辞める、いや、観ることから逃げることはしなかった。

確か幼稚園児の年長の時に、よく話す女の子とどうも根本的に話が噛み合わないなと思って、聴いたことがある。

「確かにさ、栖美麗スミレちゃんが言うように衣装はかわいいし、必殺技ラブリーストレートフラッシュはかっこいいけど、現実世界に大群が押し寄せてきて、自分の正体をバラしてすら、戦わなきゃいけなくなるんだよ! そうとうの覚悟が必要だよ!」

「え、藍ちゃん、そんな事考えて観ているの? 私たちがそんなことに出くわすなんて、あるワケないじゃん」

その後、特撮番組で話が合う男子数人とも話したが、怪獣のデザインや前作ヒーローとの共演、脚本家の作家性について、話すことがあっても、藍のようには観ていないのである。

藍のアニメや特撮の見方、それは視聴者の子どもたちよ!きみらがこのような状況に陥った時に、きみはこの戦士と同じように立ち向かえるか?というものである。

座ったままの姿勢で、右手で四脚のうち、手前の一本を持ち、そのまま声のする方に勢いよく、イスをすべらせた。

「寝てるんだよ! うるさいよ!」

立ち上がり、そう云い放った藍だった。

呆然とする、兼崎くん、寺田くん、江野くん。

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