第154話 悲報

 共和国首都へ鳩便はとびんが届く。

 非常に重要なしらせであるため、万が一のことを考えて同じしらせを数羽のはとに分けて飛ばせた他、早馬で駆けてくる使者も数名到着する予定だ。

 その第一報となる鳩便はとびんが大統領夫妻の元へ到達した。

 そのしらせの中身を聞いた夫妻は共におどろきに顔をゆがめる。


「子供たちが……」


 疎開先であるパストラ村の感染症騒ぎによって次の疎開地である港町バラーディオに向かっていたはずのヴァージルとウェンディーの行方ゆくえが分からなくなった。

 バラーディオの手前の宿場町に潜ませていた斥候せっこうらの報告によれば、到着予定時刻になってもヴァージルら一行が姿を見せなかったために、慌てて街道をさかのぼったのだという。

 すると街道の途中で停車している馬車を発見した。

 その馬車は確かに大統領夫妻が子供たちのために用意した車体だったが、斥候せっこうらが駆けつけた時にはすでに無人だったという。


 兄妹と行動を共にしているはずのジリアン、リビー、小姓こしょう2人と御者の男の姿もなかった。

 馬車を引いていた馬の姿すらもなく、全員が荷車だけを残して忽然こつぜんと消えてしまったかのような有り様だ。

 しかし現場には血痕けっこんを消した痕跡こんせきのようなものが残されていたらしい。

 そこまでが第一報の内容であり、至急、現場の調査及び周辺の捜索そうさくを開始すると、手紙は締めくくられていた。


「イライアス……」


 クローディアは不安に瞳を揺らしながら夫に目を向ける。

 イライアスは冷静さを保つべく、大きく息を吐いた。

 そして秘書官であるエミリーとエミリアの双子姉妹に命じる。


「悪いことが起きたと言わざるを得ないな。まずは国境封鎖を。子供らを国外に連れて行かれぬように。しかし各所への通達は内々に。対外的に国境封鎖を発表してしまうと国民の不安を招く。それから次の報告を待つ前に手を打とう。捜索そうさく人数を増員し、バラーディオを始めとした港湾の入出港を一時的に止める」


 イライアスは妻の肩を抱くと彼女をはげますように言った。


「我々に出来ることをやろう。今はそれしかない」


 夫の言葉にクローディアは不安げにうなづく。

 隣国りんごくが戦火に見舞われている今、イライアスとクローディアはこの首都を離れるわけにはいかない。 

 すぐにでも子供たちを探しに飛び出していきたい気持ちを懸命に抑え、2人は心を強く保つべくたがいに支え合うのだった。


 

 ☆☆☆☆☆☆ 


「ブリジット。ボルドさん。アーシュラさんから火急の報が届きました」


 そう言って女王の執務室に駆け込んで来たのは、ブリジットと同じ34歳でダニア評議会の議長を務めるウィレミナだった。 

 今回の作戦でアーシュラから受け取った手紙は、まず評議長のウィレミナが内容を確認することが、ブリジットやボルドも含めた全員の認識として一致していた。

 ウィレミナにはダニアの政治の長としてそれを確認する必要があるからだ。

 彼女は手紙をブリジットに手渡すと同時に概要を説明した。


捜索そうさく隊は現在、エミル様の足跡を見つけて追跡中とのことです。どうやらエミル様は共和国側に戻って来ているようなのです。その理由は……もしかしたらチェルシーの部隊はエミル様に引き続き、共和国側の要人の身柄をねらっているのではないかと」


 ウィレミナの話す概要の詳細はアーシュラの手紙に書いてある。

 彼女の話を聞きながらブリジットとボルドは食い入るようにアーシュラの字に見入った。

 ダニアのエミルを捕らえ、共和国側の要人の誰かを捕らえれば、王国にとってはこれ以上にない共和国への牽制けんせいとなる。

 もし公国にくみすることがあれば人質は無事では済まないぞ、とおどすことで、共和国からの横槍を恐れることなく公国の侵略を進められるからだ。


 その内容にブリジットとボルドはハッとした。

 アーシュラを通じてクローディアから聞かされていることがあるのだ。

 ブリジットはボルドとうなづき合い、秘匿ひとくであったその情報をウィレミナには明かすことにした。

 この局面ではそれが必要だと確信したからだ。

 もはや秘匿ひとくにしておけることではない。


「……なるほど。ヴァージル様とウェンディー様が疎開を」


 ウィレミナは一を聞いて十を知る冷静で理知的な女だ。

 ブリジットらがそのことを議長である自分にも言わずにいたことを責めるようなことはもちろんしないし、何のわだかまりもなく理解した。

  

「共和国にとっても、相手に捕らわれて最も困る人質はあのお2人です」

卑劣ひれつな……ヴァージルもウェンディーもまだほんの子供だというのに」


 ブリジットはその顔に怒りをにじませる。

 そんな妻の肩に手を置き、ボルドはウィレミナに目を向けた。


「エミルの追跡はアーシュラ隊長に任せつつ、共和国内に監視の目を増やすべきですね。ヴァージルとウェンディーが向かう先であるバラーディオに駐在する我らが同胞たちにも街中の監視を強化するように伝えましょう」


 共和国の各主要都市には同盟国としてダニアの女戦士たちを数多く常駐させている。

 港町バラーディオにも150名ほどの赤毛の兵たちが駐留し、共和国軍兵士と共に港町の防衛任務にいていた。

 ボルドの話にウィレミナもうなづく。

  

「ええ。賛成です。この話、議会にかけてもかまいませんね?」

「ああ。非常時には議会が一枚岩であるべきだ。ただし、2人の疎開の件は評議員の間だけで留めてくれ。それ以上広がると収拾がつかなくなる。クローディアにはアタシからそのむね、書簡を出しておこう」

「お願いいたします」


 そう言ってウィレミナが頭を下げ、ブリジットの執務室を後にしようとしたその時だった。

 彼女の部下の1人が新たな手紙を手に、駆け込んで来たのだ。

 部下の女は鳩便はとびんで受け取った手紙をウィレミナに差し出す。


「続報のようです。すぐにご確認を!」


 その手紙を受け取り、その場で開いたウィレミナは思わず目を見開き、ほんのつかの間、呆然ぼうぜんとした。

 しかしすぐに我に返り、ブリジットとボルドに目を受ける。


「敵の動きが早いです……ヴァージル様とウェンディー様が……行方ゆくえ知れずになったそうです。そして……」


 ウィレミナが告げたのは悲報だ。

 その話にブリジットのみならずボルドも悲痛な面持おももちで言葉を失うのだった。


 ☆☆☆☆☆☆ 


 部下の新たな報告に、クローディアは表情を失い、呆然ぼうぜんと立ち尽くす。


「そ、そんな……」


 ヴァージルとウェンディーが行方ゆくえ不明になった。

 その第一報を受け取ってから1時間もしないうちだった。

 続く第二報が共和国首都のイライアスとクローディアの元にもたらされたのは。

 それは……悲報であり訃報ふほうであった。

 

 ヴァージルとウェンディーを乗せた馬車が無人で見つかったその街道付近の林の中で、無数の遺体が発見された。

 打ち捨てられたその遺体の多くは野盗とおぼしき男らの者だったが、その中にダニアの小姓こしょうが2名と、馬車の御者の男が1名ふくまれていた。

 そして……赤毛で筋骨隆々の体格を誇るダニアの女戦士2名の遺体もそこにはあったという。

 それがヴァージルとウェンディーの護衛をクローディアから直々じきじきに任命された、ジリアンとリビーのものであると確認されたのだ。


「ジリアン……リビー……」


 その名をつぶやいたきり、クローディアは声を詰まらせ、その場に泣きくずれてしまった。

 あわててイライアスがそんな妻のそばにしゃがみ込んでその肩を抱き寄せる。

 クローディアはそんな夫の胸に顔をうずめ、止めどなくあふれる涙にほほらした。

 ジリアンとリビーはクローディアにとっては特別な部下たちだ。

 長くつかえてくれた気心の知れた者たちでもある。

 

 2人はヴァージルやウェンディーのことも大切に見守ってくれた。

 その2人が任務の果てに命を落としたのだ。

 その事実にクローディアは打ちのめされ、しばし立ち上がることが出来なかった。

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