第140話 エミルとヤブラン

 ヒバリとキツツキが野盗らの死体を順番に片付けていく。

 すべてオニユリが一丁の拳銃で撃ち倒したものだ。

 あわれにも射殺された死体は、街道脇の林の茂みの中に打ち捨てられる。

 額に汗を浮かべながら、2人の白髪の若者たちは主であるオニユリの元へ歩み寄って来た。


「すべて片付けました。姉上様」

「ご苦労様」

あなを掘ってめなくてよろしいのですか?」

「大丈夫よ。そんなことしていたら時間ばかりかかるわ。今この公国は戦時中なんだから、兵士や軍馬の遺体があっても何もおかしくないでしょ」


 そう言うとオニユリは月明かりの下に横たわる馬がしりから血を流して苦しんでいるのを見下ろした。


「あらあら。かわいそうに。すぐに楽にしてあげるわね」


 そう言って腰帯から短剣を引き抜くと、オニユリはそれで馬の首を深く切り裂いた。

 馬は首からおびただしい量の血を流し、体を痙攣けいれんさせながら息絶える。

 次にオニユリは絶命した馬のしりの傷に短剣を突き立てると、肉にめり込んだなまり玉をえぐり出した。

 そして血まみれの弾丸を布に包むとヒバリに投げ渡す。


「この馬は矢に当たって死んだのよ」


 そう言うオニユリにうなづき、ヒバリはなまり玉をふところにしまう。

 そしてキツツキは近くの地面に落ちている矢を拾い上げた。

 先ほど野盗らが放ってきて外れたものだ。


 キツツキはそのやじりを馬のしりなまり玉をくり抜いた傷口に突き立てた。

 矢に刺されたことを偽装するために。

 それを見届けるとオニユリは2人の部下に告げる。


「余計な邪魔が入ったわね。先を急ぐわよ。進路を東向きに変更すると御者に伝えなさい。共和国に越境する地点を少し手前に変更するから」


 オニユリの指示にヒバリとキツツキは一礼し、馬車へと急ぎ足で戻っていった。


☆☆☆☆☆☆


「あの……」


 オニユリと若い白髪の男2人が敵の亡骸なきがらを確認するために出て行った後、停車中の車内にはエミルとヤブランが残されていた。

 御者は馬がケガをしていないか確認するのに忙しいようで、御者台から降りている。

 それを見たエミルが声を潜めてヤブランに話しかけたのだ。

 

「この馬車は……どこに向かっているの?」


 不安そうにそう言うエミルの顔をまじまじと見つめながらヤブランは逆に聞き返した。

 

「あなた、オニユリ様から何も聞かされていないの?」

「うん……聞いても教えてくれなくて」

「そう。残念だけど私も知らないわ。あなたと同じよ。教えてもらってないの」

「そうなんだ……」


 悄然しょうぜんと目をせるエミルに、ヤブランは気になっていたことを聞いた。

 先日見た、寝室でエミルに添い寝をするオニユリの姿が脳裏のうりにちらつく。


「ところで……こんなこと聞いていいのか分からないけれど、あなた……オニユリ様から何かされた?」


 聞きにくそうにそうたずねるヤブランに、エミルは息を飲んで首を横に振る。

 オニユリはエミルのいる寝室で添い寝などをしてくるものの、エミルには指一本触れてこない。

 エミルのその反応にヤブランは安堵あんどしたように息を吐いた。


「そう。幸運だったわね。でもオニユリ様には……気を許さないほうがあなたのためよ」


 ヤブランの言葉にエミルは意外そうな顔を見せる。


「どうしてそんなことを君が僕に?」

「私はオニユリ様の元々の部下じゃないわ。あの方は本来なら女をそばに置いたりしないもの」


 その話にエミルは怪訝けげんな表情を見せた。

 それならばヤブランはなぜ急に同行することになったのだろう。

 普段は女性をそばに置かないというオニユリが急にヤブランを徴用ちょうようしたのは不自然だ。

 そんなことを考えていると馬車の外から足音が聞こえてきた。

 オニユリたちが戻ってきたのだ。

 ヤブランは声を潜めて言った。


「今の話は秘密よ。私も誰にも言わないから」


 そう言うヤブランにエミルは戸惑いながらうなづく。

 するとヤブランはスススッと車内の離れた場所に移動し、何事もなかったかのようにすまし顔で座るのだった。

 すぐにオニユリたちが戻って来て、馬車は再び出発した。


 ☆☆☆☆☆☆


 夜が明けていく。

 幾度いくどかの休憩をて移動を続けていたアーシュラ一行は、公国領の大地を大きな問題もなく進み続けていた。

 御者を交代しながら進む中、現在の当番であるエリカとハリエットは、朝日に照らされて浮かび上がる前方の光景にいぶかしげな顔をする。


「ね、ねえエリカ。あれ」

「うん。何かいるね」


 2人は荷台で仮眠を取る上官と仲間たちに声をかけた。


「アーシュラ隊長! みんな! 起きて!」


 その声に一番最初に反応して顔を出したのはアーシュラだ。


「どうしましたか?」


 そうたずねるアーシュラはエリカたちの返答を待つまでもなく状況を理解した。

 前方の地面に何かが倒れている。

 大きな動物のようだ。


「あれは……馬ですね。ハリエット。あと100メートルほど進んだら馬車を止めて下さい」


 そう言うとアーシュラは目を閉じて黒髪術者ダークネスとしての力をませる。

 現場に殺意と絶望のニオイが色濃く残っていた。

 もちろん鼻でぎ取るニオイではない。

 黒髪術者ダークネスとして感じ取るニオイだ。

 それは戦場で嫌というほど感じたものだった。


(ここで戦いがあり、誰かが命を落とした)


 馬車が止まり、アーシュラは目を開けた。

 十数メートル先に馬が横たわっている。

 すでに息絶えているようだった。 

 アーシュラは部下たちに告げる。


「プリシラ、エステル、オリアーナはワタシと共にこの辺りを調査します。エリカ、ハリエット、ネルの3名は周囲を警戒し、馬車の警護を」


 隊長の命令を受けて6名の部下たちはそれぞれ動き出すのだった。

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