第122話 予期せぬ乱入者

 オリアーナの放つむちの先がビシッと炸裂し、背紅狼レッド・ウルフは脇腹をえぐられて悲鳴を上げながら倒れ込む。

 オリアーナの力で打ち出されるむち威力いりょくは強烈で、背紅狼レッド・ウルフの分厚い毛皮すら切り裂いて裂傷を負わせた。

 それでも立ち上がろうとする背紅狼レッド・ウルフ黒熊狼ベアウルフのバラモンが襲い掛かる。


「ガウッ!」


 バラモンは背紅狼レッド・ウルフの首すじに牙を立てて食らいつき、力任せに背紅狼レッド・ウルフを振り回した。

 体格差があるため背紅狼レッド・ウルフは成すすべなく地面や木々に叩きつけられ、グッタリと動かなくなった。


「バラモン。よくやったわ」


 オリアーナはバラモンの背をでてねぎらいの声をかけると周囲を見回した。

 プリシラを初めとする他の女たちが果敢に攻め込んでいるため、背紅狼レッド・ウルフの数が徐々に少なくなってきている。

 これなら勝てるだろうと思った。

 だが、そこでバラモンが不意に首をめぐらせる。

 そして何もない暗闇くらやみに向けてうなり始めたのだ。


「……バラモン?」


 バラモンが見ている方角に目を向けて耳を澄ませると、オリアーナは新たな狼のえ声が遠くから近付いて来るのが分かった。


(複数だ。新手? でもこれは……)


 新手の背紅狼レッド・ウルフらのえ声が、獲物を追い立てる時のそれだとオリアーナは感じた。

 種類は違えど、同じ狼である黒熊狼ベアウルフたちも狩猟しゅりょうで獲物を追い詰めた時はこのような声で鳴く。


(何かがこちらに向かって来る……)


 オリアーナはそのことを仲間たちに知らせるべく声を上げようとした。

 だが、それよりも早く、前方の茂みの中から何者かが飛び出してきたのだ。


「プギィィィィッ!」


 甲高い鳴き声と共に猛然と駆け込んできたのは、一頭のいのししだった。

 それも体長が1.5メートルはあろうかという大物だ。

 いのししは体のあちこちから血を流し、半狂乱になって走り続けている。

 その後方からは背紅狼レッド・ウルフたちのえ声が響いてきた。


背紅狼レッド・ウルフに襲われたんだ。あのいのしし


 オリアーナは緊張気味の表情で身構えた。

 いのししは突進力に優れ、ちょっとやそっとでは止まらない。

 しかも手負いの状態のいのししともなれば尚更なおさら危険だった。

 狩りの最中にいのししの牙で太ももを刺されて、出血多量で瀕死ひんしの重傷を負った仲間をオリアーナは幾人いくにんも知っている。


(……アタシが仕留めないと)


 オリアーナはむちをその場に放り捨てる。

 捨て身で突進してくる相手にむちは非力だからだ。

 腰帯に差したさやからなたを抜き放つと、腰を落とす。

 そしてバラモンの背を優しくでてなだめた。


「バラモン。慎重にいくよ」


 体の大きなバラモンとて、あの大きさのいのししの突進をまともに受ければ、ひとたまりもないだろう。

 おそらくいのししの体重は100kg近いだろう。

 だがこれほどの大物であっても、狡猾こうかつ背紅狼レッド・ウルフは狩り捕ることが出来る。

 わざと暴れさせて疲れさせ、その上で多勢で襲い掛かって仕留めるのだ。


(出来ればいのししはやり過ごしたい。だけど無理なら倒すしかない)


 いのししは恐慌状態におちいっていて、あちこちの木々にぶつかりながら必死に逃げている。

 だが元々この場にいた背紅狼レッド・ウルフらにえられて、逃げ場を失くしたようにグルグルと辺りを回り始めた。

 オリアーナは危険ないのししからまず仕留めようと腰を落として身構えた。

 だがその時だった。


「ガウッ!」


 暗闇くらやみの中から一頭の背紅狼レッド・ウルフが飛び出してきてオリアーナに襲い掛かったのだ。

 前方のいのししに気を取られていたオリアーナは反応が遅れ、背紅狼レッド・ウルフにのしかかられて転倒してしまう。


「くっ!」


 オリアーナはすぐさま持っているなた背紅狼レッド・ウルフの横腹に突き刺した。

 背紅狼レッド・ウルフは甲高い悲鳴を上げて、すぐにグッタリと動かなくなる。

 オリアーナはすかさず背紅狼レッド・ウルフ遺骸いがいを脇に放って跳ね起きた。

 だが、すぐ目の前にいのししが迫っていた。

 オリアーナは歯を食いしばる。


(やられる!)


 だがそこで横から飛び出して来た黒い影がいのししに襲い掛かった。

 

「ガウッ!」

「バラモン!」


 黒熊狼ベアウルフのバラモンがいのししに突進し、主人であるオリアーナを守ったのだ。

 そして2頭のけものは激しくぶつかり合う。

 しかし体格で勝るいのししにぶつかられ、バラモンはたまらずに後方にのけった。 

 オリアーナはたまらずに声を上げる。


「バラモン!」


 いのししが牙を突き出し、バラモンの喉元のどもとに向けて突進した。

 やられる。

 そう思ったその時だった。


「このぉぉぉぉぉ!」


 突っ込んで来たプリシラが飛び上がって両足でいのししに強烈な蹴りを浴びせたのだ。

 足の筋肉を大きく盛り上がらせ全体重を乗せたプリシラの両足りを浴びて、体重が100kgはあろうかといういのししが、大きく吹き飛ばされる。


「プギィィィィ!」


 いのししは悲鳴を上げながら、木の幹に激突した。

 プリシラらはすぐさま立ち上がり、オリアーナに手を差し伸べる。


「オリアーナ。大丈夫? 立って」

「う……うん」


 オリアーナはおどろきに目を見開いた。

 バラモンと自分を助けてくれてありがとう。

 その言葉は口から出てこなかったが、それでも彼女はプリシラから目をらさず、その手を取って立ち上がった。


「油断しないで。あのいのしし。全然こたえてない」


 プリシラに強烈な蹴りを食らったいのししは、それでもヨロヨロと起き上がると再び駆け出す。

 もはやどこに逃げていいのかも分からず、いのししは狂乱状態で目に見える者すべてに突進した。


「うおっ!」

「くそっ!」


 背紅狼レッド・ウルフらと戦っているネルやエリカ、ハリエット、エステルはいのししの突進を必死に避けるが、戦場は大混乱におちいっていった。

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