第102話 緊急会議

「隠密行動を考えるなら人数は10人未満。若くて実戦経験もある者たちがいい」


 会議の冒頭、ブリジットがそう言った。

 共和国領ビバルデの宿で会議用の部屋を借り切って行われているのは、彼女の息子であるエミルを奪還するための捜索そうさく隊を組織する緊急会議だ。

 敵の手に落ちたとおぼしきエミルを救うためには腕の立つ者たちを、今は戦地となっている公国へと乗り込ませる必要がある。


 だがそれをあまり大々的に大人数でやってしまうと、王国からは敵対の意思ありと見なされ、彼らに共和国を攻める口実を与えてしまうだろう。

 ゆえに少人数で目立たぬように行動する必要がある。

 そしてこの捜索そうさく隊にはエミルの姉であり女王の娘であるプリシラが参加すると息巻いているのだ。


 もちろんプリシラもこの会議の席に着いている。

 ブリジット、ボルド、プリシラの他には女王の側近にして今やダニアの伝説的な戦士となっているべラとソニアの姿もあった。

 しかし彼女たちは30代もなかばとなり全盛期を過ぎている上に、どちらもかつての激戦で体に障害を負っている。


 ベラは左目が失われ、ソニアは神経性麻痺まひにより四肢が動かしにくくなっていた。

 どちらも長く過酷な単独作戦の行動をするには厳しい。

 しかもベラとソニアはブリジットの側近であると同時に、ダニア軍においては将軍のデイジーを補佐する参謀でもあるのだ。

 王国からの侵略がうわさされるこの有事に国を空けるわけにはいかない。


「それならコイツらを推薦すいせんするぜ」


 そこでベラが快活にそう言って指差したのは、この会議に出席している2人の若い戦士だった。

 エリカとハリエット。

 ベラとソニアの愛弟子たちだった。


 師匠であるベラよりも、さらに短く赤毛の髪を切りそろえている素朴そぼく雰囲気ふんいきを持つのがエリカ。

 ベラと同じく槍使いだがその性格は真逆で、エリカは寡黙かもくな女だった。

 そのとなりに座るハリエットはソニアの弟子であり、師匠ししょうと同じくおのを使うがやはり性格は真逆だ。

 ハリエットは長めの赤毛にきらびやかな髪飾りをつけて奇麗きれいに編み込み、革鎧かわよろいにも飾りをつけるなど洒落しゃれっ気がある上によくしゃべるし表情も豊かだった。


 しかしこの2人はベラとソニアの元に集まる多くの弟子候補たちに課せられた厳しい入門試験をただ2人潜り抜け、その後はたった1人の弟子としてそれぞれベラとソニアにみっちりときたえ上げられた猛者もさたちだ。

 これまでもベラやソニアに同行して盗賊退治などの実戦経験を積んできた。

 しかし……。


「ええっ? アタシらですか?」


 おどろいてそう声を上げるのはハリエットだ。

 そんな彼女の脇腹をとなりに座る寡黙かもくなエリカがひじで小突く。

 ベラは若き2人に目を向けてニヤリと笑った。


「そうだ。おまえら元気だけが取りだろ。捜索そうさく隊に参加してしっかりエミルを取り戻してこい」


 まさか自分たちが指名されるとは思っていなかったため思わず目を見合わせる2人に、ブリジットはじっと目を向けた。

 2人の腕前はブリジットも実際にダニアで毎年開かれる武術大会で目の当たりにしている。

 若い世代では最も優れた戦士たちと言って間違いないだろう。

 だが経験という点ではやや不安な部分もある。

 そんなブリジットの視線に気付き、エリカがおずおずと手を挙げる。


「光栄なことです。ご命令とあらば無論、身命をして任務を完遂する所存です。しかし……我々でよろしいのですか? もっと経験豊富な適任者が他にいるのでは?」


 慎重な物言いの愛弟子エリカにベラは嘆息たんそくする。


「おまえはいつもそうだ。他人に遠慮してねえで、アタシがやりますって言え。実力がなかったらこのアタシが推薦すいせんするわけねえだろ」


 不満げにそう言うベラのとなりに座るソニアも、ブリジットに目を向けて言う。


「ブリジット。この2人はまだ経験自体は浅いが、それを補う実力がある。捜索そうさく隊に加えてやってくれ」


 ベラとソニアの推薦すいせんを受け、ブリジットはボルドと目を見合わせてからうなづく。


「分かった。エリカとハリエット。おまえたちに捜索そうさく隊への参加を命じる」


 ブリジットのその言葉にエリカとハリエットは緊張の面持おももちで立ち上がると右手を胸に当てて言う。


つつしんでお受けいたします」

「必ずやエミル様を連れ帰ります」


 おごそかにそう言う2人にうなづくと、ブリジットはとなりのボルドに目を向けた。


「ボルド。2人の他に推薦すいせんできそうな者はいるか?」


 ボルドは夫として女王のブリジットを支える立場にあり、ダニア政府内では女王の補佐官という役職だ。

 そのため彼は武術大会の観覧はもちろん、共和国各地に派遣している戦士らの働きぶりを資料で出来る限り把握するよう努めていた。

 そして際立って優秀な者はブリジットが定期的に開く夕餉ゆうげの会に招待して、交流することでその人となりを見てきたのだ。

 そんなボルドは以前から注目していた人物の名を3人ほど挙げた。


「弓兵部隊に所属しているネルさん。そして獣使じゅうし隊に所属しているオリアーナさん。それからウィレミナ議長の学舎にいるエステルさんですかね」


 彼が枚挙した者たちはブリジットも全員知っていた。

 ベラやソニアも同様だ。

 若い者たちの間で優秀な技術を持ち、相応の戦果を挙げている者たちだ。

 しかし……ボルドの人選にベラは思わずまゆを潜める。


「おいおい。曲者くせものぞろいじゃねえかよ」


 ベラの言葉通りだった。

 ネル、オリアーナ、エステル。

 この3人はいずれも各自の得意分野において他に並ぶ者がいないほど優秀ではあったが、その性格に少々難があったのだ。

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