蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
第101話 銀の憂鬱
共和国首都の大統領邸宅に2人の銀髪の女が訪れていた。
共に30代も後半に差し掛かっているその2人は姉妹だ。
「ブライズ、ベランダ。来てくれてありがとう」
そう言って2人を出迎えたのはダニアの銀の女王クローディアだ。
共和国大統領イライアスの妻でもある彼女の元を訪れたのは、
クローディアと同じく銀の女王の系譜にその名を
2人ともすでに全盛期の力は失っているが、それでもダニアの若い戦士たちでさえ足元にも及ばないほどの実力者たちだ。
しかし……ここにいる銀髪の3人には逃れられない運命が待っている。
ダニアの女王の血を受け継ぐ者たちは皆、その人間離れした身体能力を持つことと引き換えなのか、短命で人生を終える。
40歳前後になると急激に体が弱り、45歳までにはほとんどの者が心臓を悪くしてこの世を去るのだ。
ダニアの歴史上、女王の血を引く者で50歳まで生きた者は1人もいなかった。
一番長く生きたと言われる初代ブリジットですら、48歳にして
即ちここにいる3人はおそらく後10年ほどしか生きられない。
「こんな老兵にまで声がかかるってことはよほどのことだな」
「ええ。余生はゆっくり過ごそうと思っておりましたのに」
そう言う口ぶりとは裏腹にブライズとベリンダは共に楽しそうだ。
彼女たちのクローディアへの親愛の情は厚く、年下の
クローディアは姉のように
「ブライズ殿。ベリンダ殿。ご足労感謝する。今日はお2人ともくつろいでもらいたい」
そう言って2人と握手するのはイライアスだ。
大統領でありながら偉ぶった態度のない彼に
「そんなに
そう言うとベリンダは笑い、ブライズは妹の軽口に
2人とも女王の
どちらも指導者としてそれぞれの得意分野を後進の若者たちへ引き継いでいく立場だ。
「せっかく穏やかな暮らしをしているのに悪いわね。また2人の力に頼ることになって」
クローディアは
この大陸の西の端に位置する王国が
そして主要都市を次々と落とし、いよいよ公国首都のラフーガを
公国はこの共和国の
先日、大統領は国内に緊急事態宣言の通達を出し、有事に備えて国内の防衛を強化していた。
その一環としてブライズとベリンダには共和国の主要都市の防衛任務に
元々、ダニアは同盟国である共和国の各地に自国が誇る女戦士たちを駐留させ、共和国軍と共同で防衛任務に当たってきた。
その指揮官にブライズとベリンダが就任することになったのだ。
「お2人に指揮官になっていただければ現場の戦士たちもますます士気が上がることでしょう」
「まあ、ワタシらを頼ってくれたのは光栄だよ。王国連中が攻めてきても弾き返してやるから安心しな」
そう言って若かりし頃と変わらぬ快活な笑みを浮かべるブライズの
「ところで、いつも影のように付き従っている赤毛の秘書官の姿が見えませんわね?」
ベリンダのその言葉にクローディアは表情を
「アーシュラは……私の命令で今、ビバルデに向かってもらっているの」
「何かありまして?」
首を傾げるベリンダと
☆☆☆☆☆☆
共和国の高原に位置するパストラ村。
のどかなその村は朝晩は冷えるが、日中は空気が澄んでいてとても過ごしやすかった。
窓の外には羊飼いと牧羊犬が羊の群れを追い立てる様子が見える。
その様子を
そしてその少女に声をかけるのは彼女の兄である黒髪の少年だった。
「ウェンディー。少しは外に出ようよ。別に家の中に閉じこもっていなくちゃならないわけじゃないんだ」
ウェンディーと呼ばれた少女は振り返ると、浮かない顔で首を横に振る。
「ヴァージルお兄様……お母様とお父様に会いたい」
そう言う妹に兄のヴァージルは困ってしまう。
この国の大統領であるイライアスとクローディアの間に生まれた兄妹は今、住んでいた共和国首都を離れて、南部のこの村に疎開していた。
公国の侵略を続ける王国からの戦火が共和国首都に迫る前に、大統領夫妻は子供たちを安全な場所に逃がしたのだ。
2人がこの村に到着したのはつい昨日のことだ。
2人の護衛にはジリアンとリビーというクローディアの
あまり仰々しく大勢の護衛を付けて国内を移動すれば目立ってしまうため、ここに来るまでは2人の
「まだこの間お別れしたばかりだろう? ほら。普段はなかなか来られない場所なんだから、せっかくだし色々と見て回ろうよ。村の中なら自由にしていいってジリアンさんもリビーさんも言ってたし」
パストラ村はイライアスの母方の祖母の故郷であり、大統領の子女を預かることを快く受け入れてくれた。
もともと300名ほどしか住民がいない村であり、皆が顔見知りであって外からの来客はほとんどない場所なので、疎開の情報が
2人がしばらく滞在するにはとても良い環境だ。
だが、わずか6歳のウェンディーは首都で親元を離れてから今まで一度も笑っていない。
「……お母様やお父様と来たかった」
そう言って座り込み、
彼とてまだ8歳に過ぎず、親元を離れるのは
だが、兄として妹を守らねばという決意が彼を支えてくれていた。
ヴァージルは窓の外に広がるのどかな光景を見ながら、
(父様、母様。この暮らしはいつまで続くのでしょうか)
見えぬ未来。
帰れる日は来るのか。
そうした不安が兄妹の小さな胸から消えることはなかった。
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