第18話 家族の愛情

「セラフィ!」


 少し歳をとった父と母が迎えてくれた。

 ずっと手紙を無視していたのに責める言葉はひとつもなかった。


「お母様、お父様。お久しぶりです」


 抱きしめてくれた母の涙でセラフィの肩口が濡れる。


「大きくなったな。もうアリシアより背が高い。しばらくは城に留まれるのだろう?」


 ガシガシと頭を撫でられて、セラフィは父を見上げた。まだまだ父の身長にはほど遠いのが少し残念だ。


「いえ、二日だけです」

「少なすぎる!」

「セラフィ、そんな……」

「突然帰ってきたので、お仕事もあるのでしょう? また長期休暇に戻りますから」


 公務がある二人は隙間時間を作るのが精一杯だろうとわかっている。


「セラフィの好きな物を用意した」

「連絡が来たのが昨日だったから、私はケーキを焼くしかできなかったわ」

「お母様のケーキ。僕、大好きです」

「全部食べなさい」


 ホールごとセラフィの前に置かれて、セラフィは笑うしかなかった。


「私も食べたいです」


 イグニスはそう言って、切り分けるように侍女に命じた。


「アレクもお母様のケーキ好きだよね」


 護衛騎士だった頃と変わらないアレクシスの位置が気になってセラフィは袖を引いた。


「アレクシス、セラフィを連れてきてくれてありがとう」


 イグニスとカリナ、アレクシスも交えて決めたことがあった。セラフィが家族の手紙を無視した件は、皆が思っていたとおり突然学園に行くことになり、王族から離席が決まったセラフィが寂しさから距離をとったということにした。

 アレクシスとの婚約を知らされず傷心から全てを拒絶したことを知ると、喜ばせようとして隠した両親やセラフィに知られた原因になった侍女が傷つくだろうという意見が一致したためだ。


『でもあんなに傷ついたのに、言わなくていいのですか?』


 一番の被害者でもあったアレクシスは少しだけ不満そうだったが、セラフィが決めたことに頷いてくれた。

 時は戻らない。セラフィは傷ついたぶんだけ強くなったと自分自身を誇ることができる。アレクシスに頼り切りで、世界は両手で余るくらいしかいない狭い世界から飛び立つことができた。


 家族の愛情を確かに感じた。


「アレク、帰るよ」


 家族の見送りは辞退した。何故ならほとんどアレクシスと一緒にいられなかったからだ。


「帰る……のは、ここでは?」


 アレクシスは、トンと自分の胸を指した。 


「……うん。戻ってくるから待ってて」


 抱きつくと、頬と頬をあわせるようにして抱きしめられた。


「一緒に行きたいです」

「僕も。でも、僕は魔術師として学園を卒業して、イーディア公爵として戻らなくてはいけないのでしょう? そうでないとアレクシスと一緒にいられない」

「もどかしいです。でも、一緒にいるために私も努力します」


 アレクシスがどれだけがんばっていたか、城に戻ってよくわかった。セラフィに相応しくいずれ国の中枢となるべく宰相補佐官になっていることも含め、イーディア公爵を継いだセラフィの代わりに国王の承認をえて資産を管理し、私設の騎士団も創設していた。

 色々無茶をしているようで、優秀さは国王の折り紙付きである。


「アレクは頑張ってくれているよ。僕こそ、アレクが胸を張って自慢できるくらいがんばるよ」

「これ以上、頑張らないでください。前の卒業式で何人に告白されたか聞いて、私はいてもいられなくなったのですから」


 今回無茶とも言える演習への突撃は、その結果だったようだ。


「アレク、誰が何と言っても、僕の心は揺るがなかったよ。……まぁあれは魔術師としての勧誘だったと思うけど」


 ハハッと笑うと、怖いくらい真剣な目で見つめられてドキドキした。


「だから心配なのです。いいですか、セラフィ様は可愛い。美しい。その上、魔術師としても強くて、研究者としても実績を上げている。私は心配でたまらないのです」

「アレク、大好き――。心配症なところも全然変わってなくて嬉しいよ」


 心配症でいつもセラフィを大事にしてくれた人が、婚約者なのだと思うと嬉しすぎてだらしないくらいに顔が緩む。


「その笑顔――、誰にも見せないで」


 アレクシスは躊躇いなく、口を重ねてきた。少し強引に唇の間から舌を差し込む。


「んぅっ」


 右手と左手はどちらもアレクシスに握られた。


「ふっ……」


 息継ぎの合間にアレクシスの声が聞こえて、セラフィは目を閉じた。身体が熱くて、アレクシスに触ってほしいとはしたなく思ってしまう。


「アレクっ」


 唇を離したアレクシスはセラフィの首に吸い付いた。


「私のものだという徴がずっとついていたらいいのに――」

「僕もつけていい?」


 少し赤い顔で、アレクシスが頷く。


「おそろいですね」


 必死に吸って、小さな赤い徴を刻みつけた。


「うん」


 何度かキスをして、セラフィはアレクシスの胸を押した。


「行くよ。次に会うまでに手紙の返事を送るね」


 名残惜しいけれど、いつまでも待たせていては護衛達に申し訳ない。


「待ってます」


 その後、宰相がやってきてアレクシスは仕事に連行されていった。


「行こう」


 アレクシスの選んだイーディア騎士団に護られて、セラフィは学園に戻った。


 友人達の息も吐かぬ質問に答えて「ごめんね、内緒にしてて」と謝った。


「よかったわね。手紙、家族と婚約者からだったんでしょう?」


 ケイトリンに言われて、否定もできずに曖昧に微笑んだ。魔術師は結構家族との軋轢があったりするので、皆踏み込んだりしない。


「ありがとう。誤解だったんだ。今度会ったときはちゃんと紹介するね」


 そういうとランスが顔を引き攣らせた。


「ランスは婚約者の方に睨まれてたもんね」


 アレクシスが牽制したとか言っていたなと思い出す。


「セラフィが好きなら仕方ないよな」


 ケイトリンにランスは慰められていた。


 手紙は小分けにして読んだ。辛かった気持ちや、無碍にしてしまった後悔で中々読み進められなかったのだ。


『セラフィ様、あなたの顔に笑顔が戻ってきたとカリナから聞きました。喜ばしい気持ちと、その場にいられない悲しみで狂いそうです。私が魔術師だったら、この国はもう滅んでいると思います。あなたの声が聞きたい。名前を呼んでもらいたい。会いたいです』


 いつも声が聞きたい、名前を呼んでもらいたい、会いたいと綴られていた。


「ごめんね、アレク。僕は自分だけが苦しいと思っていたけれど、そうじゃなかった」


 返事を書いても書いても涙で濡れて滲んだ。

 手紙やプレゼントの贈りあいは寂しかったセラフィの心を埋めていった。いくつかのふれあいを楽しみながら一年が過ぎた。


 十八歳の秋、首席で卒業したセラフィは王都に戻りイーディア公爵を名乗る。

 魔術師団への入団の前に結婚式を挙げることになった。

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