私の楽園
ねぱぴこ
私の楽園 一
中学一年生の私は、とにかく真面目だった。学校は無遅刻、無欠席。運動と芸術系はあまり得意ではなかったけれど、テストの点数は取れていたから通知表は四と五ばかりだった。
私のお母さんは図書館で目が見えない人のために朗読をするボランティア団体に入っていて、そこの人たちにも私のことを優秀な子だと紹介していた。休日には家の掃除を手伝ってくれると話したら羨ましがられたと、聞いてもいないのに夕食の席でお母さんは誇らしげに語っていた。
そんなお母さんを見ても、お父さんは何も言わなかった。いつも仕事で疲れていたから、私にもお母さんにもあまり興味がなかったのだろう。
だけど、実のところ――良い子である私を見て喜ぶお母さんとは反対に、私は疲れ切っていた。
世の中は、どこを見ても競争ばかりだ。容姿、勉強、運動。果てには画力や歌唱力などの芸術方面や、ゲームの腕前まで……。
何をやっても他人と比較され、たとえ能力が優れていたとしても、また違う他人と比べられる。SNSで大人同士が争っているのを見て、社会に出てもこの競争が続くことを知った私は、世の中全体のことをおぞましいと感じ始めていた。
ある日、部活から帰ってきた私は塾に行くための支度を始めた。その個人塾には中学で同じグル―プの女子たちと一緒に通っていたので、その日も当然のように彼女たちから連絡が来るものだと思っていた。
――しかし、いつまで経っても連絡は来なかった。私はスマートフォンを何度も見て、メッセージの通知と時間を確認した。
そろそろ行かないと、塾に遅刻してしまう。私は仕方なく一人で塾に向かった。
塾の教室に入ると、他の女子たちは先に席についていた。私に何も言わず、四人で先に来たのだろうか。談笑していたであろう女子たちは入ってきた私を見てすぐに目を逸らし、室内はたちまち静かになった。
なんだか妙な雰囲気だ――と、私は思った。だけど、心のどこかで自分がそうなるはずはないという根拠のない自信もあった。
授業が始まると、女子たちは机の下でこっそりスマ―トフォンを触り始めた。相変わらず、私にだけメッセージは来ない。私は授業を上の空で聞きながら、スマートフォンでメッセージのグループ画面を何度も確認してしまった。女子たちは私のほうをちらちらと見ながら、何が面白いのかくすくすと笑っている。
とうとう私は堪えきれなくなって、隣の女子のスマ―トフォンの画面を覗いた。『Mってうざいよね』という一文がちらりと見えて、私は凍りついた。
いつも一緒に塾に通っている五人グル―プの中で『M』という頭文字が付くのは、真美という私の名前しかなかった。
――その時、私はようやく理解した。
何が理由かはさっぱりわからなかったけど、私はこの五人の中で爪弾きにされてしまったのだ。
私は何事もなかったかのように授業を受け、一人で帰宅した。相変わらず、四人の女子たちは誰も声をかけてこなかった。
お母さんの話もまったく耳に入らないまま晩ご飯を食べて、私は自室のロフトベッドに入った。
明日から、私は学校でも無視されるのだろうか。他の子がそうなっている姿は何度も見たけれど、自分の番が来るとは思ってもいなかった。しかも、こんなに唐突に。
掛け布団にくるまって両腕で膝を抱えたまま、私は目をつむって、今までのことをぐるぐると考えた。
――私はできるだけ、あの子たちに話を合わせてきたはずだ。興味のない歌手の話や、クラスの子のどうでも良い陰口。退屈な話ばかりだったけれど、関心を持っているふりをして一緒に笑った。相づちだけでは合わせていると思われるだろうと、自分から話題を提供したりもした。
それなのに――こんなにも簡単に、彼女たちは私のことを裏切った。
今まで仲間外れにされてきた生徒たちの姿を、私は思い浮かべた。
誰からも話しかけられず、教室移動も、休み時間も一人。汚いものを見るような目で見られ、ひそひそと噂話をされる――。
両親、教師、友達――。私はひたすらにみんなの言う通りにしてきたのに、何を間違えて自分がこんなに弱い生き物になってしまったのか、まったくわからなかった。
学校には行きたくない。家にもいたくない。私は、今までとは違うどこかへ行きたかった。
どこかへ行きたい、どこかへ行きたい、どこかへ行きたい――。
周囲の空気が変わった気がして目を開けると、私は真っ白な空間にいた。
私の目の前には、全身が雪のように真っ白な女の子が目を閉じたまま座っていた。私よりも少し幼い、白いワンピ―スを着た小学五年生ぐらいの女の子だ。女の子の髪はとても長く、座っている彼女の周りを取り囲んでいるかのようだった。
女の子はゆっくりと目を開けると、私を見てにっこりと笑った。その両眼は白く濁っていたけれど、不思議と怖くはなかった。
「あなたも、ここにいたいの?」
そう聞かれて、私は黙ってうなずいた。ここがどこなのかはわからなかったけれど、戻りたくないことだけは確かだった。
「――そう。じゃあ、私とずっと一緒にいましょう」
差し出された女の子の細い腕を、私は握った。
女の子は、自分のことを
あなたも、とEは言ったけれど、この空間に私とE以外の人は見当たらなかった。他の人はどこにいるの、と私が尋ねると、あなたからは見えない場所にいるの、とEは言った。
Eはどこからともなく本や映像を取り出して、私に見せてくれた。私が図鑑で見たモルフォチョウという蝶を見てみたいと言うと、Eの指先から透き通った青い羽を持つ大きな蝶が現れた。
ここでは食べ物にも不自由せず、見るものもたくさんあって、友達もいる。
それから、何より――争う相手がいない。
私はもう、醜い世界に戻る気にはなれなかった。
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