現代転生したら異世界がついてきた

笹葉の朔夜

第1話 転生

「おやすみ。おじいちゃん」

「ありがとな。じいさん」

「じいじ……」

「お祖父様。ありがとうございました」

「ありがとな父さん」

「おやすみなさい。お父様」


 沢山の温かい言葉に送られ、儂の意識が薄れていく。

 泣いている者は居ても、絶望に打ちひしがれている者は居ない。別れの悲しみはあっても、後悔の悲しみはない。


 そんな温かい言葉達。


 ——ああ、儂の人生は輝いていた。





「き……下さい……きて下さい……起きて下さい!!」

「なんだぁ!?」


 薄れていた意識に溶け込んでいく感覚が急になくなり、意志の塊のような何かに殴られた衝撃が響く。


「おはようございます。神格者ルーインベルトさん」

「誰じゃ、お主?」


 取り敢えず誰何してみたものの、相対する存在から漏れ出る光に既視感を覚える。


 あの光は不可視の神光だな。確かかつての神獣メイギサスが放っておった。


「神か……儂になんの用じゃ?」

「ふふ、そのお姿で儂は面白いですね」

「なんじゃと?」


 おそらく女神、の言葉に自分の姿を観察する。

 皮膚は瑞々しく張りがあり、関節も曲がっておらず思いのまま動く。


 儂、若くなってる?


 そう理解するや否や、儂という一人称に違和感を覚える。


「なんで俺は若くなってるんだ?」

「それはここが神域だからです。ルーインベルトさんの全盛期のお姿になっています」


 目の前に手鏡が現れる。その鏡を受けとり顔を覗くと、確かに20代後半の見た目だ。1番活力があったし暴れていた時期だな。


「姿形は分かった。それでなんで俺をここに呼んだんだ? 俺は死んだんだろ?」

「はい。ルーインベルトさんは102歳という、あの世界では規格外のご長寿でした。ギネス級ですね」

「ギネス?」

「こほん。気にしないでください。この神域に呼んだ理由ですが、ルーインベルトさんには神格者として神になる権利があります」


 女神が軽い事のように言い出す。


「は? 神とはあの神か? 神獣メイギサスやお前のような?」

「その通りです。ルーインベルトさんの活躍は両手でも数え切れません。勇者の命を救い、賢者の父となり、聖女の師匠となり、唯一竜王に信頼される人類となり……そんな人類今まで1人もいませんでした」

「全部成り行きだ」


 泣き虫の勇者にひねくれた賢者、責任感の強すぎる聖女とただのおっさんの竜王。全部懐かしい思い出だ。


「成り行きで成すことのレベルが高すぎるんです。ですから神にご招待しました」

「俺はそんな凄いもんじゃないよ。魔王は勇者達が倒したし、竜の人間に対する恨みを飲み込んでくれたのは竜王だ。人類の心の支えはアイツらさ」

「その人物達の心の支えが貴方です。それは非常に尊く、彼ら彼女らにはなくてはならない繋がりでしょう。誇りなさいルーインベルト」


 女神の後光が強くなり、豊満な身体に抱き締められる。


「ありがとう女神様。でもやっぱ俺には神は向いてないよ。ごめんな」

「そう……ですか。あの人の言った通りですね。分かりました、1周待ちます」


 女神様は悲しそうにしながらも、どこか納得した様子で笑った。


「では転生時の願いを出来るだけ叶えましょう。何か願いはありますか?」

「転生、転生出来るのか俺は」

「ええ勿論。どんな願いだって叶えますよ。そうですね……3つにしましょうか。勇者の転生時でも願いは1つですからこれは破格ですよ!」


 女神が『破格!』という看板を手に持って熱弁してくる。どこから出したんだよそれ。



 まぁ良いか。それで願いは3つか。これは大事だからしっかり考えないといけない。

 普通に考えたら力が必要だろう。どんな世界に転生するかも分からないのだから、どれだけ過酷でも生きていける力は大事だ。


「俺の人生で培った力をそのまま引き継ぐことは可能か?」

「そうですね……赤子の貴方にかつての神に迫る力を入れると、弾けて死にます」

「弾ける!?」

「ですので、ある程度成長したら次第に取り戻せるようにしましょうか。勿論、赤子の際に死なない程度の強化系は備えておきましょう」

「わ、分かった。それで頼む」

「ではあと2つですね」


 うーん、2つか。どうしようか。

 楽しい世界……とかどうだ? けどなんか懐かしいみたいな? やっぱ102年間も生きたあの世界を捨てるのは心苦しいものがある。せめて似てる世界とか願えば行けるんだろうか。


「転生する世界を選ぶことは出来るのか?」

「多少は選ぶ事が出来ますが、大幅な変更は出来ないですね」

「多少変えれるなら良い。じゃあ2つ目は、俺の転生先は、俺がいた世界を感じられるような、それでいて楽しい世界にして欲しい」

「分かりました。娯楽が多くて、貴方が楽しめる。そして懐かしさを感じられる。そんな世界にしましょう」


 女神はニッコリと笑って了承してくれた。結構曖昧な注文だと自分でも思ったのだが、案外頼めばいけるものだな。


 最後の1つ、これはもう最初に決めていた。これがなければ今までの願いも全て意味がなくなる。そして、最も願いが通るか分からないものだ。


「じゃあ最後の願いだ」

「どうぞ」

「記憶を残したまま転生させて欲しい」

「記憶……ですか」


 女神の顔が曇る。そしてなんだか考え事をしたと思えば、耳に手を当てて誰かと話し出した。


「ええ、そうです、これいけます? あー私の神力を使えば平気? その条件で。分かりましたありがとうございます」


 なんだか神らしい単語なのに神らしくない会話を聞いてしまった気がするが、会話的にはいけるってことか?


「いけますね。けど記憶を思い出すのは、ある程度成長したらだそうです。なんだか理由があるみたいですけど、私には分かりませんね」


 女神が少し肩をすくめながら言い放つ。ちょっと適当だなこの人。


「まぁでも出来るなら良かった。それで頼む」

「分かりました。では願いは、力の保持、世界の希望、記憶の維持ですね!」

「あぁ頼む」


 再度願いの確認をし、それに頷くと、女神から眩い光が溢れ出した。俺はそのあまりにも強い光から目を守るように腕で覆うと、ゆっくりと意識が薄れ始めた。


「特典として、私好みの姿に変えておきますね。私の神力をあれだけ使ったんですからこれぐらいは多めに見てください」

「なに……を、だ……?」

「貴方のおかえりをお待ちしてます。ルーインベルトさん」


 その言葉を最後に、俺の意識は完全に消えた。



◆◆  ◆◆



 閉じた瞼に光が当たり、重たい瞼を開かせようとしてくる。


「んん……もう、朝……?」


 心地の良い眠りから覚めれば、少しぼーっとした後にゆっくりと伸びをして布団から出る。

 時刻は5:55。アラームの5分前だ。


 洗面所に移動して顔を洗って歯を磨く。そして、着ていた服を脱いで洗濯機に放り込んだらシャワーを浴びる。


「ふふん、ふん〜」


 さっとシャワーを浴びた後は、ドライヤーで髪の毛を乾かして制服に着替える。


「今日から2年生ね」


 今日は高校の始業式だ。また高校が始まるのは楽しみでもあるし、少し憂鬱でもある。けどまぁ、楽しみの方が強いかもしれない。


「それで、問題はこれよね……」


 目の前に浮かぶ1つの画面。

 真っ暗な画面に白色の文字のはずなのに、何故だか画面後ろの景色も問題なく認識できるというバグみたいな状況。


「ようやく私にも能力が発現したって言うのに、こんなの聞いた事ないわよ」


 目の前にはただの画面のみ。ただ、右上に通知がマークがあって、チカチカ光ってる。

 聞いた話では、能力が発現した人は自然と自分の力が分かるらしい。魔法が使えるようになったり、剣の扱い方が分かるようになったり。


「取り敢えずここ押してみましょうか」


 通知マークを押す。


『ルーインベルトさんへ。記憶のお届けです。幼くなった女神より』


 押した瞬間に画面が切り替わり、こんな文言が表示される。


「ルーインベルト……どこかで聞いたかしら? それに女神って……開けてみましょうか」


 メッセージを押して、開きますか? の問いにはいのボタンを押す。

 その瞬間、膨大な量の記憶が流れ込んでくる。知らない人の……いや、私の記憶?


「うぐっ……くっ……頭が……!」


 突然の大量の記憶に、激しい頭痛がする。ポタリポタリと地面に赤色の液体が垂れる。


「いったいわね!」


 気合いで痛みを耐え、鼻から流れる血をティッシュで拭く。


 数分我慢していると、次第に痛みが薄れてくる。痛みの余韻はあっても、もう倒れるほどではない。


「はぁ……はぁ……全部思い出したわ。私はかつて異世界でルーインベルトとして生きていた。それでこの世界、日本に転生した……それで願いがこれだ……」


 すべてを思い出す。この痛みの原因も、私の発現した能力が1つの画面な理由も。


「それにしても女神様……なんで性別変えたのよ……」


 胸元にある大きな膨らみと、股に何もないことを再確認して、そう呟いた。

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