第8話 『平凡令嬢』、婚約解消を目撃する




 そんなセイラに背を向け、王太子達3人はそれぞれの婚約者達に向き直った。



 ミランダは勿論、周囲もゴクリと息を呑む。



 そこに、アルペンハイム公爵令嬢が王太子を真っ直ぐに見つめながら前に進み出た。



「王太子殿下。長きに渡り婚約者としてご一緒出来た事。私の誉にございます。

……婚約の解消を、お受けいたします。これからも殿下の未来が輝かしいものであるよう、心からお祈り申し上げます」



 公爵令嬢は、そう言って洗練された美しいカーテシーをした。……憎しみも悲しみも感じさせない、凛としたその姿。


 会場内の人々はその美しさにのまれつつ、この王国の王太子達の婚約解消という事態に静かなどよめきをみせた。



「私も、婚約の解消をお受けいたします。あなた様の未来に幸あることをお祈り申し上げます」


 侯爵令息の婚約者もそう言って美しいカーテシーをした。



 ……そして。


 まだ少し、青い顔をしたマリアンネもマルクスの前に進み出た。



「……私も。……お受け、いたします……。

マル……ハルツハイムさま。今まで、ありがとうございました……」



 マリアンネは涙ながらにそう言って、震えながらもカーテシーをした。

 マリアンネは本当は解消などしたくなかった。……しかし王太子の婚約者である公爵令嬢や侯爵家嫡男の婚約者が婚約解消を受け入れているのに自分だけがゴネる訳にはいかなかった。



 マリアンネのその様子に、ミランダは胸がきゅっと痛む。……その姿は、2年前マルクスに冷たくあしらわれた自分のように思えた。




「……ありがとう。我々も、貴女方のような美しく気高い女性と一時でも婚約者となれていた事を誇りに思う。

貴女達の未来が幸せである事を心から祈り、そしてこれからその助力もしていくつもりだ」



 王太子はそう言って苦しげにしながらも、結果彼らの本願である婚約の解消を叶えたのだった。




 ───そうして、始まりから不穏な卒業パーティーは、かなりの後味の悪さを残しながらも無事に終わったのだった。




 ◇




「……ただいま帰りましたぁ……!」



 終業式も終わり、新学期が始まるまでの長期休みにミランダは王都から遠く離れたシュミット伯爵家の領地に帰って来た。


 卒業パーティーの後味の悪さもあり、今回は妙に疲れていた。



「あら、ミランダちゃんお帰りなさい。待ってたのよ! なんだか学園で大変な事があったらしいわね! そこ詳しく!」



 目を輝かせて聞いてくるのは、兄の妻。兄の運命の相手は噂好きで明るい女性である。

 まあ今回は王太子の婚約者が変わるという、ある意味国の一大事であるので仕方がないか。



「お義姉様がどこまで聞かれたのかは知りませんが、きっとそんなに目新しい情報は無いと思いますよ。

どうやら王太子殿下には他に好きな方がいらして、どうすれば円満に婚約を解消出来るのか悩んだ末の行動だったようでしたから」



 そしてどうやら残る2人の令息も他に好きな人がいたようだ。

 3人が3人とも望まぬ婚約だったが為に、なんとかならないかと話し合い『ならば婚約者に見限られればいい。周りからもコレはダメだと思わせよう』となったらしい。



「……そんな訳で、私はその場には居ましたけれど親しい訳でもありませんので詳しい状況はよく知りません。まあ言わせていただけるなら、3人の元婚約者の方もとりあえず納得されているようですよ。最近の彼らの評判が良くなかった事からお相手の家の方も『婚約解消やむなし』となったようですね」



 ミランダがそう言うと、やはりそれ程目新しい情報が無かったのか義姉は少しがっかりしたようだった。



「……そうだわ! ミランダちゃんの運命の相手はどうなったの? 良さそうな方は見つかった?」



 切り替えの早い義姉は、その後もミランダを質問責めにしたのだった……。





 そしてその日の夕食。

 久々にシュミット伯爵夫妻と兄夫婦、ミランダが揃った食卓では色んな話題に花が咲いた。



 そして食事が終わる頃、


「……ミランダ。後で私の書斎に来なさい」



 父シュミット伯爵が真面目な顔でそう言って席を立った。


 母や兄夫婦、ミランダは顔を見合わす。



 ……もしや、婚約のことなのか? まさかとは思うが残り一年の学園生活ではもう婚約者探しは無理だと諦めて、ミランダの婚約を決められてしまうのか!?



「…………お母様。私……30代半ばの方は、ちょっと……」



 ミランダは以前父に話された婚約者候補を思い出して涙目で言った。



「そうだよ。母上達とそう歳の変わらない方をまだ10代のミランダの相手にというのはどうかと思う」



 兄もミランダに加勢してくれたものの、とりあえずは話を聞いてからと母に父の元へ行くよう促されたのだった。



 

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