第7話 『平凡令嬢』、あり得ない事件に遭遇する
「ツツェーリア。……婚約を、解消して欲しい」
王太子のその発言に、卒業パーティーに集まったほぼ全員が驚き彼らを見た。
そこには向かい合う王太子とツツェーリア アルペンハイム公爵令嬢。……王太子の斜め後ろにはセイラ、そしてその横に侯爵家令息と騎士団長令息マルクスが立っていた。
今日王太子とその側近達は目出たく王立学園を卒業し、学園で卒業生達を祝うパーティーが開かれていた。……そのパーティーがもうすぐ始まる、というところでの爆弾発言である。
……まさか、こんな卒業パーティーの真っ只中で! こんな衆目のある所で王太子が婚約の解消を!? まるで見せ物みたいに……!
ミランダはその様子を見て怒りに打ち震えた。おそらくこの場面を見ている殆どが、王太子の非常識さに怒りを覚えているだろう。
しかし王太子は視線を周囲に向け語りかけた。
「……良い機会なので皆にも聞いてもらいたい。私は……私達は皆も知っている通りこの約一年学園で王族や高位の貴族として相応しくない行動をしていた。婚約者を蔑ろにし、遊び歩いた。
このような自分達が美しく気高い我らが婚約者殿達に相応しいはずがない」
王太子はそう言って自分達を断じた。
周囲はどういう事かと王太子を見た。
ミランダもそうだがおそらくここにいる誰もがこれは今王都の恋愛小説で流行りの『婚約破棄、そして婚約者への断罪』かと思ったのだが……、どうやら違うらしい。
「我らの婚約者は3人とも実に素晴らしい女性です。ひざまづいて愛を乞うべき方々。
……その方々に、相応しくないのは私達なのです」
侯爵家令息もそう苦しげに言ってある女性……おそらくは彼の婚約者を見た。
「……私達はこの素晴らしい女性達のお心に添えない。ですから、ここで婚約の解消を望みます。この場にいる皆様方には彼女達には一切の非は無い事をここに宣言いたします」
マルクスもそう宣言してマリアンネを見た。……彼女は少し青ざめ震えているように見えた。
周囲も彼らも、黙ってその婚約者達の反応を待った。
静まり返ったパーティー会場。
……そこに、その場に不釣り合いの声が響いた。
「え? え? どーいうこと? アルノルド? ブルーノ? マルクス? 私は……貴方達の恋人、よね? その女達と別れて私と結婚してくれるってことなのよね?」
セイラは自分の思っていた展開とは少し違う彼らの様子に混乱し、焦って痺れを切らしたらしい。
セイラは3人がこの卒業パーティーに婚約者ではなく自分をエスコートしてくれたことで、これで婚約者との決別は確実! と自分の輝かしい未来を確信しほくそ笑んだ。
……そして皆に聞こえるように王太子に『いつ婚約破棄するって公爵令嬢に言うの?』と甘えてねだったのだ。
それで最初の王太子の発言となったのだ。
「王太子殿下の名を呼び捨てとは、なんと無礼な……!」
「いや、それとも殿下はあの娘を愛妾になさるおつもりなのか?」
周囲が騒ついたので、王太子がそれに答えた。
「私達とセイラ嬢は学園内での、ただの『友人』。彼女と我らはそのような男女の関係では決してない。我らはいつも友人として4人で行動していた。護衛達に確認してもらっても構わない」
「な……っ! だって、ずっと私と一緒にいて婚約者を相手にしないで私のこと可愛いって……、そう言ってたじゃない! ……私は、アルの恋人だよ?」
最後、上目遣いで可愛くねだるようにセイラが言った。いつもはこれで王太子達はセイラに甘く微笑み返すのだが。
──しかし王太子は眉を顰めた。
「セイラ嬢と恋人関係になった事は一度もない。好きだと言った事もない。2人きりになった事もない。……それで『恋人』だと?」
「しかもセイラ嬢は私たちにも『2人きりになりたい』と言った。『殿下の恋人』だったなら、それは問題ではないのですか?」
「我らは勘違いされないように、いつも学園では3人で行動していた。誰1人セイラ嬢と2人きりになった者は居ない」
王太子、侯爵令息、マルクスの3人からそう言われて、セイラは愕然とした。ついさっき、パーティー会場に入った時にはあんなに優越感に浸れていたというのに。
「……酷い! 3人して、私のこと弄んでたのね!」
侯爵令息とマルクスはそれを聞いて言った。
「貴女をある程度特別扱いしていた以上否定はしませんが、それは貴女も同じですよね? いつも貴女の方から学年の違う我々の側にやって来て、他の女性を牽制しそして殿下の王家の威光を利用していた。そして私達は貴女には我らと共にいる事を許し色々便宜を図って来たつもりですが」
「……そもそも、そういう約束だった。最初に恋愛と勘違いされてはいけないからと言った我らに、『自分なら勘違いしないから大丈夫』と言ったのはセイラ嬢ではないか」
セイラは震えながらそれを聞き、崩れ落ちて泣き出した。……卒業までの一年を一緒に過ごせば、セイラの美しさ愛らしさにいつかは彼らは想いを寄せてくれると思っていたのだ。
──もしも、セイラがあくまでも王太子達の学生時代の友人として慎ましくこの一年を過ごしていたのなら。
……貴族達に多少の軋轢は残ったかもしれないが、『王太子殿下達の友人』としてそれなりの立場を確立出来たかもしれないし、王太子達もそんな彼女に多少の配慮はしただろう。
しかしセイラは王太子達は自分に夢中だと思い込み、男爵令嬢が高位の貴族に付き纏い他の高位の貴族達に対し身の程知らずな態度を取って顰蹙を買った。そして結局王子達の心も掴めなかった。
これでは良い縁談など望めるはずも無く、更に今までの勘違いな態度からこれから他の貴族達に嫌厭されていくことだろう。
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