ある収集家の

乙輔

第一部

283g

静寂が満ちる。


部屋の中央に据えられた天秤が、微かに揺れる。その上に置かれた緋は、まだ温もりを帯びている。


指先が緋に触れる。既視感と新鮮さが交錯する。


完璧な曲線。手のひらにしっくりと収まる。


表面は滑らかで、しっとりとした感触。指で軽く押すと、しなやかに凹む。


爪を立てれば、簡単に傷がつきそうだ。だが、それはしない。


天秤の片方に、緋を静かに置く。反対側には、厳選された分銅が並ぶ。


100g。天秤が傾く。

もう100g。まだ足りない。

50g。近づいてきた。

20g。わずかな差。

10g。まだ。

2g。あと少し。

1g。


天秤が揺れ動き、ゆっくりと均衡を探る。


283g。


理想に近い重さ。存在感のある重量。


緋は、静かに横たわる。深みのある色彩が光を吸い込む。


指先が再び緋に触れる。なめらかさと弾力性のバランス。

微細な凹凸が指先を刺激する。生命の痕跡。


裏返せば、切断面が露わになる。完璧な円ではない。歪な形。

それでも美しい。


かすかな香りが漂う。独特で、何かを想起させる香り。

鉄くさい中に、甘さが混じる。


283g。


完璧な重さ。理想の形。深まる色彩。


緋は、静かに輝きを放つ。


まだ足りない。まだ見つけられていない。

コレクションへの渇望が、闇の中で蠢く。

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