第33話 それぞれのみち

 全てが終わり、ホッとしたのも束の間、俺、浩輔、アルバータの3人にマリノス王から登城せよ、との命が下った。

 俺の意識が戻った翌日のことだった。


 王家の迎えの馬車は豪華だった。フレデリックの別荘を管理する人にお礼を伝えて、俺と浩輔はお城に向かう。

 王宮に着くと、応接の間に案内され、アルバータにも会えた。

 会うのは昨日ぶりだけど、もう何日も会っていない気がする。改めてお礼を伝えることが出来て良かった。

 アルバータと浩輔は睨み合っていたけど。


 作法のわからない俺は、アルバータの後に続き、更に後ろが浩輔の順で、王様のおわす部屋に入る。

 既に玉座におられる王様は、遠目から見てもアルバータに何処となく似た面立ちをした、ウェーブした金髪が豊かな、髭を蓄えた中年でガッシリとした美丈夫だった。

 記憶が戻ったとはいえ、元の世界の家族に慣れ親しみ過ぎたのか、幼い頃にあまりお会いする機会もなかった王様は、父という感じがしない。

 謁見室入り口から正面にある、中央の玉座の一段低い場所に、横並びに立って並ぶのかと思っていたら、先に着いたアルバータと俺の後ろの浩輔が、突然、横並びの両側で姿勢を正したかと思うと、そのまま片膝立ちの姿勢で胸に腕を付け、頭を下げた。知らなかったが臣下の礼らしい。

 慌てて続く俺。

 キョロキョロしていたら、王が許可を出したのか、直った2人に両側から腕を取られ、立たされた。


 王の謁見室で一段高い位置にある中央の玉座にゆったりと座っているマリノス王が、斜め後方に控える側近に小声で何か伝える。一度小さく頷いた側近が、影のような動きで部屋を下がって行った。

 マリノス・ラグハルト王がアルバータを見つめる。

「恨んでいるかアルバータよ。すまなかった」

 マリノスが頭を下げ、はっきりとした声でそう言うのをアルバータは信じられない思いで見ていた。

 一国の王が、例え近親の者に対してでも、気軽に頭を下げる事は許されない。

「陛下、おやめください」

 慌ててアルバータはマリノスに言葉を続ける。

「発言をお許し頂けますか」

「、何なりと申せ」

 許しを得てからアルバータは顔を上げ、マリノス王の顔を見ながら話し出す。

「私は、陛下を恨んだ事は一度もございません。

父の命が悪の手に落ちた際も、陛下を疑うことなど、一度とてございませんでした。

 私が幼い頃から、よく一緒に遊んで下さった心優しい叔父上が、私を拉致したり、よもや兄である父上の落命に関わっているなどとは、針の先ほども信じてはおりませんでした。

 だからこそ、王命での捜査を指揮されていた陛下の、ぬるい追求を残念に感じてはおりましたが。

 だがそれも、ギュドスフォー家の目を欺くためのものと知った今となっては、自分の浅はかさを恥いるばかりでございます」

 最後は頭を下げ臣下の姿勢で謝罪の言葉を伝える。


 マリノス王は兄を尊敬し、兄の子を自分の子と同じように慈しんでいた。

「兄を死に追いやった悪党が、ギュドスフォー家と懇意にしている貴族だと、調べは早々につけていたのだ」

 その矢先、3男のノーマが拉致される。

 お抱え魔導師だったレスターが、命の危険を察知し間一髪助け出したが、ノーマは犯人の顔を見ている。またいつ命を狙われないとも限らない。

 しかも犯人を凶弾するには、小さ過ぎて証言の信憑性を疑われかねない。

 やむなく、異世界へ逃がす事にした。

 マリノス王が苦渋の決断だった事を自ら語ってくれる。

 

 いつの間にか、謁見の間の下手の方にレスターがいた。

「私が今回、王から依頼をお受けし、ノーマ様をこの世界にお連れしたのです。

 追手の迫っていたこの世界から、ノーマ王子を異世界へ逃がしたのも私でしたから」


「ギュドスフォーから取り戻した後のノーマ様の居所は秘匿されていましたし、送った先が安全な異世界だとはわかってはいても、王もご心配されておられましてね」

 レスターはそう言い、部屋の壁にかかる鏡を指刺した。

「あれで探し、見つけてからも時々ご無事を確認していました」

「鏡と鏡を繋げるのも高度ではありますが、視るだけですと1番効率的ですから」

 澄ましているが、きっと誰もできない事なんだろう。俺の師匠カッコイイ。



「アルバータがサーラの夜に合わせて計画を実行しようとしているとの情報が、探らせていた者からもたらされた」

 王が続ける。

「計画を成功させるには、あと一歩だということもな」

「そこでこの機会にノーマを連れ戻すことにした」

 レスターが

「ただし、今回は大人のノーマ様。転移魔法は送る質量が大きければ大きい程、魔力が必要です。

ましてや異世界と、この世界の間に道を作る事は、当代きっての魔導師である私でも、自分1人の魔力ではルナレーナの夜でも難しい。

 ですから今回はギュドスフォーに悟られぬよう、王の権限で隠れていた魔導師を集めて頂きました。

 魔力が大きく、余力があった為に、もう1人、ご一緒できる程に」

 チラッと浩輔を見る。

「そしてルナレーナの夜の前にノーマ様をこちらへお連れ戻した次第です」


「ノーマよ。私はまたお前に会えて嬉しく思っている。このままラグハルト公国に残って欲しいし、大至急そのための待遇を整えよう。

 だがお前の意思が1番大事だ。お前はこれからどうしたい?」

 マリノス王がカズマを、慈愛に満ちた表情で見て尋ねる。

 ほんの少し逡巡し、口を開いた。

「俺、まだどうしたいかわからないです。

 正直な気持ちを素直に口にする。

「まずは浩輔とよく相談したい…です」

 傍らの浩輔を見る。

 元の世界に戻るには、また沢山の魔導師にお願いしなきゃならないだろうし、ルナレーナの日まで待つ選択もあるだろう。

 この世界で、恵まれた魔力を活かして人助けする選択肢もある。

 浩輔としっかり目が合い、頷き合う。

「よく相談して決めたら、応援してくれますか」

 マリノス王が答える。

「勿論だ。ノーマ」

 俺達は、王様にお礼を伝え謁見室を後にした。


「今日はこれからどうするんだい。我が屋敷に戻るかい。それとも…」

 アルバータがカズマに、俺の横にくっついている浩輔を顎で指しながら尋ねた。

 カズマは苦笑しつつも、決めていた事を伝える。

「今まで、本当に色々ありがとうございました。

 俺、浩輔と浩輔のいた小屋でしばらく過ごそうと思います」

 カズマは感謝を込めてお辞儀をする。

 隣では浩輔が驚いて目を見開いてカズマを見つめていた。

「カズマ、嬉しいけどあの小屋、お前が住めるような所じゃないぞ」

「いいじゃん。キャンプだと思えば。それにこう見えて俺、結構魔法使えるんだよね。快適な生活できちゃうかもよ」

 浩輔とのサバイバルな生活を想像して、楽しくなる。浩輔も嬉しそうだ。

「カズマに覚悟があるなら、俺に異存はない」

 威張る浩輔は、俺の知っている幼馴染の顔をしていた。

「そうか、それならここでお別れなんだね。お茶の時間が恋しくなるよ」

 アルバータは残念そうにそう言って笑い、右手を差し出した。

 イケメンが表情筋を動かしたら破壊力半端ないな、と思いつつアルバータの右手を握った。

「今度、皆さんに挨拶しに伺います」

 長い握手の後、握った手が緩む、かと思いきや、アルバータはそのまま手を引っ張った。

 胸同士が勢いよくぶつかり驚く。

「わぁっ」俺と浩輔の声が重なった。

そのままアルバータの左手で背中を押さえられる。

 ハグか。俺もできるだけ左手を伸ばしてアルバータの背中を軽く叩いた。

「もう離れてよ。別れの挨拶はお終い」

 浩輔がそう言い2人を引き離そうとするが、アルバータはまだ離してくれない。

 レスターはそんな若者達を見て笑っている。

アルバータも笑い、浩輔が泣き怒りし、俺も笑う。

 

 元の世界の家族には今晩にでも手紙を書こうと思っている。

 そのくらいなら俺の魔法でも送れるだろう。

 きっと心配しているだろうから。

 父母は遥香がいるからきっと大丈夫だろう。遥香は怒るかもしれないが。

 会える日が早く来るといいな。

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