第31話 枯渇
追っていた馬車の連なりが順に動き出したため、アルバータの一行も後を追い出した。
開けていた路はいつの間にか、両側に鬱蒼と木が生える森の中の一本道となっていた。
アルバータは、カズマにあの男の事を伝えるか止めようか、話す直前まで迷っていた。
だが、迷いは作戦に支障を来す。集中できないでいるよりは伝えてしまおうと、報告通り伝えることにした。
カズマがアルバータの話を聞いた瞬間の表情を見た途端、激しい後悔に苛まれた。
カズマは魔力の枯渇を甘く見ていた。
倦怠感があり、目の前が暗くなったと感じたのは、疲労の蓄積だと思っていたが、典型的な魔力枯渇の症状だった。
カズマはこの世界で育っていないため、魔力枯渇の恐ろしさを知らなかった。
今カズマを動かしているのは、浩輔を助けにいきたい気持ちだけだった。
満月が一番高い所に上がっていた。
森の中を、豪奢な馬車を先頭に、荷物を運ぶ馬車数台と、馬車の周りを守る傭兵の馬が数頭走っていく。更にその後ろを追跡し疾走する馬が数頭、夜に紛れるように続いていた。
カズマは、その中の1頭でフレデリックが手綱を引く馬に、後ろのフレデリックに殆ど寄りかかりながら乗っていた。
森の脇に一軒の狩猟小屋があったきり木しかない森の中を、どのくらい走ったのだろうか。
カズマはふと見えた狩猟小屋の建物が気になり、視界から消えるまで首を動かし見続けた。
木々の間隔が広くなり、もう森が終わるかと思われた頃、前の馬車が、スピードを緩めたようだ。
カズマの乗っているフレデリックの馬も、周りの仲間達の馬も速度を落とす。
ギュドフスフォー家の馬車が停まった辺りでは、ギュドスフォー家の馬車に引けを取らない大きな馬車が数台停まり、進行方向を既に自国の方向へと変えていた。
アルバータが月光を頼りに目を凝らすと、馬車のデザインが隣国のもののようだ。どうやら隣国の貴族の一行は先に着いて待っていたらしい。
アルバータの合図で仲間が待機となる中、カズマはフレデリックに伝えて、先に馬から下ろしてもらう。
「戦いの足手まといになりたくないから」
小さい声でカズマはそうフレデリックに伝えて、徒歩で木の陰に隠れに行く。
馬車の方、浩輔の方に少しでも近づきたい思いで、自分の足で森の中を前方に進んで行った。
アルバータは、ギュドスフォーの馬車の様子を見るために、1人馬を慎重に進めていた。真っ黒い馬に紺色の衣装を纏い、満月に照らされる姿は神々しく美しいと、見つめる仲間は思う。
突然、静かな森に声が響く。
「これはこれは、デュラムナリク国のボルゾフ侯爵様自らがお出迎え下さったんですか。ありがたき幸せに存じます」
馬車から下りた男の発した声だったが、アルバータはすぐにわかる。ギュドフスフォーだ。
相手も何か話しているようで、もう1人男の声がする。
だがアルバータには、高笑いしながら話す虫唾の走るギュドフスフォーの声しか聞こえない。
「今回は、前回の時よりも荷物が多いんです。移し替えに時間がかかりますから、その間に、例の、貴国の兵をお借りする件について、ご相談させていただけますか」
話し声は馬車に入って行ったようだが、周りに付き従っていた剣を持つ護衛たちが、馬車から使用人を呼ぶ。護衛の指示で、荷物を運び始めるようだ。
使用人と、最後に動きの遅い背の高い男が馬車から下りた。
「今だ。行け」
アルバータが鋭く叫ぶと、馬に乗った仲間達が一斉にアルバータの後を追った。
しばらくすると、剣を打ち付ける音が馬車の周りからしてきた。
使用人たちが逃げ惑う。
「浩輔、こっち」
森の、馬車に近い所から、背の高い男に向かってカズマが叫ぶ。
目があまり見えなくなってたカズマには、シルエットしか見えないが、背の高い男が首を捻り、声の主を探しているように見えた。
カズマは木にもたれないと立ってもいられない程ふらついているが、掴まっていた両腕を離し気力で立ち、両手を振ってもう一度叫ぶ。
「浩輔、こっちだってば。浩輔、森のところ」
どうやら気づいたらしい。
ああ、やっぱり浩輔だ。無事で良かった。だがどこか怪我をしているのか、歩き方がゆっくりだ。早くこっちに来て隠れろ。
そう伝えたいのに、片手を木に戻して身体を支えないと今にも座り込んでしまいそうだ。それでも何とか立っていないと。浩輔が心配してしまう。
そうだ、浩輔が自分に向かって歩いて来てるんだ。立って出迎えてやらないと。
その時、自分達の通ってきた方角、ラグハルト側から馬が走る蹄の音がしてきた。1頭や2頭ではない。10頭程の一団だ。
「ああ、王の助けがきた」
アルバータは剣を振るいながら、力が漲ってくる。
浩輔には、カズマがフラフラとしながらも森から路へ出て来ているのが見えていた。あと数歩で、カズマに届く。
殴られたり蹴られたりした時にできた傷で、さっきまで歩くのもやっとだった事も忘れ、乾いた土の路をカズマに向かって足を進める。
その時、カズマの目が見開かれ、驚愕の表情となったのが浩輔の目に入る。
「どうしたんだ?」
浩輔はカズマにそんな表情をさせたくない。カズマには、いつも笑っていて欲しいんだ。
だからカズマから目を離したくなくて、何でそんな顔をするのか知りたくて、カズマだけを見ていた。
カズマは浩輔を見ていたが、その後ろから、仲間の1人から逃げようとしたギュドスフォーの傭兵が、通り道を邪魔する物は全て剣で振り払うかのように剣をふるい、浩輔の後ろに走って来るのが見えていた。
「ダメだ」
カズマが、叫びながら手を広げ、無意識に魔法を使う。浩輔に向けた結界だ。
一瞬、浩輔の周りだけが明るくなり、傭兵の剣が弾き飛ばされるのも浩輔は見ていない。
カズマに向かって何とか足を前に進める浩輔の目には、カズマが腕を広げたまま、浩輔に向かって倒れ込んだ来たことしか見えていなかった。
カズマが倒れる前に受け留めなければ。
そうして、浩輔の腕の中で意識を失いかけたカズマは、失いつつある意識の中で、この世界で過ごした幼少期からの記憶を走馬灯のように思い出していた。
受け留めたカズマを、片膝を立てた横抱きで抱きしめながら、浩輔は繰り返しカズマの名前を涙声で呼びかける。
そこに、アルバータが遠くからカズマの名を叫んで近づいて来た。
傭兵は全員捕えることができていた。後は王の側近にまかせておけば大丈夫だろう。
「カズマがどうした」
「俺の周りが光ったと思ったら、カズマが急に倒れてしまったんだ。医者を呼んでください。ああ、どうしようカズマが死んじゃう。顔がこんなに真っ青だ」
「まさか枯渇なのか?お前の周りで光った?最後の力まで振り絞ったっていうのか」
アルバータが小さい声で呟いた。
浩輔は、自分も死にそうな顔をしながらカズマを抱きしめている。何かカズマのためにしたいのだが、何をしたら良いのかがわからない。
そこへ、今までどこにいたのか、レスターがカズマの側に現れた。
『レスター先生』
浩輔とアルバータの声が重なり、2人は顔を見合わせた。
浩輔に抱かれるカズマの脈を取り言う。
「魔力の枯渇だ。あれ程、枯渇には気を付けるように伝えたのに。まずは急いで人工呼吸を」
「っ、はい」
浩輔は、カズマにできることがあることが嬉しく、勢い込んで返事をした。
「何故お前が?私がする」
アルバータが割り込もうとするが、レスターに睨まれる。
「時を争うのだ。早くしろ」
指示された浩輔は、慌ててカズマの鼻を左手の指で抑え、右手で顎を軽く持ち上げ口を開かせた。
唇を合わせ、息を長く吹き込む。一度離しては、もう一度、もう一度と繰り返す。
カズマの閉じた瞼が薄く震え、微かに開く。しかし視点が定まらない。見えていないのだろう。
「カズマ、しっかりして」「しっかりしろ」
浩輔とアルバータが叫ぶ。
「……浩輔、無事だった……良かった……」
口が離された瞬間に小さい声が漏れる。だが体は動かないようだ。
「急いで魔力の抽入をせねば。助からん」
レスターがカズマの様子を見て言う。
「では私が」
腕を伸ばしカズマを引き取ろうとするアルバータに、浩輔はカズマを渡さない。
「何だかわからないけど、お前には渡さない」
「何をばかなことを言っている。カズマの命が懸かっているんだぞ」
「どっちでも良い。魔力は同等だ」
レスターが叱責し、周りで固唾を飲み見守っていた人々が内容にどよめく。
その時、カズマがまた話し始める。
「……アルバータ様、そこにいますか。俺死ぬかもしれないから懺悔します。色々……大事にしてくれて…ありがとう…ございました……でも…死ぬなら俺浩輔に…浩輔の傍で死にたい…ごめんなさい……」
カズマの告白に、場が静まり返る。
「早く、ルーカス、カズマを運ぶんだ。ここから一番近い屋敷がある者は」
レスターが周囲を見渡すと、フレデリックが1歩歩み出て答えた。
「うちが一番近い。馬車を出せ」
呆然と立ち尽くすアルバータの代わりに、横で見守っていたフレデリックが指揮を始める。
仲間が迅速にギュドフォスターの乗ってきた馬車を調達し、カズマを抱いた浩輔と、道案内をするフレデリック、魔力の受け渡し方法を説明するためにレスターが乗り込む。
フレデリックは、初めて見るアルバータの憔悴姿に、声を掛けられず馬車を出した。
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