第30話 満月

 すでに夜空となり、大きい満月が夜空を照らしていた。

 馬車の休憩のためか、前を走る馬車の隊列が停まったのを確認したアルバータ一行は、見つからないように前方とは結構な距離を開けて静かに馬を停める。

 どこで荷物の引き渡しとなるかはわからないが、まだまだ隣国には距離がある。

 アルバータは仲間に小声で指示を出し、自らも馬を休ませながら、王のもとからの援軍が間に合うことを願った。

 その時、後ろから一頭の馬がもの凄いスピードで走って来る。

 あっという間に追いついて来た馬に乗っている人影は2人で、馬の操り方には特徴が出る。

 さすがに我々の姿を認めてから速度は落としたものの、アルバータの隣へ走り込み、馬の手綱を引き停止させたのは、無事を祈っていたフレデリックとカズマだった。


「お待たせしました」

 フレデリックが澄ました声で言い、カズマは笑顔だ。

 カズマの月夜に照らされた笑顔を見た瞬間、アルバータは心強い気持ちになる。

「葦毛の馬はどうした」

 アルバータが尋ねると、フレデリックが子供たちを助けた経緯を説明し、アルバータは2人によくやったと言葉をくれる。

「私の可愛いローレンスは警備兵に頼んできた。」

 カズマは、へー、フレデリックの馬は、ローレンスって女の子だったんだ、と思った。


 アルバータが何か言いたげにカズマを見る。

 色々あって忘れてたけど、アルバータがそんな顔をするから思い出した。

 俺、さっきアルバータにプ、プロポーズされたんだった!急に顔が赤くなる気がする。

 カズマは赤くなった顔がアルバータに見えないよう、下を向いた。

 アルバータは乗っている馬を操り、フレデリックとカズマの馬と向かい合わせで横に並ばせた。

 アルバータの指先がカズマの頬に軽く触れる。

「ケガはないか、カズマ」

 下を向いていたカズマだったが、これから戦いに行くアルバータに、顔を上げてしっかり目を見て伝える。

「俺は大丈夫。アルバータ様こそ、これから大変なんでしょう。ケガしないで下さいね」

 アルバータが小さく微笑む。

 後ろでカズマを支えているフレッドが口笛を吹く真似をした。

「うわ。貴重なもの見ちゃった」

 小声なもののフレデリックの真ん前に座るカズマには、はっきりと聞こえた。だが、フレッドに、この頃のアルフレッド様はたまに笑顔を見せてくれるようになったんだよと、教えてやりたい。でも今じゃないだろうな、と考えてやめる。


 これから、ギュドスフォーとの対決が待っているため、アルバータはいつになく緊張しているようだ。

 自分は一緒に剣を振るって戦うことができないが、少しでも役に立ちたい。

「馬に身体強化をかけたら早く走れるようになったんです。アルバータ様や仲間の方にもかけて良いですか。」

「魔力は残っているのか?先ほどの作戦での仲間の姿を消す際に、だいぶ魔力を使ったのではないか」

「アルバータ様が制限して下さったのでまだ大丈夫です」

「量を調節できるのなら、人数もいるし少な目でかけてくれ」アルバータが言う。

 いつ何時、前方にいるギュドスフォーの一行が動き出すかわからないため、先陣を切るアルバータに先に術をかけようと腕を伸ばしながら、カズマは心の中で笑った。

 初心者なんだよ、調節なんてそんなことできません。でもそれを言うとアルバータが心配してしまうだろうから

「わかりました」と答えておく。

 後ろに座るフレデリックも含め、全員に術をかけ終わったカズマは、さすがに疲労感を感じていた。

「大丈夫かい」

フレデリックにも聞かれる始末だ。首を傾げ考えるふりをする。

 実は限界かもしれない。もう役に立てなさそうだから置いて行ってもらおうかとも考えていた。そんなカズマにアルバータが言う。

「少しいいか、カズマ」

 さっきから、何か言いたげだったアルバータだったが、言うことにしたらしい。

さすがに皆の前で、また愛の告白とかしないよね。声を出すのも億劫で頷きで答える。

「実は、出がけに報告があったんだが、ザガールの屋敷で会った男のことなんだが」

 俺は、寄りかかっていたフレデリックの身体から身を乗り出す。表情で続きを促した。

「私とカズマがザガールの屋敷から出たすぐ後で、敵の手に捕まり、前を走る馬車のどれかに乗せられたとのことだ」

 カズマは、先ほどまでの疲労感とは違い、驚きで声が出なかった。

 カズマの表情を見て、アルバータの胸には後悔が過る。

「伝えようか迷ったんだが……」

「……ううん。ありがとうアルバータ様」

 俺は、残ろうと思っていたことも忘れて、馬上で揺られながら考える。

 浩輔が捕まった?

 昨夜ザガールの屋敷で、まさかとは思ったがほんの一瞬だけ、説明してくれない浩輔を疑った。ザガールの屋敷にいて、説明できないだなんて、敵の仲間なのかと疑うだろう。

 でも、本当に一瞬だけだから、アルバータにも浩輔のことは何も伝えていない。だって浩輔が俺にあんな態度を取るなんて普通じゃない。こっちの世界で会った時から俺の知っている浩輔の態度ではなかった。浩輔は一体何をしていたんだ。そして何故捕まったんだ。

 カズマの心はもう、浩輔を助けることしか考えていなかった。



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