第28話 父と子

 浩輔はザガールの屋敷で、カズマが少し前に出て行った扉の方を見つめている。

 カズマが、俺のあとから入ってきた金髪の大人の男に手を引かれ出て行った。

親しげにカズマと呼び、まるで俺がカズマを害する者かのように盾になっていたあの男。

 あの男がアルバータか。カズマに触りやがって気に入らない。

 俺以外にカズマに触れていい男なんて、いて良い訳がない。浩輔1人だけで良い。あの腕を握って走るのも、あの髪を撫でるのも、あの身体を抱きしめるのも。

 あいつのせいでカズマは1度危険な目に合っていることを浩輔は知っていた。

 ギュドスフォーは以前から、自分を嗅ぎまわるアルバータを目の上のたん瘤のように思っていた。そのアルバータが拾った若い男を屋敷に連れ帰ったとの話を耳にし、攫うように指示を出していた。

 ギュドスフォーの手下の1人に近づき情報を探っていた浩輔は、カズマの特徴とよく似た風貌を聞いた。まさかと思いながらも救助することになった、あの時だ。 

 自分の置かれた境遇に、悔しさが込み上げる。

 だが、過去があるからこそ、カズマに出会えた。2人の時間を過ごすことができ、あの笑顔を見ることができた。

 もう少し、もう少しだけ待っていてくれカズマ。


 浩輔は、カズマが消火作業をしていた辺りを確認した。

「やっぱり」

 自分の知らない何かが起ころうとしていることに、浩輔は不安を感じる。

 だが、自分にはまだすることがあった。

 浩輔は未確認の上階へと視線を走らせる。

 どこから2階へ向かおうかと、窓から顔を出し、素早く2階の窓を確認するが、足場になる場所は見当たらない。

 仕方ない。危険は承知で階段から行くか、と窓から離れようとした時、

「遅かったですね。迎えに遣わした者はどうしましたか」と部屋の入口から男の声がした。

 しまった。見つかった。

 貴族の服装をした小柄な男が廊下から室内に足を踏み入れ、浩輔に近づいてきた。

 男の声を聞きながら、正面突破するか、一旦窓から退却かを考えていた浩輔だったが、男の後ろから、いかつい男が2人ついてきているのを見て、全身の力を抜く。

 直後、瞬発力を総動員して窓を振り向き、桟を乗り越えようとした浩輔の身体を、男たちが力づくで取り押さえる。

「侯爵様からは、大人しく従いたくなるよう、多少痛めつけても良いと許可を得ています」

気持ちの悪い笑みを浮かべ浩輔を眺めていた小男は、ニヤニヤしながらそう言った。

 浩輔は、今だ経験したことがない殴る蹴るの暴力を受けながら、せめて意識だけは保ち、証拠を見聞きしなければと歯を食い縛った。


 浩輔が連れて行かれたのは階段を上がった1室だった。客室と思われる部屋には、木の箱が積み上げられている。

 浩輔はその部屋に置かれた木の椅子に座らされ、手足を縛られた上に、椅子の足に繋がれていた。立ち上がる事さえできず、身じろぎすると身体のあちこちが悲鳴を上げる。

 だが幸い意識はしっかりしている。

 部屋には自分1人だったが、さっきから、子供のすすり泣く声が隣の部屋から聞こえていた。

 レスターが話していた通りの状況だ。


 図書館の穴から異世界に舞い戻り、狩猟小屋にたどり着いた日に自分を尋ねてきた男が、レスターと名乗った。

 魔導師と自分に告げたあの男とは、同じ場所で幼い頃にも会っていた。

「お久しぶりですね。ずいぶんと大きくなられました」

 まるで久しぶりに会う親戚の子を見たかのように話し出す。

「せっかく逃がしてあげたのに、また戻って来たのですね。今回は、あなたを呼んだのではありませんでしたが、つくづくご縁があるのでしょうか。それともあなたの執着ですかね」

 俺は、魔導師の言った意味を考えた。

「カズマをこちらに呼んだのは、お前か」

「そうですよ。彼の強力な魔法が必要でして。それに彼のお父様も会いたがられていましたから」

 カズマの父に関しては、自分も知らない。幼かった自分にはわかりようもなかった。

「せっかくですから、あなたにも色々と協力して頂ければありがたいのですが」

 何をさせる気なのかと、訝しむ。表情に現れていたのか、魔導師が笑う。

「大したことはできないでしょうが、あなたには酷な状況になるかもしれません。それでもあなたの大事な彼を助けることにはなるでしょう」

 それなら、俺の返事は決まっていた。


 しばらく椅子に縛られたまま眠っていたのかもしれない。殴られた身体のどこかのせいで熱があるようだ。ぼっとしながら、窓の外が日が暮れるのだけを眺めていた。

 いつの間にか、部屋の外がざわつき始め、馬車を準備する音が聞こえている。新たな馬車が到着した音も聞こえてきた。


 いよいよお出ましか。

 部屋の扉が開き、見覚えのある、以前より年を食い悪事を重ねてきたことを刻み付けた顔をした男が入ってきた。

 父上であった、ギュドフォスター侯爵だ。

「ルーカス」

 ギュドフォスターが俺の名前を呼ぶ。

「いなくなり心配していたんだぞ。どこにいたんだ13年間もの間」

 俺はじっと男の顔を見つめていた。

 自分にした仕打ち、カズマにした所業、今現在企てている犯罪、どれをとっても自分と血を分けた父であるということが信じられない。

 自分を捕らえた小男が話してしまったことを知らないのか、猫撫で声で話し続ける。

「痛かっただろうに、ひどい姿だな。お前が抵抗したのではないか?大人しく父の仕事を手伝えば、また家に戻してやっても良いんだぞ」

 そう言って、開け放しの扉の近くで待機していた、さっきの小男に指示を出す。護衛か侍従だかも傍にいる。

「ルーカスも馬車に乗せろ。この体つきなら荷物を運ぶ時に役立つだろう。ではまたなルーカス。こいつの指示に従え、いいな」

 そう言って、部屋から出て行った。また1人きりになった浩輔は、自分に奴の血が流れていることが嫌で嫌で堪らなかった。

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