黴の王

かまつち

導入

 あるところに、一つの国家が存在した。それは共和制の国家であり、歴史も長く、その世界でも、随一の強国であった。


 ある時、この共和国の所属する陣営と、宿敵のような関係であった、帝国の所属する陣営との間で、人類史上初の、大戦争が起きた。


 この戦争により、世界中の多くの男達が前線に行き、塹壕の中で息を潜め、敵の眉間を、手持ちのライフルで貫いたり、もしくは相手のライフルで貫かれたりした。


 彼ら兵士達は、塹壕戦、白兵戦、要塞戦、市街戦、森林戦、海上戦、空中戦、それらの数多の戦いの中で、人工的な地獄を見てきた。


 また、死の恐怖に苛まれる彼らには、飢餓という状態までもたらされた。季節外れの、厳しい寒さを誇る、長期的な冬季により、作物は実らず、前線の兵士達のみならず、すべての者に届けられるはずだった食料は、届けられることが出来なくなってしまっていた。


 死と飢餓との恐怖の板挟みに遭った兵士達は、段々と、精神を病んでいき、それでもなお、勝利の為と、戦い続けた。


 しかし、戦争は、誰もが望まぬ結果で終わった。勝者のいない戦争の終結、それで終わった。世界中に存在する、戦争に参加した国々のほとんどが、この戦争に耐え切ることが出来ず、崩壊していった。


 戦争が終結した後でも、なんとか存続している国家はあるが、そのような国家でさえ、不安定であり、いつ崩壊してもおかしくはなかった。


 共和国は、戦争の主戦地であったため、他の国よりも土地の被害が大きく、農業の効率は低くなり、戦争による死者もまた、多かった。


 そのよう中で、共和国の国民は希望を見出した、創り出した。彼らは、自分達が、以前まで送っていた、豊かな生活を、再び送ることが出来るようにと、決断をした。


 それは、共和国への反乱であり、彼らにとっては、生死を賭けた戦いであった。その為か。この反乱の様子は、通常のそれと比べ、異質であった。


 人が人を何度も何度も刺突して殺す様、人が人を乱暴に犯す様、人が死人から物を強奪する様が、この争乱では何度も見られた。


 この戦いにおける反乱者達の様子は、気の狂った、獣と称するのが適切であると思われる。


 精神を病んだ彼ら国民は、もはや、道徳というものを持ち合わせてはいなかった。疲労しきった者達には、モラルというものを遵守する余裕などなかった。


 秩序無き内戦、これは、この世界で、これから起こる事の前兆かのようだった。


 この内戦の結果は、反乱を起こした者達の勝利で終わった。旧共和国が弱体化していたことが理由の一つだった。旧体制側の人間は、指導者的立場にある者を中心に、ギロチンを用いた死刑により、共和国から、その存在を拒絶された。


 この時、新たな体制を築いた共和国は、その国家の指導者達の中に、正気を失った者があまりいなかったので、秩序が完全に失われることはなかった。


 新体制の運営する共和国は、急進的であり、あまりに現実を見ようとしない、理想主義的な、政策を連発した。


 彼らの求めていた救いは、彼らの考えるあらゆる策の中には無かったというのが、この新共和国の結末であった。


 ここで、また新たな事件が起こった。共和国の首都であるリュテスで、一人の男、アルベール=ヴィクトルという男が、彼に付き従う国民前線という政治的団体を連れて、官庁街に行進を始めたのだ。


 アルベールは、元々、しがない作家で、貧困層の人間であった。しかし、あの大戦争が起き、この戦争に参加することで、彼は戦いの途中、ある幻を見た。それは共和国を救えという、神からの啓示であった。


 終戦後のアルベールは、武装組織であるエピクレアンと、政治組織である国民前線を結成し、元兵士達の支持を基盤とし、行進を始めるその時まで、着々と力をつけていった。


 新共和国は、悲惨な戦争を経験してきた熟練兵であった彼らの動きを止めることが出来ずに、行政、司法、立法の三つを押さえられた。


 アルベールはあるものを手に入れた。それは共和国の心臓と言ってもいいもの、つまりは、共和国が共和国たる所以である、数々の共和国憲法の元となった、共和国法典であった。


 アルベールは、その、何千ページにもわたる厚い共和国法典を、リュテスの中心で、大衆の目の前で、共和国の国旗で包み、ガソリンをかけて燃やしたのだった。


 そしてアルベールは、新たな国家の創設をすると、その場で声高く宣言した。その名は、非現実国。新たな世界を創造することを目的とした国家である。


 現存する、民主主義、資本主義、社会主義、人間の道徳的価値観、あるいは、それらのものから構成される社会への不信感、もしくは、現世への絶望、先の大戦を通してこれらの感情を抱えた者にとって、この国家の創設は、あらゆる意味で、衝撃を与えた。


 ある者は共和制の喪失に悲しみ、泣き叫び、ある者は新たな世界の到来への期待を胸に喜び、またある者は、目まぐるしく情勢が変化する祖国の下、発狂していた。


 非現実国は、呪われた国家の象徴であり、また、精神を病んだ人間にとっての最後の可能性であった。


 アルベールは、非現実国の中で、神秘的体験の共有、インモラルの普及化、快楽の追求、理性の破壊を行おうとしており、これらの目標達成の手段として、麻薬の服用、性行為、殺人、物資の大量浪費を用いている。


 国民の多くは、アルベールという男が為そうとしていることが、どのような事なのかを知りながら、それでもなお、彼に対する期待を抱いている。新たな世界、今の自分達がいる世界とは真逆の、ユートピア、彼が今までに、そのような夢幻と思われてきたものを実現するのではないかと。




 非現実国の建国に伴って、リュテスという都市の名前はその名を改めされ、ル・ソレイユという名前となった。


 その名の意味は太陽、ル・ソレイユは、それ自身が放つ、歪かつ酷悪な光で世界を覆わんとしている。


 リュテスという都市で見られた、華やかで、壮大であった光景は、ル・ソレイユとなった今では、陰鬱で、しかし、それでもどこか、不気味なまでに明るい雰囲気が広がっていた。


 このような都市を出歩く、民衆達の顔は、大きく分けて三種類あった。


 一つは、まるで感情を失い、玩具としての人形と化したもの。この顔をしている者達に共通するのは、非現実国の中でも虐げられる立場にあるという事であり、彼らは他の者達から、性的に、暴力的に、または、快楽的に苦しめられていた。


 このような者達の多くは、非現実国に対して、反抗的であったり、元々身分の低い者であったり、または、単なる常識人であったりした。


 しかし、彼らもいつか、非現実国の国民としての義務を、性質を獲得することになるだろう。


 二つ目は、狂人の顔、まるで獣のような顔している者達で、彼らの顔は、舌をその口から、まるで飢餓に襲われているように出しているものだったり、どこか、別の場所を、異なる光景を見ているかのような、呆けた顔をしていたり、または、暴力か、麻薬、セックス、物資の浪費のどれかで快楽に耽っているような顔をしていたり、千差万別であるが、これだけは共通である、彼らを一目見れば、すぐに彼らが狂った獣であると理解するだろう。


 三つ目、彼らこそが、非現実国の支配層であり、非現実国で最も醜悪で、利口で、狂気的で、野生的で、暴力的で、淫らで、反吐が出るほど素晴らしく、そして、限りなく快楽を享受し、快楽を愛していると言えるだろう。


 彼らはいわゆる貴族であり、非現実国が地方分権を進め、封建制度を実現したときに生まれた、領土を持った、領主なのであった。


 彼らの顔は、一見、ただの人間の面である、しかし、それは一種のペルソナのようなものであり、彼らの理性の皮は、着脱式であり、それが剥かれたとき、彼らは、この世界で最も野蛮で、好き勝手に欲望を曝け出す、獣になるだろう。


 ル・ソレイユ、非現実国、そして、その創始者であるアルベール=ヴィクトル、それらのもの達が創り出す世界は、新たな種類の光で照らされる。新たな太陽の光が世界を覆い尽くす。


 そして、彼らが追い求める理想郷の為に、理性を持った人間は全て抹殺、もしくは、彼ら好みの改造を受け、消滅していく。


 彼らの狂気の下に、全ての人々が現実を超越した時、彼らの世界は、闇夜の中から、解放され、幾万もの鏡の反射で歪んだかのような形の桃源郷となるだろう。






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 初めまして、作者のかまつちです。ここまで読んでいただきありがとうございます。本作品黴の王は、もう既に分かってる人もいるかもしれませんが、戦略シミュレーションゲームのhearts of iron4略してhoi4、このゲームに存在するMODの一つであるred floodの影響を大いに受けています。私はゲーム用のPCなんて持ってないので、実際にプレイしたことはありませんが、何とか頑張って書いていこうと思いますので、耐性のある方は読んでみてください。

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黴の王 かまつち @Awolf

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