恐怖の自転車!

崔 梨遙(再)

1話完結:900字

 僕が幼稚園の年長の時。その頃、母は体が弱くて朝は起きられず、父が僕を自転車の後ろに乗せて幼稚園に通っていた。みんな、幼稚園の送り迎えは母親がやっていて、父親が送るのは僕だけで少し恥ずかしかった。でも、母の体が弱いことを知っていたので何も言えなかった。幼稚園は退屈だった。早く卒園して小学生になりたかった。僕にとって幼稚園は退屈の場だった。


 何事も、慣れてくると緊張感が無くなってくる。幼稚園に行く楽しみも無い。家から退屈な場所への移動。僕は自転車で送ってもらうのにも慣れてしまった。退屈な幼稚園、退屈な自転車、欠伸が出た。緊張感を無くした結果、僕は父が漕ぐ自転車の後ろでウトウトと眠ってしまった。


 スグに激痛で目を覚ました。僕の左足が後輪に巻きこまれたのだ。痛い!


 僕は父の背中を叩き続けた。


「止めて! 止めて! 止めて! 止めて!」


だが、残念ながら父は少し耳が悪かった。


「なんかペダルが重いなぁ」


と言ったかと思うと、立ち漕ぎを始めた。


「ここで立ち漕ぎ? 嘘やろー!」


 この時の、立ち漕ぎをする父の背中を僕は忘れない。呆気にとられながら、僕は父の背中を見ていた。父の背中を精一杯叩きながら。


 そのまま数百メートル引きずられた。時間にすれば短いはずだが、とても長い時間に思えた。とにかく痛みから解放されたかった。父が漕ぐ度に痛いのだ。しばらくして、ようやく父が異変を察知して自転車を止めてくれた。その頃には、僕の左足は後輪に巻きこまれた状態で、白い靴下が血で真っ赤に染まっていた。それだけでなく、靴下から少し血が滴っていた。


 巻きこまれた足を父に後輪から抜いてもらった。靴下を脱いでみたら、くるぶしの肉が削がれていた。骨が見えていた。僕は動作確認をした。骨折したわけではないので、足は動くし曲がる。僕はホッとした。父の方が“やっちまった~!”という暗い顔をしていた。そこで僕が言った。


「病院や、病院、病院に連れて行ってや」


 すると、父が言った。



「お前、なんで泣かへんねん?」

「気にするの、そこ?」







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