わたくし悪役令嬢の器ではございませんので、俺様王子殿下の婚約者の座は、わがまま公爵令嬢様に喜んでお譲りいたしますわ

しましまにゃんこ

第1話 わたくし悪役令嬢の器ではございませんので、俺様王子殿下の婚約者の座は、わがまま公爵令嬢様に喜んでお譲りいたしますわ

 ◇◇◇


「くそっ!あの女。すっかり騙された。何が病気の母親の治療に多額の金が掛かるだ。ふざけやがって。……ということでリアナ、いつものようにお前が適当に処理しておけ」


 アーロンはそう言うと、ばさりとリアナの目の前に資料を放り投げた。


「ふんっ、やはり身分の低い女を相手にすると碌なことがないな」


 吐き捨てるようなアーロンの言葉に、リアナは黙って散らばった資料を拾い集めると、ぺこりとお辞儀をして部屋を出た。自然と重いため息が出る。


 ああ、またあの悪趣味な『悪役令嬢ごっこ』をしなきゃいけないのかと。


 ◇◇◇


「ジェシカさん、あなた、この学園で裕福な男性を騙しては金銭を貢がせているそうね。調べはついてるのよ」


 次の日の放課後、リアナは高位貴族の令嬢達を引き連れて、ここ最近学園を騒がせている平民娘のクラスにやってきた。


 ふわふわのロングヘアーに甘ったるい声。どこか小動物を思わせる潤んだ瞳は、いかにも殿方が好きそうな美少女だ。


 だが、その可憐な外見とは裏腹に、この女が初心な貴族令息を狙ったしたたかなロマンス詐欺師だと言うことは調べがついている。


「家は貧しくて満足に学用品を買うお金が無いの」「家では病に苦しむ母がいて、治療費が必要なの」「どうにか弟も学校に通わせてあげたいけれど借金を抱えていて」など、もっともらしい理由をつけては金をせびっていく手口だ。


 巧妙なのは、平民の金銭事情に疎い苦労知らずの高位貴族の令息のみターゲットにしていること。少し調べたら怪しいと分かるだろうに、苦労知らずの坊ちゃんばかりなので騙されているということすら気付かず、言われるがままホイホイと高額な金を渡してしまう。やがてせびる金額は大きくなり、自由に動かせる金が尽きてきたところで次の相手に乗り換える。


 捨てられた側としては、可哀想な平民の娘に施しを与えただけと言う建前を取ることができるため、貴族としての矜持を守るためにも表立って問題にすることはなかった。例えそれが単なる助平心からしたことであったとしても。


 こうして何人もの令息が犠牲になった。まあ、ある意味自業自得なのだけれど。


 けれども、それでは収まらない人たちもいる。今回リアナの後ろに控えているのは、さんざん貢がされた上で捨てられた令息の婚約者達だ。気が付けば家門の財産を食い潰していた婚約者にもこの女にも、一言言ってやらねば気が済まないと鼻息も荒い。


 家門の財政を把握して切り盛りするのは女主人の大切な仕事。今のうちにきっちりシメて置かなければ、この先も次から次に女に現を抜かすダメ男になってしまうだろう。人の婚約者に手を出した相手にも、それ相応の対価を支払わせなければならない。


「そ、そんなっ。わたくしはただ皆さんと学友として親しくさせていただいているだけですわ。皆さんが勝手に貢いでくださるだけで、私から金銭をねだったことなんてありません!」


 悪びれもせず、うるうると目に涙を溜める少女。全く、この女の何がそんなに魅力的だと言うのだろうか。女性から見れば下手な演技など丸分かりだと言うのに。


「無駄よ。その嘘くさい涙、殿方は騙せてもこの私に通用すると思わないことね」


「そうよそうよ!」


「この詐欺師!泣きたいのはわたくしたちのほうですわっ!」


「ひ、酷い!!!」


 しまいには、わっと顔を覆って大声で泣きだす始末。これではまるで、こちらが集団で虐めているかのようだ。


「これは何の騒ぎだ?リアナ、なぜ君が一年の教室に?」


 と、そこにリアナの幼馴染であり第二王子のジェームズが通りがかった。


(まずいタイミングね)


 思わぬ第二王子の登場に、興奮していた令嬢たちの間に動揺が走る。


「ごきげんようジェームズ殿下。殿下こそ、どうしてここに?」


 リアナはにっこり微笑むと、少しも慌てず淑女の礼をとる。ジェームズに出会ったのは予想外だが、ここで中途半端に引き下がるわけにはいかない。今を逃しては無駄に仕事が増えるだけだ。


「ああ、ちょっとアレクに話があって出向いたんだ」


 アレクはジェームズの友人で、隣国トットランドからの留学生だ。さらりとしたプラチナブロンドと紺碧の瞳がいかにも貴公子然としたジェームズと、艶やかな黒髪に燃えるような赤い瞳がどことなく野性的な魅力を持つアレクが並ぶと、その対比があまりにも美しいと密かに令嬢たちの間で人気を博している。


「ジェームズ様!聞いてくださいよ。リアナ様がひどいんです!私、この方たちに虐められてたんです!」


 素早くジェームズに縋りつくジェシカ。いくら平民とはいえ、王族に対する基本的な礼儀すらなっていない。普段紳士的な態度を崩さず温厚なジェームズも、さすがに不快そうに顔を顰めた。


「リアナが?彼女は理由もなく人を虐げるような人ではない。それよりも、君は誰だ。名前を呼ぶことを許した覚えはないが。その手を放してくれ」


 きっぱりとはねつけたジェームズにジェシカは顔を真っ赤にしてまくしたてた。


「ジェームズ様、酷い!そんなのだから、アーロン様から可愛げがないって言われるんですよ?ジェームズ様が虐めたって、アーロン様に言いつけちゃうから」


「アーロン?……随分親しそうだな。そうか。君が最近兄上がご執心だという子か。兄上も趣味が悪いな」


「なっ!失礼です!」


 なおもジェームズに詰め寄るジェシカ。さすがに見るに堪えない。


「お黙りなさい。不敬ですよ。第二王子殿下に対して、失礼なのはあなたのほうですわ」


 リアナはぴしゃりと言い放った。


「わ、私にそんなこと言っていいんですか?私にはアーロン様が……」


「なんのことかしら?王太子殿下はあなたのような下々の者とは関わりのないお人です。嘘を吹聴されては迷惑ですわ。……わたくしの言う意味がお分かりになるかしら?」


 リアナの言葉にジェシカはハッと口を噤んだ。どうやら頼みの綱である王太子に見捨てられたことが分かったらしい。


「くっ……」


「今後は身の程を弁えることね。そうそう、この後学園長からお話があるそうですわ。行きましょう皆さん。それではジェームズ殿下、ごきげんよう」


 学園長にはあらかじめ話を通しており、ジェシカは近いうち学園を退学になる予定だ。まあ、したたかな彼女のことだ。学園を追い出されたとしても、どこでだって生きていけるだろう。貢いだ金の多くが遊興費に使われてしまったので、これから背負うことになる多額の賠償金が支払えるかどうかは分からないが。これもまた、自業自得だろう。


「ふんっ、いい気味だわ」


「二度とわたくしの婚約者に近寄らないで頂戴」


 捨て台詞を吐いてそそくさとリアナに続く令嬢たち。少しは胸の内も晴れただろうか。


「リアナ……」


 ジェームズが何か言いかけたが、リアナは振り向かなかった。


(ジェームズ殿下にはこんな姿見せたくなかったわ)


 チクリと胸が痛む。リアナは足早にその場を後にした。だが、その後姿をアレクがじっと見つめていることには気が付かなかった。


 ◇◇◇


 伯爵令嬢であるリアナがラグランド王太子であるアーロンと婚約を結んだのはここ数カ月のこと。幼少期から何度も癇癪を起こし問題児だったアーロンは、あまりの素行の悪さに婚約者が決まらなかった。そこで、学園で優等生として名高かったリアナに白羽の矢が立ったのだ。


 ようは学園でのアーロンのお目付け役と、アーロンがしでかした不始末に対する処理役として選ばれたにすぎない。しかしアーロンは、伯爵家出身のリアナが婚約者に選ばれたことに酷く激高しており、いまだにリアナのことを婚約者だとは認めていない。体のいい小間使いだとでも思っているのだろう。


(まあ、アーロン殿下の卒業後はきっと、汚れ役を押し付けられて婚約破棄されるでしょうけど)


 アーロンの悪評を拭うために奔走し、拭いきれないものはリアナの罪となるのだ。ばかばかしい。けれども王命によって婚約者として選ばれた以上、リアナに選択の余地はなかった。少しでも自分が被る罪を減らすために奔走するしかないのだ。


 昼間は学業に励み、朝と夜はアーロンの代わりに王宮内での雑務をこなす日々。リアナの精神は少しずつ限界を迎えつつあった。


「リアナ様、少しお話しませんか?」


「あなたは……アレク様?」


 ◇◇◇


 そして運命の日。


「リアナ・カレット!王太子の婚約者であることを笠に着て傲慢な振る舞い。これ以上はさすがに目に余る。よって貴様との婚約は破棄する!」


(ああ、やっとお役御免なのね……)


 王太子の卒業を祝うため学園で開かれた舞踏会で、豪華で派手なドレスを身に纏ったクルクルの縦ロールの少女を抱き寄せたアーロンは、高らかに宣言した。うっとりとした目でアーロンを見つめているのは、今年学園に入学した隣国トットランドの公爵令嬢だ。高位貴族の令嬢らしく気難しい性格だが、野心家の彼女は王太子妃になるために手段を選ばないタイプの女性だ。今も見事にアーロンの好きな頭の弱そうな女性を演じている。


「そして、ここにいるティーナ嬢と新たに婚約を結ぶことを宣言する!由緒正しいトットランドの公爵令嬢だ。貧乏伯爵家の娘なんぞとは格が違う。元々あのような者が王太子である私の婚約者だったことがおかしいのだ。皆も文句はあるまい」


 ちらちらと憐れみを浮かべた視線を送っていた方たちも一様に腰を折る。誰一人声を上げる人はいない。当然だろう。下手に庇って次期王となることが決まっているアーロンに睨まれるようなことはしたくないはずだ。


(でもわたくしは大丈夫。この日を待ちわびていたのだもの。これでようやく肩の荷が下りるわ)


「そしてリアナ。貴様には国外追放を命じる」


 だが、続くアーロンの言葉に思わず皆息を呑んだ。リアナに罪と言う罪はないはずだ。なのになぜ、国外追放になるのだろうか。


「な、なぜでございますか?私はそのような罰を受けるような罪は犯しておりません……」


 震える声で訴えるリアナの姿を、アーロンは面白くてたまらないと言うように嘲笑った。


「は、ははは!いつも無表情でつまらない女だと思っていたが、ようやく人間らしくなったではないか。俺の婚約者として社交界でいい気になっていたお前がいると、この国に不慣れなティーナが気にするだろう?俺は優しいからな。愛する婚約者に肩身の狭い思いをさせるわけにはいかないのだ」


「アーロン様。なんて細やかなお心遣いができるお方なんでしょう。ティーナ、アーロン様のことがますます好きになりましたわ」


 ティーナ公爵令嬢はアーロンの腕に豊満な胸を押し当て、勝ち誇ったような顔でちらりとリアナに視線を送った。


 それだけで、会場にいたものはみな、この断罪劇はティーナ公爵令嬢の起こしたものだと理解した。


「ティーナは本当に可愛いな。今まで氷のように冷たい女と一緒にいたから、愛らしいティーナといると心が安らぐよ。リアナ、わかったら荷物を纏め次第出ていくんだな。ああ、王宮にあるお前の部屋の荷物は適当に処分しておくから二度と足を踏み入れるな」


「お、お待ちください!このことは国王陛下もご承知のことなのですか!?」


 いくらなんでも、自国の貴族令嬢を理由もなく追放することなどできないはずだ。リアナと交流のあった令嬢たちがたまらず叫んだ。


「ふん。父上には失恋で心を病んだリアナが自ら進んで国を出たと伝えておく。それで問題あるまい。なあ、リアナ。お前が居座ると、父親や弟の処遇が今後どうなるか考えることだな」


(私がごねると、父や弟の立場が危うくなると言いたいのね……)


 リアナの父は王宮で要職についており、弟は近衛騎士団に所属している。だが、リアナの家は伯爵家とは言っても領地を持たない新興貴族であるため、王宮での職を失えば生活が困窮する事態になりかねない。二人の将来を想うなら、リアナ一人が犠牲になるべきだろう。そう判断した令嬢たちはそれ以上何も言えずにいた。


(ありがとう、皆さま……)


 ここで彼女たちが声を上げてくれるとは思わなかった。リアナは涙ぐむ令嬢たちにぺこりとお辞儀する。そしてすっと顔を上げると、くすくすと馬鹿にした視線を送るアーロンとティーナを見つめた。


 しっかりと胸を張り、背筋を伸ばしてカーテシーをする。リアナの毅然とした美しい姿に、思わず会場からため息が漏れる。

 

「では、失礼いたします。アーロン殿下。もう二度と、あなた様にお目にかかることはないでしょう。遠くからお二人の幸せを祈っておりますわ」


「ふんっ、お前に言われるまでもないわ」


「では、みなさまごきげんよう」


 背筋を伸ばし、しっかりと前を向いて、カツカツと足音を響かせ舞踏会の会場から出ていく。だが、庭に出たところで、足元から崩れ落ちた。いまさら足の震えが止まらない。


「ふ、ふううっ……」


 思わず抑えていた涙が零れ落ちた。一度溢れた涙は、次から次にこみあげてきて止まらなくなる。


(これで、私は自由になったのよ!)


「リアナ」


 ふいに呼びかけられて肩が跳ねる。こんな姿、誰にも見られたくない。


「ごめん。ごめんね、リアナ」


そこにいたのは、泣きそうな顔をしたジェームズだった。


「ジェームズ殿下……」


  慌てて涙をぬぐう。アーロンに捨てられて惨めに泣いていると思われたくなかった。


「みっともない姿をお見せしました。どうぞ、忘れてくださいませ」


「君はみっともなくなんてないよ。今までよく耐えてきた。それなのにあの仕打ち。いつかは兄上も国を継ぐ者としての自覚に目覚めると信じていたんだ。だが、今日のことで兄上には心底失望したよ。リアナにばかり辛い思いをさせてすまなかった」


「いえ、表立って私を庇えば、ますます私に対する風当たりが強くなることを案じていたのでしょう?殿下が陰ながらわたくしのために尽力して下さったことは存じていますわ」


 リアナの言葉に応えるように、ジェームズは強くこぶしを握り締めた。


 アーロンは兄と違い優秀な王子だと評判のジェームズを、リアナ以上に嫌っている。これまでジェームズにも散々辛く当たってきたのだ。ジェームズがリアナを庇えば、リアナに対する憎しみがますます膨れ上がることは容易に想像できた。


「父上に君のことは相談してきたんだ。だが、全く聞く耳を持ってもらえなかった」


「……そう、ですか」


 国王にとって大切な後継者と伯爵家の娘風情では、どちらが大切かなど最初から分かっていた。けれど、第二王子であるジェームズの言葉すら届かないらしい。


 この国では個人の能力如何に関わらず、最初に生まれた男子が王位継承者第一位と定められている。亡くなったジェームズの母は王太子妃として嫁いできた隣国の姫君だったが、身分の低い男爵令嬢であったアーロンの母のほうが先に世継ぎである男子を生んだため、即位の際はアーロンの母が王妃となった。


 深窓の姫君として元々あまり体が丈夫ではなかったジェームズの母は、王妃となったアーロンの母から随分執拗な嫌がらせを受けたと聞く。突然儚くなってしまったのは王妃から毒を盛られたのではないか、という噂まであるほどだ。


「殿下も、お辛いお立場ですわね」


 リアナはそっとジェームズの手を握った。自然と緩んだ涙腺から涙が零れ落ちる。


「もう、今生でお会いすることは叶わないかもしれませんね。いずれかの国に落ちのびた後は、せめて心穏やかに過ごそうと思いますわ」


 瞳に涙を滲ませて微笑むリアナの手を、ジェームズは強く握り返すと、そのままリアナを抱きしめた。


「……今日のことで覚悟が決まったよ。僕はこの国を出る。兄上の治世に協力しようとは思わない。いや、兄上の治世になれば命も危ういかもしれないからな。アレクを覚えている?彼は母の国の使者で、ずっと隣国にこないかと誘われていたんだ。年老いた祖父が僕に会いたがっていると」


「先代国王陛下が……」


「ああ。母のことがあってから疎遠になっていたんだけど、祖父は常に僕の身を案じていて、僕の護衛としてアレクを送り込んでくれていたんだ」


「そうだったんですね」


 トットランド先代国王陛下は、目の届きにくい学園でのジェームズの暗殺を強く懸念していたのだろう。アレクだけでなく、至る所にトットランドの手の者がいるのかもしれない。だとしたら誰が……リアナがその可能性について思いめぐらせていると、ふいに抱きしめる力が強くなった。


「リアナ、僕と一緒に来ないか?」


「えっ?」


「君に、一緒に来て欲しい」


「ジェームズ殿下……」


「ジェームズと呼んでくれ。昔みたいに」


 ずっと、ずっと忘れられなかった初恋の人。リアナにとって、ただ一人の特別な人。アーロンの妃候補になんて、最初からなりたくなかった。あの日、ジェームズの妃候補にと言われたならばどんなに良かったかと、何度思ったか分からない。けれど、この国で誰よりも高貴な血筋を持つ真の貴公子であるジェームズは、誰もが憧れる完璧な王子としてアーロン以上に遠くて。


「ジェームズ……あなたと、一緒にいたい、です。ほんとうは、ずっと、ずっと、お慕いしていたのです……」


 だから、リアナはこうするしかなかったのだ。


ジェームズは破顔するともう一度強く抱きしめた。


「愛してる。ようやく言えた。もう、絶対に離さないから」


リアナはジェームズの背中にそっと手をまわした。


◇◇◇


 一月後。ジェームズは伯父であり、現トットランドの国王夫妻の養子として、隣国の王太子になることが決まった。現国王陛下には最愛の王妃との間に子どもがいないため、かねてよりジェームズに養子の打診をしていたらしい。


 トットランドの王宮でジェームスの事務官になっていたリアナは、その話を聞いて仰天した。


「ちょ、ちょっと待って!ジェームズ、あなたが王太子になるなんて聞いてなかったんだけど」


「うーん、僕もそんなつもりはなかったんだけどね。伯父夫婦に子どもがいないことは知っていただろう?」


「そ、それは知っていたけど、てっきり王弟殿下のマクバリー公爵閣下が後継者になると思っていたから」


 ジェームズの実の伯父であるトットランドの現国王には後継となる子どもがいないため、次代の王は王弟のマクバリー公爵閣下が有力視されているという話は聞いたことがあった。トットランドの将軍として王国軍を率いる彼は民の人気も高く、アレクの養い親でもあるらしい。


「マクバリー公爵は素晴らしい人だが、いかんせん彼も子どもに恵まれなくてね。後妻の連れ子である公爵令嬢はあの通りの人だし……」


「ああ……」


 無事アーロンの婚約者に治まったティーナは学園内のみならず、ラグランド国内で女王のようにふるまい、あまりの傲慢さにアーロンさえ音を上げるほどだとか。けれども皆の前で大々的に婚約発表をして迎えた婚約者のため、無碍にもできずに困り果てているらしい。


 中には「トットランドが我が国を内側から崩壊させるために送り込んだ刺客なのでは!?」と噂する人もいるとか。もし彼女がトットランドに残ったままなら、ジェームズの婚約者候補になることも十分考えられたわけで……


「まあ、兄上は他人に振り回される人の気持ちを少しは学んだらいいと思うよ」


「そ、そう、ですわね」


 リアナはにっこり微笑むジェームズから思わずそっと目を逸らした。


「それでリアナにお願いがあるんだけど」


 ジェームズはそっとリアナの手を取ると、上目遣いに見つめてくる。


「あ、ごめんなさい。なにかしら?私にできることならもちろんなんでも協力するわ」


「もう一度、王太子の婚約者になってくれないかな?今度は僕の。ダメ、かな?」


 ジェームズのストレートな言葉にきゅんとする。あれからジェームズは遠慮なくリアナにぐいぐい迫ってきており、その子犬のような愛らしい瞳で見つめられるとリアナは弱いのだ。どんなお願いでも叶えてしまいそうになるから。


「だめ……では、ありませんわ」


 こほん、っと咳払いすると、嬉しそうに抱き着いてくるジェームズ。


「ありがとう!絶対に大切にするからね!あ、君の家族もトットランドで暮らせるように手配しておいたから。君の父上には僕が相続した母の領地経営を任せたいと思っているんだ。君の弟はマクバリー公爵が引き受けてくれるらしいし、安心してお嫁においで」


「ジェームズ……」


 ああ、やはりこの人を選んでよかった。例え国を裏切っても、後悔なんてしていないわ。


「褒めてくれる?」


「大好き!」


 リアナはジェームズの腕の中に飛び込んでにっこりと微笑む。


 全部誰かの計算通り。けれどもこの恋心だけは、まぎれもなく本物だから。あとは本物の悪役令嬢に全てお任せするわ!


おしまい



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