スーパーポジティブサイコアサシン切咲狂華とほとんど死んでるフレンズ

ぱわふるぼたもち

第1話 あなたを殺してあげるので、わたしの友達になってください!

 いつだってそうだ。この世は不条理と薄汚い欲望とで塗れている。12歳の少年、心根友人こころねゆうとは血と傷に塗れた体を引きずりながら悪態をついた。

 人間とはどこまでも醜い生き物であり、どれ程綺麗な上っ面を整えた奴らだってその腹の中にはどろどろの欲望と気持ちの悪い本性を隠している。この世界はこんな汚い生き物が、法という強制力のもとで辛うじて社会という体裁を成しているだけだと彼は12歳にして理解していた。だからこそ彼は秩序の側に立ち、このクソみたいな世界を明日へと維持するだけの仕事に従事することに決めたのだ。

 だが、世界はどこまでも薄汚れている。


「ハァ……、ハァ……。12歳のガキに暗殺者なんて、正気じゃねえよ、クソッ」


 彼の持つ、「特別な力」を恐れた薄汚い大人たちは彼の命を12年という短さで終わらせることを決めた。畜生、クソが。何度も何度も悪態をつくが、荒い呼吸が悪態によって乱され息苦しさが増しただけだった。

 彼の「力」により、暗殺者がどう仕掛けてくるのかは分かる。分かるが、分かったところで12歳というハンディキャップはあまりにも大きい。一対一であるならまだしも、この感覚からすると刺客は少なくとも五人以上はいるだろう。一人でいるやつと、複数人で固まっている奴ら。先程からビンビンの殺意を向けてこちらに迫ってくるのは一人の方だが、このままでは複数人でいる奴らと鉢合わせるだろう。そうすれば恐らく捌ききれない。死ぬ。


 死。


 ある意味では、彼にとって身近なモノではあったが、それが今自分自身に向かって降りかかろうとしているのだと考えると、胸のあたりがチリチリと痛み、目頭が熱くなる。12歳という年齢は、その現実を受け止めるにはあまりにも幼過ぎた。


「みィつけた!」

「!」


 友人は大きく身をかがめる。彼の頭の上擦れ擦れを、サイレンサーにより消音された鉛玉が静かにすり抜けた。


「はァ……今の動きィ、そばにいるだけで心が読めるッてのはほんとォみたいだねェ」


 続く銃弾を紙一重でかわす。かわすが、友人は暗殺者を見向きもしていない。


「ボクの心が読めるゥ、というよりもう視界ごとォ? 見えてるよねェこのよけ方は」


 すごいすごいと笑いながら流れるような無駄のない動きで狩猟用のハンティングライフルに装填し、絶え間なく撃ち続ける。が―――当たらない。


「一応ねェ、ボクってこの業界じャ射撃の腕で食ってんだけどォ、キミみたいなちィさな男の子にこんな近距離でぴょんぴょんぴょんぴょんよけられちャうと自信なくしちャうなァ」

「じゃあ引退しろよオバサン!」

「まだ29だよォ!!」


 カッとなり撃った弾が配管に当たり、大量の蒸気を吐き出す。


「!?」


 高温の蒸気にとっさに身をかがめた彼女が一瞬の間をおいて彼の方を見やると、そこにはもう誰もいなかった。

 怒りで視界が赤く染まるが、すぐにフゥーッと口をすぼめて深く長く息を吐く。吐き終え、スゥっと息を吸いなおしたころには、彼女の瞳から怒りは消え去っていた。


「ボクが一番言われたくないことを読んだッてことォ? がカッとなると思わず引き金を引ィちャうことも、ボクが咄嗟に引き金を引ィたときに少し弾道が右にそれることも分かッてて通路の右寄りを走ッて壁の配管に誘導したァ?」


 先ほどまで怒りに歪んでいた顔が、悦びの色に染まり大きく大きく歪む。


「ンムフ、ムフ、ムフフフフ。心が読めるだけのガキだと思ッてたけどォ。命を狙われるだけのことはあるッて事かァ」


 ギャハハハハと笑いながら弾倉に残っていた弾を天井に向けて撃ち尽くした。

 パラパラと天井のかけらが舞い落ちる中、彼女の雰囲気は一変していた。普段の―――快楽殺人鬼としての彼女ではない、狩人としての彼女に。


「あァ―――愉しィ夜にしよォよォ。だって今日はキミの最後の夜だもの」


 女は薄暗い通路を悠然と歩む。逃がすつもりはないが、焦って走り回るのはあまりにも無粋だ。今は、この素晴らしい狩りを楽しもう。標的が凶弾に倒れ、その若い命が燃え尽きるその瞬間まで、少しでも長く、この幸せな狩りを。



◇ ◇ ◇



「ハァ……クソ、29はオバサンだろ流石に」


 配管に当たってくれるかどうかは賭けだったが、うまくいった。ここは廃病院ではあるが、電気系統は生きていたし、ボイラー設備も稼働していることは知っていた。ここは表向きは廃墟だが、その実態は友人を外部から隔離しておくための施設であったからだ。彼の能力が無差別に発動してしまう都合上、周りに人を置かなくて済むように一人でここで暮らしていたのだが、今回はそれが裏目に出た。


「ここのことを知ってるやつは数人しかいないって聞いてたんだがな……腕の立つ諜報員でもいたか、はたまた身内に裏切者ユダでもいたか……」


 ハァーっと深くため息をつき、しばし瞳を閉じて体を休める。友人はその力の特性上、あまり人前に出ることはなかった。この場所が露見することを避けるために出入りする人間も限っていたので、屋内用のトレーニング器具なども頼んでいなかったのだが、こんなことならいくつかかさばらないやつをもらっておけばよかったと悪態をつく。

 彼は健康そのものの12歳男児であるが、運動といえばこの廃病院内をうろついたり毎朝のラジオ体操くらいのものであったため、今回の逃走劇はかなりの負荷となって彼の心臓を傷めつけていた。


「警報関係も切られてるだろうし、ここから脱出して助けを求めようにも俺を秘匿するための田舎の山奥の廃村の廃病院だしなぁ……村の方に出れば世話係の橘さんがいるかもしれないが、始末されててもおかしくないし……」


 詰んだか?

 先ほど脳裏によぎった死の一文字がますますその存在感を強めてきた。逃げ隠れしたところで複数人の刺客から、異常を察知した公安の人間が救助を送り込んでくるまで耐えられる自信はない。となると刺客をどうにかするしかないが、それは無理だ。

 心を読めるといってもこれは戦闘向きの力ではない、逃げ隠れするのには使えても、運動不足のひょろひょろの12歳が暗殺者を返り討ちにできるほどではないのだ。


「特別な力があるっていっても、こんなもんか」


 情けない。普段あんなに偉そうにしていても、窮地に陥ればこれだ。確実に襲い来る死の恐怖。死ぬことへの恐れ。振り払おうとしても振り払えるものではない。胸の奥の奥、生物としての本能が訴えかける危険信号だ。

 がちがちと奥歯が鳴る。つい最近永久歯が生えそろったばかりの幼い口が、恐怖でからからに乾く。心を読む彼の異能は、あの暗殺者がどうやって彼を殺そうとしているのか、そのイメージをまざまざと彼の脳裏に焼き付けた。


 凶弾の暗殺者、ベルベンティア・ボガード。狩猟用のホローポイント弾と猟銃を用いて標的を殺す彼女の暗殺は激しい苦痛を伴い、要人暗殺などではなく、おもに恨みのある相手に対しての復讐の依頼を受けることが多い。

 ホローポイント弾。弾丸はすり鉢状になっており、命中することでキノコのように変形するマッシュルーミングを起こし、大きく膨らんだ弾は体内で弾丸の運動エネルギーを存分に伝達し、激しいダメージを与える。貫通力の高いメタルジャケット弾と違い、貫通せず体内に残留することが多い。人間に対してではなく、主に狩猟用とで使われる弾丸だ。

 彼女は、この弾を下腹部や四肢などのに撃ち込む。激痛にもだえ苦しみ、命の灯がゆっくりと消えていく様をすぐそばでじっくりと観賞するのだ。

 若き日の彼女は、ある時狩り仲間の態度に腹を立て、つい狙いを外して獲物を即死させられなかった。仲間との口論が終わり獲物の元に戻った時には息絶える寸前だったが、彼女はいつもとは違う獲物の様子に得も言われぬ悦びを覚えた。彼女はとどめを刺すために構えたナイフをホルスターに戻し、隣に座り込んで死ぬまでじっと見つめていた。

 それ以来、彼女は狩りという行為以上に、命がゆっくりと失われていく瞬間に魅了されたのだ。より痛烈に、より破壊的に、けれども命はわずかに永らえるように。歪んだ欲望を満たすため、彼女の射撃の腕はめきめきと上達していった。

 そしてある日思ったのだ。会話ができる人間相手なら、きっと、もっと、愉しいと。


「クソ……暗殺者なんて、人殺しなんて、頭のおかしいやつばっかりだ」


 泣きそうになるのをぐっとこらえて、吐き捨てるようにそう呟く。

 彼の「仕事」では、組織犯罪の摘発のために捕まえた構成員から計画を聞き出す以外に、凶悪な犯罪者を裁くため、その心を読みどういった犯罪が行われたのかを明らかにすることもある。

 特に、彼が担当しないといけないような事件ではほとんどの場合人が死に、そうした陰にはイカれた快楽殺人鬼や仕事として大量の人間を処理できるサイコパスなど、頭のおかしい連中がひしめいていた。

 だから、こういった光景をことは初めてではない。むしろ、これまで視てきたものに比べればかわいいものだ。だが、今それが自分の身に行われようとしているという事実が足をすくませた。

 無理もない。どれほど力を持とうと、どれ程達観しようと、まだ12歳の子供なのだから。

 けれど、彼はただの子供ではない。だからこそ、背後から忍び寄るそれに早くから気付いていた。


「あんたら、さっきのオバサンの仲間じゃないみたいだな」


 病院内で感じていたもう一方、複数人の思念。距離があったため、何かを考えている奴らがいる、くらいのことしかわからなかったが、この距離であれば、少なくともこちらを今すぐ殺そうとしていないことはわかった。もしかすると、刺客は刺客でも、こちらの能力を利用しようとして誘拐に来ている別勢力かもしれない。読んでみればわかることだが、今はとにかく刺激しないようにこの一団と対話を―――


「ひと、り……?」


 そこにいたのは、一人の可憐な少女だった。年の頃は友人より二つか三つ上といったところだろうか。それくらいの情報は、深く読み込めばわかることだったが、できなかった。それほど彼は動揺していたのだ。


 確かにそこに数人分の思念を感じるのに、一人しかいない。


 透明化の異能? いや、数人も同じ異能の持ち主をそろえるのは難しいし、何より一人だけ姿を現す必要がわからない。それに感じ取った思念からは透明化に関するものが全く感じられない。透明になっているわけではない。けれどもそこに何かいる。何かが、複数。


「……まて、複数?」


 何故、具体的な人数がわからないのか。いつもであれば、彼は満員電車が目の前を走り過ぎただけでその電車に何人乗っていたのかが理解できる。それほど卓越した能力なのだ。だが、先程からまるでろうそくの灯がゆらゆらと揺らめくように、その思念の輪郭がはっきりとしない。その境界は混ざり合うように曖昧で、これが何人分の思念なのか視えない。先程までは、距離が離れているからだと思っていたが、この距離で読み違えるはずはない。間違いなく、異常事態だ。


「あんたって、もしかして、わたしの友達のこと?」


 沈黙を貫いていた少女が、嬉しそうな声を上げた。その声に、またも友人はぎょっとして目を見開いた。綺麗な声だ。が全くない。心の読める友人にとって、会話とは苦痛そのものである。人間というものは、社会的立場や、己の利益、様々な理由から本心を語ることはほとんどない。感情をあらわにしたとき―――特に怒りに身を任せたときなどは比較的本心とズレの少ない声が聞こえるものだが、それでも多少取り繕おうとしたりして、その違和感が強い不快感となっていた。だが、この少女は一切のズレを感じなかった。


「わあ! すごいな、すごいな! わたしに友達がいるって言ってもみんなあんまり信じてくれないのに、あなたははじめましてなのにわたしの友達のことがわかるんだね!」


 ぎゅっと友人の両手を取って楽しそうに笑う彼女の姿に友人はすっかり見とれてしまっていた。今現在の状況からして油断してはならないはずなのに、生まれて初めて聞くどこまでも透き通ってズレの無い美しい声が彼の脳内を甘く満たしていた。


「え、えっとね! じゃあね!」


 しかし、彼はすぐに正気を取り戻すことになった。


「あなたを殺してあげるので、わたしの友達になってください!」


 どこまでも透き通った。心からの本心で。自分のことをぶち殺したうえで友達になろうと本気でぬかす彼女の声を聴いて。彼はしみじみと思い知る。


 暗殺者なんて、人殺しなんて、頭のおかしいやつばっかりだ。

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