第七話【出発】

「クレイ、早く起きなさい。出発出来ないでしょ!」


 毎朝、母さんの声で目を覚ます。

 ベッドから足を順番におろしたあと目をこすりながら下に降りる。


「おぉ、クレイ。眠れたか? ご飯早く食って荷物まとめろよ」

「わかった……」


 あくびをしながら椅子に座る。

 いつも当たり前のように並べられた食卓。

 それも今日でしばらくお別れだ。


「いただきます」


***


「それじゃあ、父さんはちょっとギーヌさんのところに行ってくるから。ちゃんと準備しておくんだぞ」

「わかってる」

「あ、クレイ。食べ終わったら片付けてね」

「は〜い」


 椅子から立ち上がり父さんが置いていた皿の上に重ねるようにしておいておく。

 そして僕は階段を上り自分の部屋に戻った。


「さて、荷物準備するか」


 大きめのバッグを取り出し必要なものを選別するとしよう。

 今日、僕とシュレーナさんは馬車でエントリア魔法学校のあるエントリア王国の都市フリーレアに向かう。

 どうやらこの入学の計画はかなり前から考えていたらしくそこにギーヌさんもやってきて共に行くことになった。


 エントリア魔法学校は入学試験がなく申し込みと学費を払えば決められた時期に入学でき教材も制服も寮も全て学校が手配してくれるそうだ。

 ただ学費は五年間全てを一括で支払わなければならないのでかなりの額になるはずだ。

 少なくとも大金貨五枚は必要かもしれない。詳細はわからないけど。


「これは……いらないか」


 行ったことの無い地、新たに出会える仲間、さらに学べる魔法、ワクワクが沢山だがその反面、不安もある。

 今回エントリア王国までの道中には森や山などがあり魔物と遭遇するかもしれない。

 そうなっても父さん達は同伴してこないから助けてはくれない。

 だから自分達で立ち向かわなければならないのだ。

 一応、いくつかの村を通って休ませてもらったりするつもりだ。


 もうひとつ不安な要素があるとすればルハイル大森林だ。

 いずれかは村に襲ってくるかもしれない。

 そうなれば幼い子供の多いオルス村は戦力が足りずに危機的状況に直面する。

 でも離れた地にいる僕らは助けに行けない。

 そんなことが起きているということも知れない。


 それが今ある不安なことだ。


 だけど父さん達はその可能性があるかもしれないのに僕たちを今送り出そうとしている。

 それは僕達が未来のオルス村に貢献出来るようになるため、そしてそれぞれの夢を叶えるためだ。

 だから僕たちは父さんやギーヌさんの想いを受け取りエントリア魔法学校で全力で学ぼう。

 それがこれから僕たちに出来ることなのだから。


 考え事をしている間に荷物をある程度バッグにしまい込むことができた。

 あとはいつものバッグも一応持っていこう。


「あっ」


 もう一つのバッグの中には沢山の花が入っていた。


 すっかりこれの存在を忘れていた。

 どうするのがいいのだろうか。

 ずっとバッグの中にあったせいで花はほとんどが枯れていて美しさはもうない。


「これは仕方ない……処分」


 またどこかでシュレーナさんに花でも送ろう。

 きっと喜んでくれるはずだ。


 僕は糸で縫われたローブを羽織って本や服を詰め込んだバッグと常用するバッグの二つを持った。

 そして机に置いていた杖をポケットにしまい部屋を後にした。


 階段を降りていると下にいた母さんが声をかけてきた。


「お父さんがもう馬車をそこまで持ってきてるから荷物乗せちゃいなさい」

「わかった」


 扉を開けると荷台は雨で濡れないように屋根がついており案外快適そうに見える。

 馬車の後ろ側に行き乗るところに降ろされている布を手で軽くどかして中に荷物を詰め込んだバッグを置いた。


「お、クレイじゃねぇか」

「ロイスさん!」

「まさか、お前とシュレーナちゃんが魔法学校に行くなんてな。こりゃあ寂しくなるぜ」

「時間が空いたら出来るだけ帰って来るようにするので安心してください!」

「その言葉ちゃんと覚えておくからな」

「はい!」


 馬のケアをしていた父さんがこちらにやってきた。


「んじゃあ、シュレーナさんを呼びに行くか」

「うん」


*******

シュレーナ視点

*******


「シュレーナ、準備は出来たかい?」

「もうちょっと」

「出来るだけ早くしなさい」

「わかってる」


 私はバッグに必要な物を入れていく。

 服だったり下着だったり本だったり。


 そんなことをしていたら別の部屋にいるお母さんに名前を呼ばれたので一旦準備をやめて向かった。

 お母さんのいる部屋の扉を開けベッドに横になっているお母さんの隣に座り込んだ。


「どうしたの?」

「さいごにね、お話でもしたいな、なんて思って」

「変なの」

「ふふ、それにしてもあなたが学校だなんて。ずっと家に引き籠もって一生を過ごすものだと思ってたわ」

「私を何だと思ってるの」

「引きこもりの少女? かしら」

「ちょっと」


 お母さんは力のない手で私の頬に触れる。


「あなたはきっと強い魔法士になれるわ。私が保証してあげる」

「…………」

「それとクレイくんにもよろしく伝えてね。先のことも」

「なんで先?」

「さぁね? でもちゃんと伝えるのよ――ゴホッゴホッ」


 お母さんは苦しそうに咳をした。

 私はとっさにお母さんの背中をさすりなんとか収めようとした。


「あの花……綺麗よね。あなたがくれたあの一輪の花」

「まだ飾ってたの」

「それはもちろん。花言葉は元気、私にぴったりの花」

「もっと綺麗な花を持ってくる」


 お母さんは少し前にあげた花を大切そうに陽の当たる窓辺に置いていた。

 確かにその花は綺麗な赤色で美しかった。


「レーナ、愛してるわ。あなたは私の自慢の娘」


 お母さんは私を抱きしめてくる。


「いきなりどうしたの?」

「なんでもない。ほら早く荷物を用意してきなさい。じゃないとまたギーヌに怒られちゃうわよ」

「うん。じゃあお土産楽しみにしてて」

「えぇ、楽しみに待っているわ」


 私はお母さんの部屋から出て残りの荷物をバッグに詰め込み新しい杖をローブの内ポケットにしまった。


「忘れ物はないかい?」

「うん」

「じゃあもう来てくれてるみたいだから」


 私はギーヌと一緒に家を出た。

 少し寂しさはあるけどお母さんの為にも私は頑張る。


「あ、おはようございます。ギーヌさん」

「おはようございます、フェンさん」

「馬車の方はもう用意出来てるのでそちらにシュレーナさんの荷物をお願いします」

「はい、わかりました。ほらシュレーナ、行くよ」

「うん」


 私はクレイくん達と一緒に馬車へと向かった。


***


 家の前でクレイくんがお母さんと別れのハグをしている。

 そういう光景を見ているとやっぱり寂しさを感じる。


「あ、シュレーナさんはここに荷物を置いちゃってもいいよ。あとはクレイがなんとかやるから」

「はい」


 フェンさんの言う通りに馬車の荷台に荷物を置いた。


「シュレーナ、これを持っていきなさい」

「これは?」


 ギーヌは二つの大きな袋を渡してきた。

 ひとつはずっしりとした感じ、もう一つは少し軽いけど色々と入っているみたい。


「当分の間の生活費とエントリアまでの食べ物だよ。あっちに行って硬貨がなくなったら自分達で稼いでやりくりするんだよ」

「わかった」


 これが自立。

 正直不安でしかない。


 するとクレイくんがチャリンチャリンと音を鳴らしている袋を持ってこっちにやってきた。


「結構な生活費、貰いましたよ! これで少しはなんとかなりそうですね!」

「私も貰った。食べ物も」

「おぉ! さすがギーヌさん! 必要なものがわかってますね」


 でもクレイくんはこんなにも明るい。

 不安じゃないのかな。


「よし、じゃあクレイ。しっかりするんだぞ。あと入学日に遅れないようにな」

「わかってるって」


 そんなことをいいながらクレイくんは硬貨を荷台に置き、馬車を操縦する座席に向かった。

 私もそれについていく形で同様に硬貨を置き操縦する座席の隣に座った。


「シュレーナさんをちゃんと守るんだぞ!」

「健康には気をつけて! あと一人で起きるのよ!」

「立派な男になって帰って来るのを待ってるぞ!」

「シュレーナ、あまり迷惑をかけないように、それとクレイくん、娘をどうかよろしく頼むよ」


 フェンさん、ロイスさん、リシアさん、ギーヌ、それ以外にも起きてきた村のみんなが進み出す馬車に向かって手を振っていた。


「行ってきます」


 私は笑顔でそう呟いた。

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