二つの杖が世界を変えるまで〜魔法好きのクレイは実力発揮し最強魔法士へと成り上がる〜

丸出音狐

第1章 オルス村編

第一話【人生のターニングポイント】

「クレイ、早く降りてきて。ご飯出来たんだから」


 毎朝、お母さんの声を聞いて目を覚ます。

 まだ寝たいという欲を押し殺し目を擦りながら体を起こしベッドから降りる。


 木で出来た階段を踏む度に劣化で痛みギィギィと嫌な音を鳴らしてくる。

 毎朝の最初のストレス。


 一階に降りるとテーブルにはパンと温かいスープが置かれている。

 毎朝の朝食定番メニュー。


「おはよう、クレイ。昨日の夜も遅くまで魔法の勉強でもしてたのか?」

「そんなとこ。僕ももっと魔法が使えたらみんなの役に立てるんだろうけどまだまだ難しいや」


 あくびをしながら席に座り置かれているパンを手に取り口に運ぶ。

 何もつけないで食べるがなぜかいつも美味しく感じる。

 作る過程で味を練り込ませているのだろうか。


「十分役に立ってると思うぞ。狩り仲間のロイスだってクレイは村一番の冒険者だって言ってたしな」

「そんなこと言ったら父さんだって立派な魔法剣士じゃん。僕はまだまだだよ。だからもっと勉強して本当に村一番の冒険者になるんだ。んじゃ今日も森に行ってくる!!」

「待ちなさい!」


 パンを口に咥えた状態で椅子から降り外に出ようとした時母さんに呼び止められた。

 

「しっかり食べてからにして。ほらスープも余ってる!」

「……はぁーい」


 今すぐ森に行って魔法の練習をしたかったが母さんの機嫌を損ねて怒らせるととんでもなく怖い。

 だからここは大人しくしたがってご飯を食べることにした。


「そんなに森に行きたいなら今日も狩りに行くから一緒に来るか?」

「行く!!」

「ちょっとあなた、クレイを危険な道に進ませないで」

「いいじゃないか。どうせあと数年もすればクレイも自立するんだ。最低限の魔法知識と戦闘技術くらいあった方が良いと思わないか?」

「はぁ……。遅くならないでね。それとクレイから目を離さない。わかった?」

「りょーかいしたぜいっと」

「はぁ……絶対わかってないじゃない」


 こんな感じでいつもの様なやり取りを繰り広げる。

 多少激しい言い合いをしだすこともあるがそれは互いに信じ合って愛し合ってるからこそ自分の正直なことを言えるのだろう。

 ダメなとこもあるけれどそこは見習いたい。


「よし、クレイ! とっとと食って行くぞ!」

「うん!!」


***


「お、フェン! やっと来たか」

「待たせて悪いな。今日はこいつも連れてきたんだがいいか?」

「大歓迎だ! 人数が多い方が楽になるしな!」


 このガタイの良くて気さくな男性が朝食の時に父さんが言っていたロイスさんだ。

 ロイスさんはこの村でかなりの力の持ち主でこうして良く狩りに参加しているらしい。


「そういや今日はクレイと同い年のシュレーナちゃんも連れられて来たみたいだぜ」

「つい最近、越してきたパライナットさんのとこの娘さんか。噂だと魔法が結構使えるんだってな」

「みたいだな。つまりはクレイのライバルってことだ!」


 シュレーナ・パライナット。

 二週間前くらいにこの村に両親と一緒に越してきた女の子だ。

 僕は正直言って少しこの子が苦手だ。


 シュレーナさんの性格上、どうも他の人に心を開かないようで両親も困っているそうだ。

 父さんも一度挨拶に行ったのだが無視をされて悲しそうな表情で帰ってきたのを今でも思い出すと笑ってしまう。


「そろそろ奥行くぞ!!」


 先頭に立っている男が後ろにいる僕たちに声をかけると少人数の集団は薄暗い森の中へと歩き出した。


***


 森の中を歩きだして数分が経過した頃、後ろから一人の男性が父さんに声をかけてきた。


「フェンさん、ロイスさん、おはようございます」

「あ、パライナットさん、おはようございます」

「私のことは出来ればギーヌと呼んでいただければ」

「そうですか。それでギーヌさんどうされたんですか?」


 ギーヌさんは非常に優しい方で物腰がとても柔らかい人物だ。

 こうして積極的に村民に声をかけて出来るだけ早く家族が村に馴染めるように努めている。

 だがそんなギーヌさんの努力虚しくシュレーナさんはありとあらゆる交友関係を遮断している。


「特にないんですけど、今日はクレイくんを連れてきてらっしゃるんだなと思いまして」

「一応経験は積ませておきたいので」

「俺のとこのバカと言ったら面倒くさいとか言って寝やがったぜ」

「それはお前が悪い」

「なんでだ!?」


 大人がこうして会話に夢中になると僕たち子供は蚊帳の外。

 こうなってしまったら何もすることがないので誰かと会話をしていたい。

 でも僕と同じくらいの年齢の人なんて後ろを遅れて歩く一人の女の子しかいない。


 ひとまず会話を試みてみよう。

 僕は歩く速度を少し緩めシュレーナさんの隣に行く。


 整った容姿、首まで伸びた綺麗な金色の髪。

 そして繊細で透き通った水色の瞳。

 改めて近くで見てみるとシュレーナさんは可愛い、のかもしれない。


「シュレーナさんも狩りに参加したんですね」

「…………」


「シュレーナさんはどんな魔法が好きですか? 僕は広範囲に影響を与える魔法が好きで、いや、古代魔法も捨てがたいかも」

「…………」


「はいこれ」

「なんですかこれは?」


 無視され続けてきたところで突如僕の手の上にそこら辺で取った何かの花を手渡してくる。

 これはもしかしたら交友を深めるチャンスなのかもしれない。


「シュレーナさんは元々どこにいたんですか?」

「はいこれ」


「シュレーナさんは好きな食べ物とかあります?」

「はいこれ」


「シュレーナさんは嫌いな――」

「はいこれ」


「シュレーナさんは――」

「はいこれ」


「シュ――」

「はいこれ」


 森を進む度に僕の手元にどんどんと増えていく花。

 そろそろ持てる量にも限界が来てしまう。

 というよりなぜ僕はこんなことをさせられているんだろうか。


「シュレーナ、クレイくんが困ってるじゃないか。ごめんね、クレイくん」

「あ、いや全然大丈夫です」

「花が欲しいなら買ってあげるから。それに茎を折って取ってしまったらそう長い気は出来ないんだよ」

「その方がいいよ」

「どうしていつもそうなんだ」


 こんなとこで親子喧嘩なんて見せられるのは御免だ。

 ひとまずこの場をなんとかしよう。


「ギーヌさん、僕は全然大丈夫ですから、父さん達と話してきてください」

「……本当にごめんね、クレイくん」


 そう言ってギーヌさんは少し速歩きで父さん達の元に歩いていった。

 戻ってどんな会話をしているかは正確にはわからないが父さんとロイスさんがこちらをちらちら見てきていることから謝罪でもしているのだろうか。


 ギーヌさんは確かに悪い人ではない。

 でもきっと優しさが逆にシュレーナさんを苦しめているのかもしれない。

 人の家庭の事だから合っているかはわからないけど。


「おい、魔物が出たぞ!! 気を付けろ!!!」


 先頭を歩く男の声を聞きそれまでふざけたり笑っていたりしていた大人たちが一斉に真剣な顔つきに変わる。

 僕も戦いに参加するためにシュレーナさんから渡された花をバッグにしまいポケットから木で出来た杖を取り出した。


「クレイ、気をつけるんだぞ! 怪我したら母さんに怒られるからな!」

「わかった!」


 それだけは絶対に死んでも嫌だ。

 だから出来るだけ怪我をしないようにしなければ。


「うわああああ!!!!!」


 男の叫び声と共にドンッという何か鈍い音が聞こえてきた。

 みんなの雰囲気が前に来た時より何だか変だ。


「様子がおかしいけど何かあったの?」

「クレイは後ろに下がってシュレーナさんを守っておくんだ」

「え?」

「どうやら今日は運が悪いみたいだ。こんな日に限ってよ。クソっ」


 何がなんだかさっぱりわからないが一応父さんの言う通りにシュレーナさんの近くに戻る。

 少しして僕は事の重大さに気づく。


「ウォォォォ!!!!!!!」


 それは明らかに人間の叫び声でもなければ良くいる弱いゴブリンの叫び声でもない。

 目の前に立っているのは変異型オーク。


 変異型は本来の魔物の力よりも強力でそのうえ見た目が気色が悪い。

 この変異型は凶暴でこれまでに多くの罪のない人をあの世へ葬ってきた。


「クレイ、ここは俺達に任せて走って逃げるんだ。そして村の人達に危険を知らせてくれ」

「でも!! そしたら父さん達が!」

「良いから!! 母さんに怒られるぞ!」

「でも!!」

「クレイくん、私からもお願いします。娘を、シュレーナを一緒に連れて安全な場所へ」

「……絶対に生きて」


 僕はいきなり手を握ってしまうことに対して謝罪をしながら握り走り出そうとした。

 するとシュレーナさんは全く動こうとしなかった。


「シュレーナさん、早く逃げないと!」

「……嫌」

「逃げて知らせないと!」

「……嫌だ」


 シュレーナさんの目からは涙が溢れていた。

 僕だって泣きたい。

 でも言われたとおりに逃げないと何も変わらない。

 それなのに止まって静かに涙を流すシュレーナさんに少しむかついた。


「それでも逃げるんだ!!!」


 シュレーナさんに嫌われるかもしれないがもう無理やり手を引っ張るしか無い。

 そして僕たちは村へと走り出した。


「あれ!」


 シュレーナさんはそんなことをいいながら僕の手を強く握ってくる。


 ドンッ! という音がまた聞こえてくる。

 気になって後ろを振り向くと父さん達がオークに飛ばされ横たわっている。


「――逃げろ!!!」


 父さんの声がかすかに聞こえてくる。


「うわ!」


 後ろで起こっている状況に動揺し僕たち二人は転んでしまった。

 その間にもオークは迫ってくる。


 まずいと思い急いで立ち上がる。


 このまま直線上に走っても振り切ることは出来ない。

 そう思い僕は方向転換を繰り返しオークをなんとか振り切ろうとする。

 それでも距離が少し空いただけで振り切れない。


「くそっ、やるしかないのか」


 しばらく逃げ惑い開けた場所に出る。

 そこで体力の限界も近い僕たちは足を止めオークと向かい合う。


「シュレーナさんは後ろに隠れていてください。隙があったら逃げてください」

「…………」


 シュレーナさんは女の子だ。

 恐怖を目の前にして震えている。

 そんな彼女の心を少しでも支えて上げるためには自分を犠牲にするしかない。


「来い、オーク。この僕が相手をしてやる!!!」

「ウォォォォォ!!!!!!」


 父さん、母さん。

 僕はこれからする選択に後悔をしていない。


 これが僕の人生のターニングポイント。

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