第6話
鬼の妖怪であった。
酒造の近くに住む妖怪である。
人間の歩き方を知らないらしい。
残虐性と非情性を併せ持つ妖怪で、その上孤独感や虚無感が強い妖怪でもあった。
収入の面では、問題ないが、初美の母親はいつも孤独を抱えていた。
その心に妖怪は棲みついたのだろうと、橋本は推測する。
自分の孤独を埋めるためなら、娘を殴ることもいとわなかった。
妖怪は沙希と一つになろうとしていた。
つまり、沙希を喰らうということであった。
橋本は妖刀・紅桜を取り出した。
妖怪は部屋の中を縦横無尽に走った。
時速30㎞であった。
壁に張り付いたり、天井に張り付いたりと、奇妙であった。
「があああああ....がああああ....」
鬼は泣いていた。
顔は、赤く染まっていた。
赤黒いと言った方が正確かもしれない。
髪の毛はぼさぼさで振り乱していた。
初美が叫んだ。
「お願い!お母さんを殺さないで!助けて!!」
橋本は、殺すことを覚悟していた。
それを決めるのに10秒もかからなかった。
「何をやってるんだ...俺は...」
橋本は妖刀をしまった。
そして、天井にいる鬼と向かい合うように、橋本は仰向けに寝た。
そこを妖怪は襲ってきた。
橋本は手と足の指で、妖怪の四足を掴んだ。
そのあと、巴投げをした。
妖怪は壁に背中を打ち付けた。
妖怪の口から黒い煙が出てきた。
橋本は、台所に走り、妖怪に箱を向けると、その中に吸い込まれていった。
橋本は外に出てから結界を離した。
初美は母親に駆け寄った。
母親は気を失っていた。
人間にはこなせない技の連続で、脳がオーバーヒートしているのであろう。
そのころ橋本は、西川にあることを尋ねられていた。
「妖怪はどうなったんですか?」
「無事祓われました。あとは、寺の者が巡回すれば、しばらくは...」
「ありがとうございます...でも、あのとき、刀出していませんでした?なぜしまったんですか?」
「あれを使えば、妖怪は祓えますが、初美さんの母親も傷つけてしまいます...」
「何で、それを出したんですか?出す必要が...」
「分かりません。おそらく、私も...」
西川は恐怖したが....
お礼を言って去った。
母親は入院した後、アルコール中毒者として治療を受けることになった。
父親の同意も得られ、姉からの協力も得られたようだ。
アルコール中毒は患者一人の問題ではないのだ。
育ってきた環境や今あるストレスなどが複雑に絡み合い、その結果引き起こされてしまうのであった。
酒を無理やり禁止にしても、根本問題が解決しなければ、何も状況は変わらないのであった。
もしかしたら、これよりひどいことになるかもしれない。
「理解」には、時間はかかるかもしれないが、それでも一歩一歩家族で協力していくしかないのであった。
そうでないと、また、心に隙間から妖怪が取りつくかもしれない。
妖怪との対話の機会を与えてしまうかもしれないのだった。
橋本は寺に帰る途中とある男と会った。
謎の筋肉質の黒人であった。
「橋本さん。見てましたよ。あなたが妖刀を出すところを...」
「あなたは、一体何者なんですか...」
「大分取り乱しておられますね...いいですよ。そのまま、何も知らないままいてください。何れ分かる時が来ますから...」
黒人は夜の街に白い歯を見せて笑って去っていった。
橋本は自分の中にある狂気に気づかないでいた。
「一体...何が起こってるんだ...」
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