第39話 偽カノをNTRする兄貴

[雄司くん、助けて!]


 突然律香先輩からメッセージが届いた。いつ以来だろうか? 少なくとも律香先輩が兄貴と付き合いだしてからめっきり減っていた。


 何故兄貴でなく俺なのか?


 ふとそんな疑問が頭の中を過ったが、あの律香先輩が俺に助けを求めるなんて、重大な危機が起こっているに違いない。


[先輩、今どこですか?]

[市立中央病院にいるわ]

[すぐ行きます]


 

 病院の受付で律香先輩の名前を告げると病室を教えてくれた。廊下を走り出したくなる衝動を抑えて、早足で病棟の廊下を急いだ。


 教えられた病室に着くとネームプレートに雛森律香と掲げられていた。


「律香先輩!」

「雄司くん」


 カーテンの奥には律香先輩がいた。リクライニングベッドを最大限に起こして、先輩は座っていた。


 助けて、との連絡だったので何か危機的状況なのかと慌ててが先輩の様子を見る限り、今すぐに命に危険が迫っている訳ではなさそうだ。


 むしろ落ち着いるように見える。


「こうやって雄司くんと話すのもいつ以来かしら?」

「二人きりで話すのは律香先輩が卒業して以来です」


「ふふっ、そうね。もうそんなに時が過ぎてしまったのね。雄司くんはあのときよりも逞しくなってるね。誰か好きな子でもできたのかしら?」


 律香先輩は病室に入る微風に長い髪を棚引かせながら、いたずらっ子のように微笑んだ。


 俺は分かっている癖に、と言いかけたがどこか人を食ったような先輩に通じないと思い、本音をぶつけることにした。


 遅過ぎた本音だけども……。


「俺は高校生になったら、先輩に告白しようと思ってました」


 先輩は驚くことなく答える。


「うん」


 全く表情を変えることのないポーカーフェイス。


 やっぱりこの人はすべて分かっていて、俺と雛森に兄貴と交際することを伝えていたんだ……。


「もし俺が兄貴より先に先輩に告っていたら、OKしてもらえました?」

「うん、たぶん付き合っていたと思う」


 えっ? 


 今先輩が何て言ったのか、聞き返したくなる。俺は律香先輩の卒業式で彼女に告白していたら、付き合えていた?


 自分に自信がなくて、諦めていたのに……。


 自分の馬鹿さ加減が嫌になる。


 ただ勇気を出して当たって砕けていたら良かったのに。


 告れなかったことに後悔を覚えていた俺に律香先輩は意外な言葉を掛けてきた。


「だけどすぐ別れると思う」

「兄貴だと長く付き合えて、俺だとなんで……」


「理由はとても簡単よ。キミは私の理想的なところしか観てないから……。それは私のただの表面。キミが私の中身を知ったら必ず幻滅すると思うの……」


「俺は先輩に幻滅なんて……しないと思う。先輩は俺の憧れでいつも輝いていて、まるで聖女みたいな……」


「うん、そういうのがもうたくさんなの。みんなそういうところだけしか見ない。でも私もみんなに合わせて、演技する……。そんな私がどんどん嫌いになって……」


 律香先輩は俺に見せたことのない仕草を見せる。小さな子が癇癪を起こしたように美しい黒髪を振り乱して頭を抱えていた。


「律香先輩!? 落ち着いてください! ナースコールが必要なら……」


 俺が枕脇にあったスイッチに触れようとすると手首を掴まれ、制止された。先輩はサイドテーブルに飾ってあった雛森の写真を見て心を落ち着けているようだった。


「私と違って陽華はいい子よ。なにより裏表がないの。陽香は私の太陽、私の理想、私の心の支え。あんな心も身体も綺麗な子は知らないわ。キミだって、律華のことが気になるんでしょ?」


 俺は中学の頃のことがフラッシュバックする。俺は律香先輩のことが気になり、先輩のことしか見ていなかったが、先輩はスマホの画面を俺に見せ妹の良さを熱弁していたことを……。


 そのときの律香先輩のはいつにも増して、キラキラと輝いていたような気がする。


「雛森とは付き合ってるというか、なんというか『れんしゅう』というか……」


 律香先輩にはとても言えないが報われない想いと性欲をぶつけ合う関係になりつつあるが……。


「ふ~ん、律華とはそういう関係だったの? その割りにキミは私といた頃よりもずっとずっと幸せそうな顔をしてるけどね」

「俺がですか?」

「うん!」


「有り得ないですって! 俺が好きなのは今でも先ぱ……」

「それ以上は言わないで! それ以上言ったら……私はキミを軽蔑すると思う。私の大事な妹を、陽華を……弄んだことを……」


「あ、いや、俺と陽華は……」


 まだ律香先輩とは脈がある、そう思い対話を続けようとした矢先のことだった。


 病室にも拘らず、電源を切り忘れていたスマホがけたたましい音を立てて鳴っていた。律香先輩の相部屋の患者から白い目で見られつつ、病室から廊下に出て、応答ボタンを押した。


 相手は雛森だった。


 いつもはメッセージでやり取りするのに何故電話なのか分からなかったが出た途端に理由が分かる。


「助けて! 雄司くんっ!」

「雛森っ!?」

「あっ! 返して! 返してください、秀一さんっ」


「なにしてるの? ボクのことが好きなんじゃないの? なんで雄司に電話してのさ!」

「兄貴!?」


 兄貴と雛森が何で一緒に!?


 いやでも雛森は兄貴と一緒にいるなら……だけど雛森の声からして、とてもいい雰囲気じゃないことに胸騒ぎを覚えた。


「行ってあげて、雄司くん! じゃないと陽香は……」


 律香先輩がふらふらとした足取りで廊下まで出てきて俺に告げていた。


 俺はなにか胸騒ぎがして、気づいたら千載一遇のチャンスをほっぽりだして先輩の病室を後にしてしまっていた。


―――――――――あとがき――――――――――

このままだと陽香たんが兄貴にやられ千葉ぁ!

あと5話以内には終わるかと思うのでもう少しだけお付き合いくださいますとありがたいです。

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