死なない二人

御愛

いつちのっかなー

 彼はまた、ピンクのガラスがはまった黒縁メガネに吐息を漏らして僕を見た。


 彼の視線に晒されると、どうしようもなく身体が熱くなるし、その手に触れられただけで肌が沸騰して、白く赤く色が変わる。


「先輩が俺と普段一緒に居る時、何を考えてるんですか?」


「……エロいこと?」


「それだけですか?」


 彼の真剣な瞳は今や僕の体の隅々まで眺め終わっており、後は互いの視線を重なるだけとなって、僕はピンクがかった彼の水晶を、控えさせた自前の瞳で覗き込む。


「やっぱり、エロいこと」


 そうですか、と彼が一言言ってから、ピンクのメガネは熱のある吐息を溶かして露と変えた。


 彼の体温が上がる。目に見える蜃気楼の奥に、彼は濡らした肌を惜しげもなく晒していた。滴る汗の棲家はめぐりめぐって、彼の鎖骨あたりに溜まり始める。


 自分の体温よりも、うんと高い灼熱が自分の中に入ってきて、あぁ、彼はちゃんと僕で良いんだな、と安心してから、あぁ、僕はこれから死んでしまうんだな、と思った。



 僕が今から話すことは、二人だけの秘密だった。


 その筈だったものだった。


 

 脈拍、鼓動、巡る神経の数々、誰かと一緒になるっていう幸せはもう、ここが人生の終着点と思えるほどに充実していて、暖かくて、熱くて、燃えるように淫らだった。


 狂ったように、っていう言葉は、発狂しながら全裸でサンバを踊るみたいな、そんな激しいものではなくて、もっと静かな行為にこそ当てはまるものなのだと知った。


 彼は一心不乱に僕だけを見ていた。


 僕は彼を一部俯瞰するように、自らの体を与えていた。


 燃えるような彼の激情は僕へと瞬く間に延焼し、やがて僕も彼に合わせて一緒に火中へと飛び込んだ。


 苦しさは無い。切なさはある。一緒に燃えていると、やがて大きな大きな期待感の山にぶつかった。


 こいつを燃やしたらどうなる、どうなる。


 そんな木々の生い茂った大きな山。


 僕と彼は無言で目を合わせて、その山を一緒に燃やした。山火事は偏西風に飲まれ火災旋風となって地上へと降りてくる。


 未曾有の大災害は、とんでもない快楽に染まっていた。


「……ねぇ」


「なんですか」


「僕達ってさ、付き合ってるよね」


「そのつもりでしたけど、違うんですか?」


「んーん、別に」


 やがて炎は鎮火され、濡れた現場だけが残る。熱気に炙られた水蒸気の、その成れの果てだった。


 彼のしっとりと吸い付くような肌には、幼さ故の柔らかな感触があった。


「話したこと、覚えてますか?」


「一緒に自殺しようって話?いいよ、別に」


「別に……って、本当に良いんですか?」


「良いの、別に」


 下着と短パンだけ履いて、そこをペチペチ叩くと、彼は猫みたいに、ゴロンと回転して頭を預けた。


 ゆったりと流れる時間。ピロートークは弾まなくていい。彼も僕も、互いを想う気持ちは分かりきっているし、本当に口に出して言う言葉なんて、ごく少なくてもそれで足りてしまうから。


 彼は視線をぼんやりと、眠そうに彷徨わせて、ボソボソ口を開く。


「僕、セックス下手でしょ、先輩」


「んーん、別に」


「その、別にっていうの、何なんですか?良い寄りの別に、なんですか?」


「別に、曖昧な感じ」


「じゃあ、悪いって事じゃないですか」


 別に、君と居られるなら、どちゃくそ下手なセックスだって、幾らか楽しいアトラクションになる。


 だから、下手でも、別に。


「じゃあ、僕が抱こうか?」


「……抱いてくれるんですか?」


「うそうそ、じょーだん。またちょっと教えてあげるから、練習すれば良いよ」


「先輩、俺を抱くのは嫌なんですか?」


 嫌じゃないよ。ただ、合わないなって思ってる。僕が君を抱いたら、じゃあそれで良いじゃんみたいな関係になっちゃいそうで。


「僕は抱いて欲しいの」


 笑顔でキスをすると、彼はピンクのメガネから透ける眦を緩めて、ちゃんと応じてくれる。

 

 本当に、幸せ。



「じゃあ、いつ死のっか」


「先輩、やっぱり」


「辞めたい?自殺。それでも良いよ」


「……いや、やります。俺から言いましたし」


 場所はこの僕の部屋。時刻は明日の零時。


 流石に彼とのセックスが、今日で最後なのは嫌だったから。明日は丸一日大学の講義をサボって、二人で色々やろうって事になった。


 彼はここに泊まるって言い出したから、それからそのまま寝たくなくなって、二時間後再び僕らはシャワーを浴びた。

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