V《ヴィ》・3
川田は藤田を背に、複数の研究棟を繋ぐ廊下を渡って発電所兼研究施設――『龍穴研究開発』・京都伏見支部――の中心部に辿り着く。真っ白な壁と真っ白な床でできたその部屋は一見すると広めの会議室のようだが、その中央には分厚い円筒のガラスに覆われたタービンが設置されていた。タービンは一分間におよそ三千回転しており、本来なら騒音が鳴り響いても良さそうだが、特殊なガラスが音を防いでいるのだ。タービンを取り囲むように二百近くのブースが設置され、そのブースは『発電室』と呼ばれている。ブースにはそれぞれ
「Vさん、下ろしますよ」
ブースはただ間仕切りされているものではなく簡易的な扉も設置されているため、部屋といっても差し支えなかった。扉が開け放されているブースは空室を表しており、二十四時間をシフト制で巫子が交互に出入りを繰り返す。その一室に川田は藤田を運び込み、床へ優しく横たわらせた。
中心部に辿りついた瞬間からほんのわずかに温かい液体のような何かが臓腑へ入り込むのを感じていたが、床に体を接触させた途端、その感覚は急速に増幅し、藤田は自身の気力や体力が回復していくのを実感する。
龍穴とはすべてに通ずるエネルギーだ。どんな人間、どんな生物にも大なり小なりそのエネルギーは蓄えられている。しかし、藤田幸はその中でも特殊な存在だった。
川田と藤田が勢いよく飛び出していった後、研究室に残された西宮はデスクの上で頭を抱えて「はあ……」と大きく溜め息を漏らしていた。
黄前はそれもいつもの光景だと思い、紅茶をもう一度啜る。そしていつもと同じように口を開く。
「――今回も失敗でしたね」
「言われんでもわかってるわ……うっさいなあ」
「まあ、そんなにカリカリせず……徐々に龍穴の分離自体は出来始めている。理想形とまではいかなくてもVの進歩自体は評価しても良いのでは」
「Vくんは……よく頑張ってくれてる。でもそんなん、上には関係ない話や……上層部は細々とした成果ではなく、目を見張るような開発を望んでる。さもなければ文字通り、私『ら』の首が切られる可能性も……」
西宮の目は藤田へ向けていたものとは異なり、明らかに疲労で病んでいるように見えた。それは藤田や川田には見せない表情だ。黄前はこの女室長が彼らの前では必要以上に気丈に振る舞っていることを知っていた。その上で言葉を選択し、発する。
「そもそも龍穴を地から離すという考えが間違っているのでは? 室長を含めて研究者方はそれを望んでいるんでしょうけど……現実味がない。実用性がない。元々技術屋だった俺から見て、この試みは不可能とは言い切れなくても……完全分離は限りなく不可能に近いと判断しています」
「……黄前くん、君のようにタービンを動かせるテレキネシス使いが龍穴の分離を不可能と言わないのなら……やってみる価値はある。そもそも巫子という技術屋が龍穴とタービンの間に介入している事実こそ、龍穴を地から離す可能性の示唆となっている。そして、そのためにあの子は生かされてるんや――やってみる、やないな……やるしかない。さもなくば死あるのみ」
誰の死とは明言しないが、境遇を考えれば藤田の処分であることは明白であった。藤田幸は幼少期より龍穴研究開発に飼われた存在であった。
「約二十年前の龍穴暴発事故に可能性を見出した研究者は今はおらず、あなただけが成果も見えない研究を継続している。社内闘争に加われているんですか? 来年度の予算もこの調子だと微妙でしょう」
「黄前くん、君の言いたいことはわかってる――私が何の方策も打っていないと、そう言いたいんやろ」
「……そんな、室長が間抜けみたいな言い方はしていないでしょう」
「おい、誰が間抜けやねん」
黄前の配慮を欠いた物言いに、西宮は思わずデスクを拳で叩いた。
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