1話
薄暗い森の中、夜風が冷たく吹き抜ける。女はタバコを踏み潰して火を消すと、静かに呼吸を整えながら、目の前の巨大な影を睨んでいた。その影は、まるで闇そのもののように黒く、鋭い牙と血走った目を光らせている。
「元の飼い主を探して彷徨い続ける三つ首の番犬……ケルベロスか。で、依頼はこのデカ犬の心臓……」
女の顔が少しこわばった。ケルベロスは、ただの魔獣ではない。その心臓を食した者は永遠の命を得ると言われている。しかし、その奇食伝説以前にそもそもが神話に語り継がれる存在であり、ひとたび噛みつかれれば魂ごと引きずり抜かれるという。
それほどいわくつきの魔獣に対し、危険を冒して手に入れたとしても、自身が食べるつもりはない。女にとって、重要なのはその心臓が高値で売れるという事実だけ。永遠の命など毛ほども興味はない。ただ狩って、売る。それが、奇食ハンターの仕事。
「……いつも通り狩る。ただそれだけだ」
女はそう呟くと、腰にぶら下げた剣を引き抜いた。その刃は、ダイヤモンドさえ噛み砕くとされる古竜の牙から作られている。女はじっと構え、ケルベロスの動きを観察していた。悍ましい三つの頭がそれぞれ異なる動きを見せ、どのタイミングで襲いかかるかを図りかねている。
その時、ケルベロスが低く唸り声を上げた。鼓膜がビリビリと痺れる。大地は震え、木々がなびいている。次の瞬間、三つの首が同時に女へ向けて襲いかかった。鋭い牙が女の周囲を取り囲む。が、彼女の俊敏性はケルベロスのそれを遥かに上回っていた。素早く後ろに飛び退ると、低い姿勢で地面を踏み込み、その勢いのままケルベロスの首を二本切り落とした。
ケルベロスが苦しみの入り混じった叫びを上げている。
「あと一つ」
女は血しぶきを浴びた顔でニヤリと笑いながら、ケルベロスの残りの頭を狙い、再び剣を構えた。ケルベロスは一瞬ひるんだが、再び猛攻を仕掛けてくる。しかし、女の動きは軽やかで、まるでケルベロスの攻撃をすべて見切っているかのようだった。
徐々にケルベロスの動きが鈍くなる中で、女は口に含んでいた返り血を吹きかけ、いまだ獰猛な敵の視界を遮った。それによって生じた一瞬の隙を女は見逃さなかった。およそ通常の人間には不可能な跳躍力で飛び上がると、ケルベロス頭上の死角から剣を振り下ろした。
女の剣がケルベロスの最後の首を切り落とした。
その巨大な体が地面に倒れ込むと、女は静かに近づき、ナイフを突き刺した。心臓を抉り出すと、彼女は血の滴るそれをじっと見つめた。
「これが、永遠の命……か」
女は心臓を袋に詰め込み、振り返らずにその場を後にした。彼女には次の依頼が待っている。奇食ハンターの日常には果てしない冒険と死が隣り合わせだ。しかし、それでも彼女は狩り続ける。金さえ積めば、彼女はどこへだって狩りに向かう。それがたとえ、地獄だろうと……。
その日、森の静寂を破ったのは、女が狩った獣の最後の息吹だけだった。
……初代皇帝没後千年が経った今現在、奇食ハンターとして名を馳せる者たちの中でも、ひと際異彩を放つ女がいる。
その名を『キリ』
彼女が求めるのは、大金…………そして、初代皇帝ですら味わったことのない『禁断の奇食』であった。
奇食ハンター『キリ』〜禁断の食材を求めて さや @SAYA_SAYA_SAYA
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