第12話

 宿を出て少し行ったところで立ち止まって待っていてくれたケニーに小走りで近付けば「行くぞ」とどこか怒っているような声で言って歩き出した。


「怒ってるの?」

「いや」

「でも、あんまり機嫌よくなさそう」


 私なにかした? と問うベロニカにケニーはばつが悪そうに頭を掻いた。


「ごめん。ニカは全然悪くなくて。なんか、俺とニカの関係について、ベラさんとロドリゴさんから勘違いされてるな、って思ったら、ちょっと……」

「勘違い?」

「多分、俺たちのことただの幼馴染じゃないと思ってる」


 はて?

 首を傾げたベロニカは考える。

 自分たちが普通の幼馴染でないというのなら、一体どんな言葉が付随するのだろう。実際のところ、遠縁ではあっても親戚、かつ、雇い主のところのお嬢様と使用人という関係なので幼馴染と表現して良いのかどうかという問題はあるが、しかし幼い頃からずっと一緒に育ってきたのは事実なのだ。それを、世の中では幼馴染というのではなかったのだろうか。

 ちょっと考えてみたのだが、どう勘違いされているのかよくわからない。


「普通じゃない幼馴染ってなによ。婚約者とか? あはは! ないない、そんなのないわよ」


 私とケニーよ? と笑い飛ばすベロニカに真顔を向けてきた彼は「ですよね」と言って顔を正面に戻した。


 まだ朝というのに近い時間帯なのに、ギルドの中は人でいっぱいだった。活気あふれる様子に、ベロニカはまた瞳を輝かせる。クエストを終了させて報告に来ているらしきパーティがテーブルの上にごろりとモンスターの素材を並べている。


「ねえケニー、ああいうの、ああいうのってすごく冒険者っぽくない?!」

「近い」


 ベロニカにだって、こうやってはしゃいでいるのが金持ちが道楽で冒険者をやろうとしているように見えてしまうのでは? という意識くらいはある。しかし、今までとはまったく違う景色を前にして、興奮が抑えられない。だから、ケニーにだけ伝えようと彼の耳に顔を寄せて囁いたのに。


「ほら、クエスト見に来たんだろ。新しい依頼が張り出されるのは、朝と夕方。今の時間帯はクエスト受注しようとしてる連中もたくさん来るんだ。ガラの悪いのもいるから、俺の側にいて」

「うん」


 ケニーにくっついてクエストの張り出されているボードの近くまで行ってみたものの、人が多くてちゃんと見ることが出来ない。背伸びしたり小さく跳ねたりしてみたが、全然見えない。


「見えないわ」

「そっちは、モンスター討伐のとかだからまだ早いって」

「そうなの?」

「素材採取はこっち。最初から高望みしちゃダメ」


 ボードは4か所ほどに分かれていて、1つは採取クエスト、1つはモンスター討伐、それからダンジョン攻略の依頼、そしてパーティメンバー募集もあるようだった。


「ダンジョンは、危険だからよほどじゃないとソロじゃ入場が許可されないし、許可証なく入ったらペナルティが課される。要項には探索するのに必要な職やスキルも書かれてるから、条件を満たしてないと受注できない。だから、固定パーティでも人が足りなければ臨時でメンバーを募集したりもする」

「そういうものなのね」

「で、今俺たちが見るのはここ」


 他のボードに比べれば小さなそこには、いくつもの手書きのチラシが張ってあった。依頼主が直接書いているもので、条件などもそれぞれなのだという。


「簡単なのは、まあ薬草採取かな。常に必要になるから常に募集があるはずだから――あ、あったあった」

「薬草を袋3つ分、これね?」

「群生地さえ見つけられれば、1時間もかからずに終えられる」


 そこに書かれている報酬が高いか低いかはわからないけれど、そこに拘りのないベロニカは頷く。


「じゃあ、自分で受注してきてみて」

「わ、わかったわ」


 ベロニカは緊張しながらクエストの受注カウンター列の最後尾につく。前には3組ほどが並んでいた。それぞれが手に受注したいチラシを持っている。

 ベロニカはボードから剥がしてきたそれを眺める。文字は少し丸みがあって、依頼者はマリアと書かれているから女性なのだろう。

 ――薬師さんかしらね。可愛らしい文字だし、若い子かも。この子も駆け出しだったりしたら、何度も依頼を受けたりしているうちにお友達になったりできるのかしら。

 そういう、職人職の友人がいるというのも、いかにも冒険者っぽい。考えるだけでわくわくしてくる。いろいろ想像を馳せているうちにベロニカの順番になる。


「次の方どうぞ」

「あっ、はい!」


 手を上げている職員の前に立ち、チラシを置く。


「では、冒険者タグをこちらにお願いします」

「タグ、えっと」


 臨時で革紐に通して首から下げていた薄緑色のタグを取り出す。職員に指定された薄い素クリスタルのようなボードの上に置けば、ほわっと光った。


「はじめての依頼なんですね。多分、この依頼でしたら危険はないでしょうし、初心者向けの素材採取場所については、登録時にお渡しした冊子に書いてあるので迷いことはないと思いますが」


 ――しまった。全然見てなかったわ。

 昨日は結局なにもしないまま寝てしまった。冊子など、受け取ったきり表紙を開いてもいない。端から端まで目を通しておくべきだった、と反省するベロニカは挙動不審になる。


「おひとりで受けられますか?」

「いえ、あの、えと、ひとりじゃなくて、その、友人……と」


 なるほど、と頷いた職員が、なにかをクリスタルのボードに打ち込む。


「その方は一緒に来ていらっしゃいますか?」

「あ、えと、あっちに」


 壁際に立っているケニーを指せば「ケニーさんですか?」と驚いたように反応される。


「ええ、ケニーと一緒に行くつもりです」

「ならば、危険なことはないですね」


 にこりと微笑んだ職員は続けて質問してくる。


「ケニーさんは、パーティメンバーですか? それとも指導係ですか?」

「え?」

「つまりパーティメンバー扱いだと報酬はその人と山分けになります。しかし、初心者には指導係として上位ランクの冒険者が付き添いで同行することも出来ます。その場合は、報酬は受注者に全部入り、指導料はそれぞれの間で交渉していただく、ということになるのですが……」


 ケニーからなにも聞いていなかったベロニカは狼狽える。

 狼狽えた挙句に


「ケニー! ちょっと来てちょうだいっ」


 大声で彼を呼んでしまった。良く通るベロニカの声に、数名が振り返る。そしてその視線は、慌てたように早足でベロニカの元へ向かうケニーに突き刺さった。


「ちょっと、なに大声出してるんだ。目立つだろう」

「だって、ケニーはパーティメンバーなのか指導係なのかって聞かれて、私、なんにも聞いてなかったから」


 教えてくれていなかったあなたが悪いとでも言いたげなベロニカに大きな溜息を吐いたケニーは、また頭を掻いた。


「そんなの、ニカの好きなようにすれば良いじゃないか。パーティにするなら、俺も採取するし、指導係なら採取は1人でやることになる、それだけの差だぞ」


 それだけ、と言われてもベロニカにはよくわからない。


「一緒にいてよ」

「だから、一緒にはいるって……ああもう、すみません、じゃあパーティでお願いします」


 ケニーは自分の冒険者タグを職員に手渡した。職員はケニーのタグも合わせてボードの上において、なにかを入力してから2人に返した。


「では、登録しました。受注完了です。クエストの有効期間は5日です。5日以内に依頼者の元へ納品してください」

「これは、開始前に依頼人に会わなきゃいけない類のだよな」

「指定の袋3つ分ということですので、そうですね。依頼人から袋を受け取ってから出発なさってください」


 ありがとう、とケニーはさっさとギルドを出ていこうとする。どうしてそんなに急いでいるのか疑問に思ったベロニカだったが、入り口前に立っている人を見て舌打ちしたケニーの様子に「なるほどそういう理由だったのね」小さく呟いた。

 そこには、周囲に女子を侍らせたエルが爽やかな笑顔を振りまいていた。

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