お互い様

見鳥望/greed green

「ちょっとちょっとあなた」


 最初自分が呼びかけられているとは思わず声を無視していると、全く同じ調子で声を掛けられ二度目にしてようやく自分が呼び掛けられている事に気付き振り向いた所で後悔した。


「私が助けてあげるから。ね。悪い事言わないから」

 

 勝手に話を進めようとする質の悪い人の好さそうな笑顔を浮かべたおばさんがうんうんと頷きながら喋り続けた。


「大変でしょうねそんなものずっと背負ってたら。私がね、ちゃんと楽にしてあげるから」


 そう言っておばさんは私の手を両手で握り込んだ。かさついた余計な手触りだけならともかく、仰々しく触れてきた理由が自分の掌の上に乗せられた異物の感触だと分かった瞬間うんざりを通り越して笑いそうになった。


「ちゃんとお祓いしてあげるから」


 言い残して立ち去る背中を見もせず、掌に残された名刺に視線を落とす。


“神島事務所代表 神島櫛名田(かしまくしなだ)”


「かはっ」


 今度こそ笑い声が盛大に漏れた。 







「来てくれると思ったわ」


 出会った時と同じ柔和で慈愛に満ちてると言わんばかりの虫唾の走る笑顔で迎えられた。事務所とあるからどんな立派な所かと思ったが、ただのマンションの一室だった。


「どうぞどうぞ。あ、お茶が良い? コーヒーが良い?」


 近所のババア友達か私はと思いながらも「じゃあお茶で」と答えた。

 事務所感の欠片もないリビングのテーブルに座らされる。対面に腰掛けた彼女はもしや筋肉が固定されているのかと思う程笑顔のままだった。 


「変わらずずっと背負ってるみたいね」


 うんうんと櫛名田はおもちゃのように首を小刻みに縦に振る。

 

「びっくりしてね、思わず声掛けちゃったわよ」

 

 ほほほと何が面白いのか鳥のような笑い声を上げた。


「大丈夫、私本物だから」


 そこから櫛名田はだらだらだらだらと自身の人生と能力と実績を垂れ流した。片隅程度にも聞く気はなかったので左耳から右耳へと流れるように抜けていったが、簡単に言えば自分には女神がついており、人を助ける事が使命だとかそんな感じだった。


「ねえ、聞いてる?」

「聞いてませんよ」


 数分で飽きて手元のスマホでゲームをしているとさすがにバレてしまった。


「いけませんね。全てそれの影響か」


 分かったような口振りで彼女が何か言っている内にクソみたいなスコアが画面に表示される。間違いなく目の前のババアの影響だ。


「あなた、どれぐらいその状態なの?」

「本物なら聞かなくても分かるでしょ?」

「そのままでいいわけないって、分かってるわよね?」

「本物なら聞かなくても分かるでしょ?」

「ねえ、私は真剣にあなたの事を思って言っているのよ?」

「本物なら聞かなくても分かるでしょ?」


 ちらっと見ると櫛名田の顔が困り笑顔に変わっていた。何だちゃんと表情筋はあるのか。


「離れなさい。あなたはずっとそこに居ていい存在ではありません」


 急にドスの効いた声で言葉を飛ばしてきたので思わず吹き出しそうになった。


「誰に喋ってんすか?」

「気にしなくていいのよ。ちゃんと私が導いてあげるから」


 ほんとめでたいなこの女。


「いい加減にしなさい! 早く彼女から離れなさい! いくら親しかったとしても愛してたとしても、あなたはもうそんな距離にいていい存在ではありません!」


 私の方を見ながら彼女はとうとう笑顔を消して鬼の形相で叫んだ。いや、正確には私ではなく私の後ろを見ている。


「何してるんですかねこの人?」

 

 私は後ろを振り返る。


「大丈夫よ。ちょっと首元が苦しいかもしれないけど、すぐに取れるからね」


 櫛名田が優しく私に語りかけた後、「去れ!」とまた大声を上げた。


「父親と言えどやって良い事と悪い事があるでしょ!」


 おやと思い櫛名田を見る。鼻息を荒くして何やら印を結ぶように指を立てている。漫画の読み過ぎだ。 

 

「ねえおばさん」

「なあに?」

「一つだけ謝る」

「謝る事なんて何もないわよ」

「いいえ。あんたの事信じてなかったから」

「大丈夫。そういうのは慣れてるわ」

「あんた、一応部分的には本物なんだね」

「部分的じゃなくて全て。最初からそう言っているじゃない」

「なんであんた達みたいな人ってさ、お節介で見栄っ張りで人の為とか言いながら自分の欲求満たすのに必死な感じなわけ?」

「人間だから否定しないわ。ただあなたの為を思っている気持ちも嘘ではない事は分かって」

「だったらもっと慎ましくやりなよ」

「今後の参考にするわ」

「いいよしなくて、無駄だから」

「無駄ではないわ。生きている限り何もかもが有益よ」

「それ自分の事分かってて言ってるの?」

「どういう意味かしら?」

「あんたら霊能者ってのは皆勘違いしてる」

「何を?」

「本当に凄いのはあんたらじゃない。あんたには何の力もない」


 私は櫛名田の後ろにいる三人の巫女の方を見た。彼女は女神と表現したが、本当に自分の事を分かっているのだろうか。


「なんでこんなおばさんに力貸すんだろ。ね、お父さん」


 私の首にずっとしがみついてた父の腕が解けていく。


「あなた……全て分かってたの?」


 櫛名田が驚愕の表情を見せる。瞬間ぶわっと勢いよく父は巫女達にとびかかる。腕や足を父はがむしゃらに千切り捨てていく。櫛名田以上に驚嘆の顔で引き裂かれていく姿は滑稽で愉快でたまらなかった。


「中途半端に本物ぶりやがって」


 椅子から立ち上がり入口の扉を開ける。

 死んでしまった父はまた私の首元にしがみつく。生きてた頃も死んでからも私達の関係性は歪みきっている。見えていようがいまいが誰にも理解されるものでないしされたくもない。

 私達はこうやって繋がってきた。そして今も繋がり続けている。誰にも邪魔される理由などない。

 

「こっちは好きでこうしてるのに。ね、お父さん?」


 自分の力が誰かを救うためにあるなどつけ上がりもいい所だ。人も見ずに手だけ差し伸べる。結局自分を満たすため、それしか考えてない。


 どうしてこいつらはいつもこうなんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お互い様 見鳥望/greed green @greedgreen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ