自由落下

日暮

自由落下

「絶叫系、好きなんですか」

 話しかけられた。

 ジェットコースターが頂点に向かって登りつめる、まさにその最中で。

「え、ええ………はい、まあ」

 隣から聞こえたそんな語りかけに対し、滲む戸惑いを隠そうともせずそう答えた。

「私もです。生きているって実感できていいですよね」

 不思議と若者なのか老人なのか、男なのか女なのか判別できない。

「私の兄、投身自殺で亡くなったんですよ」

 絶句した。

 ジェットコースターは止まる事なく登り続ける。

 頂点に辿り着いた後、どうなるのか。ここに乗っている誰もが知っている。

「兄が何を感じていたのか知りたくて、遊園地の絶叫系のマシンに乗ったり、バンジージャンプに挑戦したりしました。落ちていくその最中、何を感じるのか」

 冷や汗が伝う。

 ジェットコースターはゆっくり登り続ける。

 乗客の恐怖感とカタルシスを高めるためなのだろうけど、今は違う不気味さを孕んでいた。

「でも、止めました。落ちる。終わる。生きて終わる。落ちる。また生きて終わる。それを繰り返す内に、勘違いしそうだったので」

「勘違いって…何を………?」

 震える声で聞き返した。

 ジェットコースターは、もう今にも頂点へ辿り着こうとしている。

「人は落ちたら死ぬんだって事を」

 急降下。浮遊感。数秒味わう自由落下の模造。回転。引きずられ、また落ちる。

 水平に戻り、速度を落とす頃には、見慣れた場所へ戻っていた。ジェットコースターに乗り込んだ場所へと。

 係の人の声と共に周りの乗客から安堵の声が漏れ、皆一様に安全バーを上げて降りていく。

 隣を見た。

 誰も乗っていなかった。

 思い出した。

 私の隣は、最初から空だった。

 ジェットコースターの浮遊感を味わっていた時とは違う恐怖が背中を伝わる。

 しばらく頭にこびりついて離れそうにない。きっとこれから先も。

 生きている事を忘れさせてくれない恐怖だった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自由落下 日暮 @higure_012

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る