第38話 変なことはしないふも

「二人なら騎乗できそうではござらんか?」

「二人なら行けると思う。試してみないとだけど」

「でしたら、ヌタにはタヌキ型になってもらえば問題ないでござる」

「おお、いつでも変化できるんだな」

「然り。ダメージを受けた時のみ、しばらく人型には変化できないでござる」


 それなら問題なさそうだな。よおし、お出かけだあ。


 ◇◇◇

 

 二日後。俺たちは「うし」に乗り、コーガの里へ向け出立していた。

 コッズタウンから外に出るのって何年ぶりだろうか。久しぶりの旅にもうワクワクしっぱなしである。

 のっしのっしとうしが歩き、あっという間に街の姿が遠くなってきていた。


「うん、これなら平気そうだな」


 カエデと俺の二人を乗せしばらく様子を見ていたが走らせても大丈夫そうだ。

 そうそう、うしの徒歩は牛より断然速かった。見た目も鳴き声もそっくりなんだけど、移動速度だけ速いからちょっと気持ち悪い。

 馬くらいのスピードが出ていそうな……。

 

「うおおお!」

「きゃ!」

「ぽん?」


 俺、カエデ、タヌキの姿のヌタと驚きの声が重なる。反応がなかったのはキュウリを齧っているマーモだけだった。

 こいつとことん大物だな。同じパートナーであるヌタは驚いているから、彼にとってもこの事態は想定外だったはず。

 何がって?

 うしを走らせたらとんでもない速度だったんだよ!

 急加速に体が後ろに持って行かれそうになり慌てて首にしがみついた。同じく俺の後ろに乗るカエデも俺をぎゅっと抱きしめる。

 ヌタとマーモは俺の前なので俺が体で二人を支えた。

 うしの加速力は馬以上、スピードもこれが無理のない速度だとしたら馬より速い。

 しかし、見た目は牧場にいるのんびりした乳牛そのもの。


「やっぱおかしい、おかしいって」

『うもおおお』

「ちょ、まだ速度アップできんのかよ。今の速度でいい、落ちる」

『うも』


 分かればいいんだとばかりに走る速度が元に戻った。


「カエデ、一旦うしにとまってもらうから、前と後ろを交代しよう、道案内を頼む」

「承知でござる。しかし、某の手綱でうし殿は動いてくれるのでござろうか?」

「問題ないよな?」

『うもお』

 

 「問題ない」とうしが鳴いたから問題ないはず。

 彼女がうしに指示を出すようになっても、うしは指示通りに動き順調に進むことができた。

 半日も進むころには道なき道を進むようになるが、うしは悪路などものともせず走る。

 馬で進むことが可能な場所ならうしでも可能なようだな。騎竜ほど悪路に強くはなさそうだけど、カエデ曰く馬で行くことができるみたいだから問題ない。

 疲れる様子もなく淀みなく進んでいるといつしか空が暗くなってきた。


「この辺で野営しようか」

「承知でござる」

「大岩か視界のよいところを探そう」

「間もなく野営用の広場があるでござる」


 ほうほう。コッズタウンからコーガの里は整備された道がないものの、ところどころに野営地の整備はしているんだな。こいつは助かる。

 深い森の中を進んでいたのだが、ぽっかりと小さな隙間が見えてきた。

 周囲の木が切り倒され、古びてはいるがまだまだ現役で使えそうな小屋まであるではないか。

 中は薪と暖炉、それに毛布に動物の毛皮まで置いてあった。


「使った分は補充していくのが決まりでござる」

「この小屋はコーガの里の人以外は使ってないのかな?」

「恐らく。行商人もコーガの里までは滅多に訪れることはござらん。訪れたとしてもコーガの里出身の行商人でござる」

「こうも深い森の中だと、行商するのも厳しいか」

「近くに他の村や里があれば商業人も商売になるのでしょうが、残念ながら、でござる」


 寒い季節でもないので、薪や暖炉を使う必要もない。

 せっかくの薪を煮炊きに使うのももったいないから、近くの乾燥した枝を集め煮炊きをすることにした。

 食材は集めずともマーモの箱に入れてきている。手荷物もないし、ほんとお手軽で良い感じだ。

 もっとも、箱の容量の半分は野菜と果物なんだけどな……。

 コーガの里で食糧を補充しないと帰りの分が不足することは確定である。

 

 パチパチと燃える枝の弾ける音が心地よい。燃える木の音を聞いていると安らぐのは俺だけじゃないはず。

 調理用具や鍋、食器、そして食材をマーモの箱から取り出し、ぐつぐつと鍋で食材を煮る。

 野外料理でもっとも簡単な鍋料理なら大した手間もかからず個人的にオススメだ。事前に具材を切っておいたので僅かな時間で調理が完了する。


「交代で警戒しよう、先にカエデから寝る?」

「いえ、ヌタに警戒してもらうでござる」

「任せるぽん。ヌタは寝なくても平気なんだぽん」


 人型に戻ったヌタが右手をあげてアピールした。


「寝ないと体力が回復しないぞ。朝からずっと起きていたわけだし」

「パートナーは眠る必要がなかったり、食べ物が必要なかったり、いろんな能力を持っているぽん」

「マーモは寝るし、食べるぞ。うしも寝る……ところは見ていないけど、草を食べる」

「モンスターがきたら起こすから寝てていいぽん」


 そこまで言うなら、俺も寝ることにしようか。明日の道中で眠たそうだったら、うしの首元で寝てもらえばいいだろう。


「お言葉に甘えるよ。ありがとう、ヌタ。カエデ、俺たちは一緒に寝ることにしよう」

「い、一緒……」

「また何か勘違いしているだろ。ヌタの目もあるし、変なことはしないから安心してくれ」

「そ、そうでござるな」


 全く俺を何だと思っているんだ。見境なく襲い掛かるように見えちゃうんだろうか?

 カエデがそう見えちゃったとしたら、俺とコーガの里に行こうなんて思わないってば。

 その後、小屋の毛皮を床に敷いて、毛布も借りて快適に夜を過ごすことができた。もちろん、カエデには指一本触れていないぞ。

 ちゃんとカエデとも距離をとっていた紳士ぶりである。その辺ぬかりはない。

 翌朝何故かカエデがぶすっとしていたが、コッズタウンと違って安心して眠ることができる状況じゃないから眠りが浅かったのかもしれん。

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