第34話 結婚より箱を開けるモ

『箱を開けるモ』

「そうだった……」


 ボスを倒したらまず最初にすることはマーモの箱を開けることだった。

 ここで食わせておかないとずっとうるさいから仕方ない、仕方ない。

 

 キュウリ続いてニンジンを齧るシャリシャリした音だけが聞こえる。

 いざカエデに事の時代を尋ねたら、沈黙タイムとなってしまった。小部屋の時にそのまま聞いといた方がよかったかもしれない。物事には勢いってもんがあるからさ。

 ボス討伐後のフロアはモンスターが出てこない。なので、マーモの箱から飲み物やらを出し、分け合っている。

 ダンジョンの床はひんやりして冷たいが、外と違って砂もなく座っても汚れることはないのが良い。モンスターも光の粒となって消えるから床は綺麗なままだもの。

 ゴクゴクと一息に水を飲み干すと、カエデも一口水を含み、重い口を開く。


「コーガの里で父上に会っていただきたいのは、婚姻の問題でこざる」

「け、結婚か……」

「其はまだ未熟な身故、婚姻は早過ぎると考えているでござるが、里の風習故……」

「それで俺に? 探索者センターで頼めば演技の上手い者を雇うこともできそうだけど」

「いえ、クラウディオ殿で無ければいけませぬ!」


 ガバッと立ち上がり、力説するカエデ。

 力が入り過ぎたと思ったのか頬を赤らめ、へなへなとその場にペタンと座る。


「結婚候補?は何か条件があるんだな」

「はい、其より強く、里の基準としても一人前な殿方が条件でござる」

「えー、それめっちゃハードル高いな。そもそも見つからなかったらどうなるの?」

「あと二年以内に発見できぬ場合は、里長か里長の親族の氏族と許嫁になるでござる……」

「そうなると、村からずっと出られなくなっちゃうか」


 予想が当たっていたようで、彼女が頷きを返す。

 俺が彼女以上の実力を持っているかと問われると微妙じゃないか?

 俺も彼女もソロで深層を進むことができる。彼女と本気で一対一の試合をしたら、十中八、九は彼女に軍配が上がるだろう。いやほぼ百パー彼女が勝つと思う。

 そもそもの反応速度が違いすぎるから、俺が何かする前に首元へ小刀を当てられ終了になるはず。


「外の不思議な台で踏破の巻物が出るでござる。それを見せれば父上も認めざるを得ないでござる」

「それでいいなら見せに行こうか」

「感謝です! このご恩は必ずや」

「大変な依頼じゃないから、そう構えなくてもいいって」


 190階の踏破の証を見せれば良いだけならお手軽だ。カエデと果し合いとかになるのかと思っていたが、これなら楽勝だぜ。

 騎竜に乗って彼女の故郷へのんびりと旅するのは悪くない。湯治ってのも楽しめるそうだし。


「いつ出立するかは外に出てから相談させて欲しい」

「是非に」


 さあて、話も済んだし、次は宝箱を探しながら進むとするか。


 ◇◇◇


 一階層につき宝箱一つ、かつ以前来た時の地図を頼りに進むとそれほどスピードダウンせずに探索ができた。

 モンスターについてはソロでもなんとかなっていた上に、当時の俺より強くなっていて、カエデたちもいる。

 つまりまあ、怪我をすることもなく進むことができているというわけだ。

 しかし、ハプニングがないわけではない。146階を探索していた時のこと――。


「ぐ、ぐぐ」


 巨大カエルと牛とクマを組み合わせたようなベヒーモスと呼ばれるモンスターと戦ったのだけど……カエルの吐き出した紫色の霧が厄介だった。

霧は回避しようもなく、俺たち全員を包み込む。効果は瞬時に現れ、カエデがくぐもった声を出し、その場で硬直し前向きに倒れ込むところを俺が支え座らせた。


「こいつは麻痺か? ヌタ頼む」

「任されたぽん」

「ヌタがレジストしてくれてよかったよ」

「レジストしてないぽん。ヌタには麻痺も睡眠も毒も効果がないぽん」

「そいつは心強い」


 ヌタと会話しつつもカエデの前に立つ。

 レジストとは麻痺のような状態異常を食らった時に無効化すること。頑張って何とかなるものではなく、食らっても平気なことがあるくらいの感覚かなあ。

 俺は麻痺耐性のスキルで麻痺に対しては必ずレジストできる。ヌタに至っては麻痺耐性より上位の麻痺無効を持っているらしい。

 さっきのカエルみたいに状態異常は躱しきれないこともある。

 そんな時、状態異常を無効化できる治療役がいるとどれだけ助かるか。

 パートナーってやつはほんと優秀だよ。いや、ヌタが優秀なんだよな。

 マーモットは鼻をひくひくさせ、ぼけーっとしておるわ。こいつも攻撃がすり抜けるから守る必要がなく、箱の力で荷物を持ち歩かなくて良いので中々なものなんだが、いかんせん食いしん坊過ぎて。


 カエデとヌタが動けないのでソロの時のように戦うか。


「スキル『フレイムウィップ』、そして、スキル『鳴動』」


 炎の鞭をベヒーモスへ、そのまま奴の元へ駆ける。ベヒーモスと同時に急襲を受けぬようカエルへ緑の刃を一発。

 あとはベヒーモスをファングで仕留めつつ、緑の刃でカエルを牽制し、一体一体倒した。


 複数に囲まれると厄介だから、牽制する手段は何かと便利だ。遠距離からバスバスやるのも悪くない。


「かたじけない」

「もう、元に戻った?」

「はい、ヌタの魔法で」

「すぐすぐぽん」


 こちらも何事もなくて良かったよ。

 ん、モンスターに隠れて見えなかったが壁に隙間があるな。


「お、小部屋があるな、入ってみようか」

「承知」


 小部屋の中は残念ながら何もなかった。

 そんなこんなで稀に状態異常で一時的にカエデとヌタが離脱することがあるものの、特に大きなトラブルもなく150階まで進む。

 道中で宝箱は2個発見しただけだったのが、少し残念なところ。どちらもマーモの「幸運」効果で罠はなかった。開ける時はちょっとばかしドキドキしたけどね。

 「幸運」の効果はマーモの腹具合次第で解除されてしまうもんだから、常に安心できないんだよね。

 宝箱の中身はお察しなものしかなかった……ので割愛する。

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