第3話 モンスタースキル

 行ける。逃げ回るだけなら。

 この後、「待ってました」と言わんばかりに同じ場所で別のマンティコアの個体と遭遇したのだが、奴と俺の走る速度は等速になっていた。

 スピード+++++とやらの実力をすぐに実感できたのだけど、話はこれで終わらない。

 スピードが増したからか、「目」も良くなっていてな。マンティコアの爪や蛇の尾をかいくぐって奴の腹に一撃入れることができたのだ。

 しかし……手持ちの片手剣では奴の皮膚を貫くどころか、粉々に砕けてしまった。ただの一発で。

 マンティコアの力を吸収した俺の筋力ならば、かすり傷程度なら打撃を与えることができるんじゃと踏んでいた。

 いくら俺の身体能力がマンティコアと互角の勝負をできるようになっていたとしても、店で一番安い片手剣じゃ力不足過ぎた模様。

 ならばと懐に忍ばせていた投げナイフで獅子の頭にある目を狙い撃ちした。見事、奴の目を潰すことができたまでは良かったが、怒り心頭でずっと俺を追いかけてくる始末。

 奴の攻撃を回避することもできるし、逃げることも問題ない。ずっと走っているってのに息があがることもない。

 しかし、奴を倒す手段がないと来たもんだ。

 宝箱の罠を利用するか、中から都合よく武器が出るか、上層階に逃げるか……。

 上層階に行けば行くほど敵も弱くなるから、本来だと上層階に行くこと一択である。だけど、俺は今何階層にいるのか分からないってのが、登るべきかこの階層で留まるのか迷う原因となっていた。

 今俺がいるダンジョン(迷宮と言われることもあるが)「ザ・ワン」は、原初のダンジョンと言われ何階層目まであるのか未だに不明。

 世界が誕生した時からあるとも語られる「ザ・ワン」は、ダンジョンの外の世界と大きく異なっている。

 モンスターが光となって消えることがその最たるものだ。

 確か現在の最深記録は150階には届いていなかったような。興味がなかったから記憶が曖昧だ。

 俺が問題視しているザ・ワンの特徴は、10階層ごとのボス部屋の存在である。

 行ったことがないけど、ボス部屋から撤退するには上層階の階段からしかできず、下の階へ行くにはボスを倒さなきゃならんらしい。

 俺は下から上へ登って行くルートを通るので、ボス部屋に入ったら、ボスの攻撃をかいくぐり上へ登らなきゃいけない。もしボスが上層行きの階段前に張り付いていていたら詰みだろ。下の階へ戻ることができないのだから。

 ブルーノは30階までのどこかに転移すると言っていた。もし俺が今21階にいたとしたら、一つ上は20階でボス部屋である。

 

「しかし、いい加減しつこいな……」


 しばらく追って捕まえられなかったら諦めないか? なんて執念深い奴なんだ。

 目を潰した俺が言うのもなんだが。

 行く先はT字路。右方向からモンスターの気配がする。

 後ろはマンティコア。

 ならば、左へ行くしかない。

 

 右の通路にいたのは、炎で包まれた虎のようなモンスターだった。名前は知らん。

 そいつは俺を見ると嬉々として追いかけてきた。

 ちょうどそこへマンティコアが差し掛かったが、奴らぶつかり合うどころか一緒になって俺を追ってきやがる!

 

「ちくしょう! あれだけ好戦的な奴らなのに結託するとは」


 敵を認識する何かがあるのか? ザ・ワンのモンスターは同じ穴の狢だから、お互いに敵ではないと感じとる能力を備えているのかもしれない。

 扉が付いた部屋があれば……。

 そう都合よく部屋があるわけもなく、右前方と更に距離が離れて左側に隙間があるところまで逃げてきた。

 右側に敵の気配はない。左は遠すぎてまだ分からん。

 吸収の効果で俺の感知能力があがってなければ、炎の虎に奇襲を受けていたところだ。身体能力の激変に意識が追いついていないけど、四の五言っている場合じゃねえ。

 慣れるしかない。

 

 走りながら、右手の隙間を目線だけ動かし確認する。部屋になっているが、宝箱はない。

 部屋の広さはギリギリ奴ら二匹が入るくらいだろうか。

 この部屋ならあいつらの動きを制限しながら、同士討ちを狙うこともできるかも?

 だが、俺の直感が告げていた。あの部屋はダメだと。

 壁に人の顔のような彫刻がなされていて、嫌な予感がビンビンくるんだよ。

 この部屋はスルーだ。

 

「うお」


 炎の虎から炎でできた鞭のようなものが飛んできた。ジャンプしてそれを躱すことができたが、右手の隙間に足先が引っかかり速度を落としてしまう。

 仕方ない。ここで迎え撃つしかないか。部屋の中に二匹とも誘い込み、逃走する。

 そうすればしばらく時間を稼ぐことができるだろう。

 

 部屋に踏み込んだ途端、人の顔をした彫刻の目から光の帯が発射された。

 ペタンと地面に体を張りつけ間一髪でそれを回避する。

 光の帯は俺を追ってきた炎の虎に突き刺さった。あ、あぶねえ。

 炎の虎は爆発するように粉々になった。幸いにも炎の虎を倒すことができたわけであるが、ゾッと背筋が寒くなる。

 人の顔は罠なのか彫刻型のモンスターなのか不明。動いて襲ってくるならモンスターで、動かないのなら罠だ。

 

『スピード++

 スタミナ+

 力+

 スキル「炎耐性」を獲得しました』 

 

 炎の虎が光に転じ、吸収スキルが発動した。

 彫刻が動く様子はない。

 となると、罠か。罠なら規則性がある。光の帯が発動する条件は部屋に誰かが侵入した時だけなのか、部屋に誰かがいたら発動し続けるのか。

 後者だと、次に光の帯を発射されたら伏せたままだと回避できねえ。

 早々に立ち去らねば。

 右脚に力を込め、低い姿勢で地を這うように跳躍し、部屋の外へ。

 俺を追って来ていたマンティコアと髪の毛一本ほどの距離ですれ違う。

 当たらずに済んだ。

 マンティコアはようやく追いついた憎き俺を踏みつけようと鋭い爪をもたげてくる。

 対する俺は拳を握りしめ体を捻って奴の後右脚を回避し、下から上へすくい上げるようにして奴の腹を叩いた。

 

 マンティコアの巨体が浮き、耳をつんざくような悲鳴があがる。

 こちらの拳は何ともない。

 信じられない。俺の力でこの巨体を浮き上がらせることができるなんて。

 考えるより先に体が動いていた。

 勢いをつけて踏み込み、奴の腹の下をかいくぐって反対側に回る。そこで方向転換し、全力で奴を蹴飛ばした。

 蹴られたマンティコアは浮き上がって、人の顔をした彫刻のある部屋へ飛び込んだ。

 光の帯が発射され、マンティコアが粉々に砕け散る。

 

『スピード+

 スタミナ+

 力+

 スキル「ファング」を獲得しました』  

 

 ファング? 何だろう。

 頭の中で「ファング」と念じたら、拳の先から鉄の爪のような爪が出てきた。格闘戦になるが、これなら敵を切り裂くこともできそうだ。


 ……。ッチ。確かめている暇もねえな。

 随分と良く聞こえる。いや、聞こえるようになった。壁の向こう、そう通路をひたひたと歩くモンスターの気配。

 マンティコアの歩幅ではない。恐らく炎の虎だ。床を爪で引っ掻く音がさっきまで追いかけっこをしていた奴にそっくりである。

 この部屋に誘い込んで光の帯で仕留めることもできるだろう。だが、ここは打って出る!

 通路に出た俺は右に体を捻り、左足で床を踏みしめた。体は浮き上がらず、臨戦態勢を取ることができた。

 敵はゆらゆら揺れる炎を全身に纏った虎型のモンスター。よし、予想通り。


「確かめてみるか」


 ぐぐぐっと足先に力を込め一直線に炎の虎へと向かう。奴の炎に手が届きそうな距離で右斜め前方へ方向転換し、駆け抜ける。

 俺の動きの変化についていけなかった炎の虎は棒立ちのまま、俺が通り過ぎるのを見ていることしかできなかった。

 触れた。確かに奴の炎へ。

 しかし、熱くない。スキル「炎耐性」……いいじゃないか。

 

 後ろを取った俺は飛び上がって天井に向け腰から捻って右腕を振り上げ、虎の背中へ向け拳を振り下ろす。


「スキル『ファング』」


 発声すると同時に拳の先から鉄の爪が現れ、虎の背を切り裂いた。

 着地し、今度は左で腹を下から上へ爪で引っ掻く。


『グギャアアアア』


 悲鳴をあげ、炎の虎は光と化した。

 

『スピード+

 スキル「フレイムウィップ」を獲得しました』

 

 ステータスの伸びが減ったな。虎とマンティコアそれぞれで吸収できる上限が決まってるってことか。

 恐らく、モンスターが強ければ強いほどステータスがあがるはず。

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