冷血令嬢は辺境で愛を知る

@noemi9

第1話 王命による婚姻

「ローザマリア。お前が辺境伯へ嫁げ。」


それは、ローザマリアが社交シーズンのため、領地から王都のタウンハウスに到着した翌日のこと。春の麗らかな日差しが差し込む、アーヴァイン侯爵邸での一言から始まった。



ローザマリアの父、ガーラン・アーヴァイン侯爵は宰相を務めている。いつも、朝早くから夜遅くまで王城に出かけてる父が、こんな昼間に屋敷にいるのは滅多に無いことだった。


久しぶりに王都に来た娘と顔を合わせることもなく、今日も今日とて、朝一番で王城に出かけたと思ったら、日の沈む前に帰って来て、家族全員を呼び出したのであった。


「遅いわよ。」


ローザマリアが部屋に入ると、どうやらローザマリア以外はすでに集まっていたようで、早速、義母の嫌味が飛んでくる。それに負けじと、隣に立っていた義母のアマーリエも声を上げる。


「まあ、お義姉様。帰っていらっしゃったのね。全く気づきませんでしたわ。相変わらず、不吉な髪色に、野暮ったいドレス…。もう少し侯爵家としての自覚を持ってくださらないと。私まで笑われてしまいますわ。」


義妹は、今日も自慢の金髪を派手に結い上げ、豪華な宝石とギラギラと煌めくドレスを纏いながら、息を吸うように毒を吐いた。ローザマリアは、ナウル国出身である母親譲りの黒髪と薄紫色の瞳をしており、物心がついた時から、家族で一人だけ違う容姿を、ずっと嘲笑われてきた。


いつものことだと黙って耐えていると、ふと義妹の隣に、もう一人、男性が立っていることに気づく。それは、遠縁の親戚であるエミリオであった。


彼は、いずれは婿として、ローザマリアと共に侯爵家を継ぐことになっていた。にも関わらず、義妹と仲睦まじそうに寄り添いながら、蔑むような目をローザマリアに向けている。


エミリオとは手紙のやり取りをしていたのだが、華やかな王都にいるエミリオにとって、領地にいるローザマリアの話は興味がないようで、段々と返信が来なくなり、今では疎遠になっていた。


それでも、幼少の頃の楽しい思い出と、淡い恋心を胸に一途に思い続けていたのだが、まさか会って早々にこのような目を向けられるとは思いもせず、ローザマリアは、ずきりと胸が痛むのを感じた。


「無駄話は後にしろ。」


鋭い瞳で義母たちを一瞥した侯爵は、話す時間が惜しいとばかりに、すぐに本題に入った。


「先ほど王命により、我がアーヴァイン家とファーウェル家との婚姻が決定した。」

「ファーウェル家ですって!?ファーウェルって、あの野蛮な辺境のことでしょう!?」

「辺境ってことは、それってまさか、あの血塗れの辺境伯のこと!?」


義母と義妹が続けて声を上げた。それに答えるように、侯爵の言葉は続く。


「そう、相手はあの血塗れの辺境伯だ。まったく、高貴な血筋である我が家が、あんな野蛮な者と縁続きになるなど、本来なら許されざることだが…。王命だ。致し方あるまい。」


忌々しそうに顔を歪めながら、侯爵は言葉を続けた。


ファーウェル家といえば、我がシーラン国の東端に位置し、代々国境を守る家である。近くにある魔の森からは、定期的に魔物が発生しており、常に魔物と隣国の脅威に脅かされている場所であった。


前辺境伯が魔物との戦いにより亡くなり、その息子が後を引き継いだのだが、魔物も人間も関係なく薙ぎ払い、残虐の限りを尽くしているという噂だ。辺境伯家特有の赤い髪と、血に塗れたその姿から、血塗れの辺境伯として恐れられている。


そのような人物と婚姻を結びたい家などあるわけがない。とはいえ、魔物と隣国の侵略を防ぐ重要な地である。王家として、何ら策を打たない訳にもいかず、また戦いによって消耗したファーウェル家を立て直すためにも、潤沢な資金があり、建国から仕え、忠誠あるアーヴァイン侯爵家に、白羽の矢が立ったのであった。


「そこでだ。ローザマリア。お前が辺境伯へ嫁げ。」

「私ですか!?」


突然のことに驚いたローザマリアは、思わず声を上げた。


「どういうことですの?私がいなければ、アーヴァイン家はどうするのです?我が家を継ぐため、領地を取り仕切りながら、これまで学んできましたわ。それに、私にはエミリオ様が…」

「アーヴァイン家は、アマーリエが継ぐ。そしてエミリオは、アマーリエの婿とする。アマーリエとエミリオ。どちらも歴としたアーヴァイン家の血筋だ。軟弱な小国の血を継ぐお前より、余程良い選択だとは思わんか。」


蔑んだ目でローザマリアを見ながら、侯爵は言葉を続けた。


元々、ローザリアの母であるリリアーナと侯爵の結婚は、国と国との政略結婚であった。そこに個人の意思など関係ない。そうでなければ、歴史あるアーヴァイン家こそを誇りに思い、同盟関係にあるナウル国を小国と蔑む侯爵が、結婚をするはずもない。


しかしリリアーナは、ローザマリアを産んですぐに亡くなってしまった。侯爵はこれ幸いと、喪が明けるや否や、アーヴァイン家ゆかりの筋から後妻を迎えた。そうして生まれたのがアマーリエである。


南の小さな国の血を引くローザマリアと、誇りあるアーヴァイン家の血筋から生まれたアマーリエ。

侯爵にとって、辺境の、しかも残虐と恐れられる相手に、どちらを嫁がせるかなど明白であった。より血筋の良い方を残すのが最善。そこに、ローザマリアへの思いやりなど欠片もなかった。


「そんな……。でも領地はどうするのですか?領地を取り仕切る私がいなくなったら、困るのではありませんか?」


幼少の頃から、家族から冷たく当たられたり、母譲りの黒髪を蔑まされたりと、家族から疎まれ、辛く寂しい思いをしてきた。しかし領地を任されてからは、アーヴァイン家の長女として、家のため、領地のために努力してきたのだ。


領地を仕切る自分がいなくなることの方が、アーヴァイン家の損失である。ローザマリアはそう訴えたが、父親からは冷たい眼差しが返ってきただけであった。


「ふん。そんなもの、領地管理人に任せておけば良い。お前のやっていることなど、所詮は子供のお遊びだ。思い上がるのも大概にしろ。」

「そんな……」


あまりの言葉に、ローザマリアは何も返すことはできなかった。


ーーこれまで何のために、私は…。


すがるような目を向けるも、父親の冷たい眼光は緩むことがなかった。


「よいな。明日の朝、すぐ辺境へと出発するように。話は以上だ。」

 

そう言って侯爵は、何事もなかったかのように、机にある書類に目を通し始めた。ローザマリアのことなど、まるで見えていないかのように。


ローザマリアは、最後の望みとばかりにエミリオに目を向けた。

しかしそこには、ただニヤニヤと嫌な笑みで見つめる青年の姿しかなく、幼い頃から恋焦がれた彼の姿はなかった。

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