3話。モブ皇子は、悪魔から妹を守る
──それから瞬く間に4年の月日が経ち、俺は5歳になった。
俺はこの4年間、片時も休むことなく
「ほらディア、怖〜い、魔王だぞ」
「あはっ、お兄しゃま、しゅごぃ!」
俺は4歳の妹ディアナを相手に、魔王ごっこをして遊んでいた。
母さんが読み聞かせてくれる物語に登場する魔王には角が生えているものだからだ。
今では手の平以外からも、
これならディアナと遊びながらも
ディアナはキャッキャと手を叩いて喜んだ。
よしやった、ウケたぞ。
ルーナ母さんは早朝から皇帝に急遽呼び出されたとかで、姿を見せていなかった。
なら、俺がディアナの面倒をしっかり見てやらないとな。
「魔王はお姫様をさらうモノだからな。ディアのこと捕まえちゃうぞ!」
「きゃぁ、ディア、にげるのぉ!」
そのまま、子供には広すぎる部屋で鬼ごっこを始めた。
相変わらず、この牢獄塔には母さん以外の人間がやって来ることは、滅多に無い。
他人との触れ合いに乏しい今の環境は、子供の養育に良いとはとても言えない。
だから、俺はディアナが寂しくないように、毎日、ディアナが満足するまで一緒に遊ぶようにしていた。
幸いここには絵本やオモチャの類いは、たくさんあるしな。
「捕まえた! ディアは今日から、魔王である俺のモノだぁ!」
「うひゃ! うれしい、ディア。お兄しゃまのモノになる。お兄しゃまとけっこんしゅるのぉおッ!」
おしゃまなディアナは俺に抱きしめられると、頬を染めながら、抱擁を返してくる。
ディアナは将来、俺と結婚したいと宣言していた。
な、何この、かわいい生き物。
俺の妹が、かわい過ぎんるだが……!
こんなディアナが、将来は世界に恐怖と破滅をもたらす魔王になるなんて、信じられない。
やはり、生育環境が劣悪すぎたせいだ。
俺がしっかり守って愛情を注いでやれば、ディアナが闇落ちして魔王になる未来など、決して来ないに違いない。
「じゃあ、次はディアが魔王の番だぞ」
「うん、ディア、お兄しゃまをつかまえる! まおーディアナの前にひれ伏せぇええ!」
ディアナが魔王役になって追いかけてくる。
魔王っぽい口上を、ディアナはいつの間にか覚えていた。
まだ4歳児なのに、すごいな。俺の妹は天才だぞ。
「うぉ、それっぽい! だけどディア、将来は魔王になんてなっちゃダメだからな。もしディアが悪い魔王になったら、俺は結婚なんてしてあげないぞ」
「ええっ!? そんなのイヤだぁ!」
ディアナは頬を膨らませて、小さな足で地団駄を踏んだ。
「じゃあ、もう、まおーなんてやめる!」
うおっ。うれしいことを言ってくれるじゃないか。
「いやいや、それは大きくなったらの話で、今はディアに追いかけてもらいたい!」
「わい! やったぁ!」
俺はディアナとの変わり映えしない日常の幸せを噛み締めていた。
だが、次の瞬間……
まさに唐突にソレは起こった。
身体の奥底から怒涛のような熱が溢れ出す。
「あつぅううッ!?」
俺は思わず、その場にうずくまった。
これは、ひさびさの魔力暴走だ。最近、魔力量がさらに増して来ているのは感じていたが……今回のは、かなり強烈だぞ。
「お兄しゃま!?」
「ディア、危ないから離れていろ!」
俺は駆け寄ってきたディアナを手で制す。
「
そして、両手から天井まで届くほど巨大な
ゲームには無い仕様だったが、【熟練度】を溜めまくると、
巨大
「嘘だろ!?」
消費魔力を上回る速度で、無限にも思えるほどの魔力が湧き出てくる。
な、なんだコレ……? まさか俺は、やはり死ぬ運命だとでも言うのか?
「お母しゃま! お兄しゃまが大変なの!」
ディアナが部屋の扉に向かって叫ぶも、返答は無かった。母さんはまだ帰ってきていないんだ。
なら、自力でなんとかするしかない。
「もっと、もっと巨大な
すると、ズバァァァン! という爆音が轟いた。
「なんだ!?」
なんと天井に大きな魔法陣が浮かび、
その衝撃で、俺の
……そ、そうか、しまった。
ここは、母さんを閉じ込めておくための牢獄だった。
牢獄を魔法で壊そうとすると、それを阻止するための結界魔法が発動するようになっていたんだ。
「牢獄を破壊しようとする試みを検知。術者を制圧します」
無機質な声が鳴り響くと、天井近くの空間がグニャリと歪んだ。ゲームで何度も見た召喚魔法のエフェクトだ。
咆哮と共に、そこから漆黒の翼を持った巨大な悪魔型モンスターが出現する。
「グォオオオオオン!」
「きゃあああああッ!?」
ディアナが腰を抜かす。
これは
しかも、呼び出されたのは、Aランク相当のモンスター──上位悪魔アークデーモンじゃないか。
思わず膝が震えた。
ここまでの備えをしているとは……
皇帝アルヴァイスは、母さんをここから絶対に逃がすつもりは無いらしい。
「まさか、貴様がこの牢獄を破壊し、ダークエルフの姫を連れ去ろうとする不届き者か?」
アークデーモンが、俺を熾火のような赤い目で見つめた。降り立ったヤツの巨体の重さに耐えきれず、床に亀裂が走る。
「こんな子供が? まあ良い。不届き者は誰であろうと喰らって良い契約になっていたからな! 幼い子供とは、まさに極上の贄だ」
アークデーモンが舌舐めずりしながら、俺たちを見下ろした。
こいつ、まさか……
「待て。妹に手を出そうというなら、容赦しないぞ!」
俺は
恐怖に心臓が縮み上がるが、俺のせいでコイツが召喚されてしまったんだ。ならディアナだけは命に代えても、俺が守ってみせる。
「お、お兄しゃま!?」
「ディア、俺の後ろへ隠れろ!」
俺は妹を庇って前に出た。
「
アークデーモンが手をかざすと、無数の火球が生まれて俺たちに殺到してきた。
「丸焼きにしてやろう」
「俺のはただの
俺は
火球が
「どんなに攻撃しても無駄だ! 俺は魔力量だけはあるんだからな!」
凄まじい攻撃だが、なんとかしのげている。
このアークデーモンが母さんを逃さないための侵入者迎撃システムの一部なら、おそらく知らせを受けた兵士が殺到してくる筈だ。
このまま時間を稼げば、コイツに勝てなくても、ディアナを守り切ることができる。
「なに……? おもしろい! なら、徐々に魔力を強めてやろう。どこまで耐えられるかな?」
アークデーモンはさらに火球を浴びせてきた。
しかも、威力がドンドン増していく。
こいつ、遊んでいやがるのか?
くそっ。このままじゃ、押し切られるぞ。
「お兄しゃま!?」
ディアナが心配そうな声を上げる。
だけど、俺は母さんにディアナを守ると約束したんだ。
魔力暴走が起きているなら、むしろ好都合。身体中の魔力をすべて絞りつくしてでも、コイツに対抗してみせる。
もっと大きく、もっと硬く、もっと分厚い、剣の領域を超えた
「そら、これでお終いだ!」
アークデーモンが一際巨大な火球を生み出して、叩きつけてきた。
ドゴォォオオオオン!
牢獄塔全体が揺れるような爆発が起きる。
だが、火炎も衝撃も、俺たち兄妹には届かなかった。
「バカな……!? な、なんだ、それは?」
俺は
「名付けて
「我が渾身の魔法が、通用しないだと!?」
アークデーモンが驚愕に身を震わせた。
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