チャプター4:「驕った陥女(おとめ)達」
「な――」
恋華はその光景に目を奪われていた。
背後。目の前で、大事な仲間達の乗る戦車が炎上している。
『隊長ッ!ミニ・ウィドウが!』
「!」
無線飛び込んで来た部下の声で、恋華は我に返った。
「ッ――分かってる、落ち着いて!」
恋華は無線に向けて叫ぶ。
それは部下に向けた言葉でもあったが、同時に自身に向けた言葉でもあった。
「シュガーウルフ、フルメタルス!敵車輌の調査を中止、ただちにミニ・ウィドウの救援へ!」
頭を切り替え、まずはトラックの調査に向かわせていた装甲兵員輸送車と歩兵分隊に、目標変更し救援へ向かうよう指示を送る恋華。
「別の敵が回り込んでるわ、十分警戒して!」
『シュガーウルフ了解!フルメタルスと共に回収に向かいます!』
恋華の指示警告に、該当の部隊から返答が来る。
「誰か、敵の姿を見た者はいる?」
『レディアイです。丘の上に対戦車兵を確認しました、現在こちらで牽制攻撃中です』
続けての問いかけには、また別の声での返信が来る。
振り向けば、後方の丘の上に陣取った偵察装甲車が、機関砲による砲撃を行っている姿が見えた。
「了解、引き続き対応を任せるわ――」
各方へひとまずの命令を出し終えた恋華は、再び炎上する戦車へと目を向ける。
「凛音!凛音応答して!」
そして大事な仲間の安否を確認するため、無線に向けて叫ぶ。
『――けほっ……はいはい、凛音さんよぉ……』
その呼びかけに、少しの間をおいて、凛音からの返事が返ってきた。
「凛音ッ!大丈夫なの!?」
『……大丈夫よぉ、みんな生きてるわ……だから、そんなに泣きそうな声出さないの』
「凛音……んもう」
ミニ・ウィドウの乗員が皆無事な旨を。そしていつもの調子の凛音の声を聴き、恋華は少しだけ安堵する。
「今すぐ脱出して、戦車を離れて。シュガーウルフとフルメタルスが、あなた達を助けに行くわ」
『わかったわぁ。いけないネズミちゃん達へのオシオキは、あなたに任せましょ』
「ふっ、オーケー。たまにはあたしの躾方を見せてあげる」
軽口を交わしあい、恋華は凛音との交信を終える。
そして恋華は、再び目つきを鋭い物へと変えた。
大切な仲間を危険な目に晒した者等を、絶対に許すまいと確固たる意志を固め、前を向く。
「――な!?」
しかし、その彼女の目に、思いがけない光景が飛び込んでくる。
憎き敵の車両が、なんとこちらへ向けて一直線に爆走し突っ込んで来ているではないか。
『リングキャット!恋華隊長、聞こえるか!敵が急に進路を変えた、そちらへ突っ込んでゆく!』
直後、無線から飛び込んで来た零奈の声。それによって、恋華は状況を理解する。
「ええ、見えてる……この隙を狙って、肉薄するつもりだわ……」
「そんなことさせない!対応します!」
忌々し気に発した恋華。
それに呼応し、リングキャットの砲手が息を巻き、砲塔を旋回させて敵に照準を着ける。
「ッ!待ちなさい!」
しかし、恋華は慌てて制止の命令を出した。
「三尉殿?」
「先をよく見て!」
搭乗員達に促す恋華。
戦車の砲口が向く先にある物。それは敵の小型車両――だけではない。そのさらに延長線上に見えた物。それは、零奈の乗る戦車、ムシャヒメの姿であった。
「!――射線上にムシャヒメが……これじゃあ発砲撃てない……!」
砲手から驚き、そして困惑する声が上がる。
敵の小型車両は、リングキャットのムシャヒメ、両戦車の延長線上に乗っての、接近肉薄を仕掛けて来ていた。
このまま主砲を撃てば、105㎜砲弾は敵小型車両だけでなく、その先に位置するムシャヒメまでもを撃ち抜き、破壊してしまう危険があった。
『隊長殿、気付いたか!?』
ムシャヒメ側もその事に気付いたのだろう、零奈が再び無線通信を寄越して来る。
「えぇ、ヤツは私達お互いを盾に使ってる……――ッ、どこまで醜いのッ!」
敵の醜いまでの生き汚さを感じるその行動に、嫌悪感を抱いた恋華は悪態を漏らす。
「零奈ッ!」
『あぁ、分かっているさ。隊長殿!』
恋華は零奈呼びかけ、零奈はそれに返す。
ツーカーでお互いの意見が合致した恋華と零奈。
そして、リングキャットとムシャヒメは同時に行動に移った。
「
恋華は、操縦手と砲手にそれぞれ命ずる。
リングキャット、ムシャヒメの双方は、お互いの射線が干渉している状況を脱するため、それぞれ車体の移動を開始する。
「ッ!」
しかし、瞬間に敵の小型車両が、荒々しく進路を変える。
敵の小型車輛はまるでこちらの思考行動を読んだかのように、こちらの動きに合わせてステアリングを切り、常に両戦車を結んだ直線上の位置を保とうとしてくる。
「隊長!敵は、私達の動きに合わせてくっついてきます!」
「相当陰湿なヤツが乗ってるみたいね……落ち着いて、地形角度は一定じゃない。絶対に狙えるタイミングが来るわ!」
困惑し報告を上げてきた砲手を落ち着かせ、そして恋華は無線を開く。
「
『――はい』
呼びかけた恋華の声に帰って来たのは、冷たく冷静の色の女の声。
「こちらは見えてるわね?敵車輛が、本車へ肉薄攻撃を仕掛けようとしているわ。もしも肉薄を許してしまった時は、援護をお願いしたいの」
『了解です』
恋華の送った要請の言葉。それに、無線通信の相手からは、静かな了解の返事が返ってくる。
「頼むわよ、〝死神の名の守護天使様〟!」
そんな託す言葉を紡ぐと、恋華は通信を終え、再び敵車輛を睨む。
「舞、照準の状況は?」
「ダメです!またムシャヒメとの延長線上を取られました!」
「しつこいわね!千咲、今度は後進させて!」
「はい!」
敵の小型車輛だけを狙えるチャンスを得るため、戦車は前後進と再照準を繰り返す。
しかし、中々チャンスは訪れず、敵小型車輛はどんどんリングキャットへと接近する。
「隊長……!敵車輛がどんどん近づいてきます!」
「焦らないで!チャンスは来る……!」
泣きそうな声の砲手を宥め、敵車輛を睨み追い続ける恋華。
――その次の瞬間、チャンスは訪れた。
敵車輛が進路上に岩場に乗り上げ、体勢を崩す。
それによりハンドルを持っていかれたのか、敵車輛は横滑りして進路を変え、両戦車の延長線上からついに外れた。
「――今よ!」
『再照準急げ!』
一瞬のチャンス。
その瞬間に恋華と零奈。二人の戦車長は同時に声を上げ、それに従い両戦車の砲塔が再照準のために動き出す。
「この美しい異世界を踏み荒らす、悪辣な存在」
『エルフの姫様をその手に掛け、我らの仲間をも傷つける巨悪』
「そんなヤツらは絶対に――」
『そんな輩は絶対――』
「『許さないッ!」』
恋華、零奈の二人の透る声が、無線越しに揃う。
まるで悪役を両断する、正義のヒロインのように。
――そして同時に、両戦車の主砲が火を吹いた。
それぞれの砲身から撃ち出された105㎜砲弾は、敵小型車輛を前後から追い詰めるような形で着弾――炸裂。
リング・キャットの目の前まで接近していた敵車輛は、衝撃と爆風で空中へと巻き上げられた。
「………て、敵車輛沈黙です!」
巻き上げられた敵車輛は落下し、グシャリと地面に落ちた。
照準越しにそれを確認したリングキャットの砲手が、その旨を発し伝える。もちろんそれは、キューカラ頭を出す、恋華の目にも見えていた。
「………や、やったぁー!」
「あ、危なかった~……」
敵撃破の報告。それにより戦車内の緊張は解けて緩み、乗員の少女達からは歓喜や安堵の声が上がる。
「みんな、油断しないで!まだ戦闘中よ」
「うぁっと!いけない!」
「ご、ごめんなさい!」
しかし恋華の叱る声が飛び、乗員の少女達は慌てて身を引き締めなおす。
「――でも、厄介な敵を相手に、みんな適切な動きだったわ」
しかし直後に、恋華は笑みを浮かべて、乗員達に労いの声をかけた。彼女のその声を聴き、乗員の少女たちの顔にも笑みが浮かぶ。
「ムシャヒメ、こちらリングキャット。敵車両の撃破を確認したわ」
それから恋華は無線を開き、零奈の乗るムシャヒメへ通信を開く。
「あぁ、こちらでも確認した。しかし……私達の間に割って入り、互いを盾にするなど……まったく、なんて醜い手を使う相手だ」
ムシャヒメの零奈からは、向こうでも敵の撃破を確認した旨が。そして合わせて、敵の醜い行為に、憤慨している様子の声が寄こされる。
「同感ね――でも、相手も思い知ったはずよ。そんな小細工程度じゃ、私たちの戦友の絆は、断ち切れないってことがね」
恋華それに同意の旨を、しかし続けて、誇るようにそんな言葉を、凛とした声で紡いで見せた。
『!……あ、ああ!その通りだな』
恋華の言葉に、零奈からは何か若干上ずった様子の声が聞こえ、それから取り繕うように言葉が返されてくる。
「ん?あらら、零奈……ひょっとして照れてる?」
しかし恋華は、鋭くもそれに感づく。そして、それまでとは打って変わった揶揄うような声色で、そんな言葉を紡いだ。
『そ、そんなことは――!』
『零奈さん、頬が紅くなってますよ』
ごまかすように発せ掛けられた零奈の言葉。しかし、その横から別の少女の声が割って入った。
『ちょ……!お、おい美穂(みほ)!』
割って入ったのは、向こう――ムシャヒメの搭乗員の声。それを受けての、狼狽える様子の零奈の声が無線に響く。
『ふふ、恋華さん。零奈さんは、恋華さんに戦友って言ってもらえた事がうれしかったんですよ』
しかしそんな澪奈を他所に、搭乗員の少女からは丁寧な声色でしかし容赦の無い、澪奈の心情の暴く言葉が通信で寄こされる。
「くすくす、変なところで照れ屋なのが零奈らしいわね」
聞こえ来たそれに、恋華は微笑ましそうに笑いを零す。
『グッジョブよ、美穂。零奈戦車長のかわいい表情ゲットだわ』
さらに無線の向こうからは、零奈を揶揄い弄るムシャヒメ乗員達の声が聞こえて来た。
『お、お前らぁ……覚えておけよ……!』
「怒らないの。それに、さっきのお返しよっ」
恥ずかし気に唸る無線越しの零奈の声。しかし恋華はそれに、悪戯っぽい笑みを浮かべながら返した。
「さ、おふざけはここまで。油断するのはまだ早いわ」
姦しいやり取りが一段落すると、恋華は部下達に向けて発する。
「零奈。念のため敵の生き残りがいないか、こちらで確認するわ。そっちも、支援をお願い」
『ッ!んん……了解した!』
恋華の要請の言葉に、澪奈からは取り直す咳払いと、そして気持ちを切り替えての凛々しい返事が返って来る。
「さぁみんな。悪事を働いた輩が最後にどうなるか、ヤツ等に教えに行きましょうか」
「了解です!あいつら、許さないんだから!」
『きっちりおしおきしてあげましょう!』
そして恋華が乗員達に発すると、乗員の少女達は皆、息巻き揚々と声を返した。
「よし――前進!」
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