チャプター2:「正〝偽〟の乙女戦車隊」
丘の頭頂部で、戦車が3両、楔状に展開している。
その後ろには装輪式の装甲兵員輸送車と、偵察装甲車の姿も見えた。
陣形の内の一番先頭に位置する戦車の上には、戦車長用キューポラから上半身を出し、先を眺めている一人の女の姿があった。
迷彩服をその身に纏い、結い上げた髪と、凛とした目つきが特徴的な、20歳前後と思しき女だ。
『
「味方を見捨てて逃げていく気……?ふん、信念の無い悪党らしいわ」
インカムに入った部下からの報告に、恋華と呼ばれた女三尉は、顔をしかめて吐き捨てる。
彼女こそ、この戦車3両と装甲車からなる、偵察騎兵小隊の隊長だった。
『どうするのぉ?恋華隊長?』
部下に代わって、妖艶な声がインカムから聞こえた。
声の主は、恋華の乗る小隊長車の右手に居る戦車、〝ミニ・ウィドウ〟の戦車長である
「追撃するわよ。戦力的に見れば微々たる物だけど、あんな非道なヤツ等を見逃すつもりは無いわ」
『隊長殿に同意だ。やつらには慈悲無き裁きを与えねばならん』
恋華の発した言葉に、今度は堅苦しい口調での同意の声が、インカムから聞こえる。
後方左に位置する戦車、〝ムシャヒメ〟の戦車長の
「ミニ・ウィドウ、ムシャヒメの両車は本車と共に前進、敵を追撃する」
『了解よぉ』
『了解した』
恋華の命令に、それぞれの戦車長から返答が返ってくる。
「ハニー・レオはセイバーズを搭載したまま私達戦車隊に随伴。シュガーウルフはフルメタルスを降車展開、破壊したトラックを調べて。レディアイは高所より全周を警戒、全チームを支援して」
続けて恋華は、インカムに向けて発し紡ぐ。それは、後ろに待機する2両の装甲兵員輸送車と、それぞれに搭乗する二つの歩兵部隊。そして偵察装甲車に命ずるもの。
『はい!』
『任せてくれ!』
『了解です!』
全ての部隊からは、元気な返事が返ってきた。
「みんな準備はオーケーね――あいつらは絶対に許さない……」
全ての配下の了解の意思を確認した恋華は、キューポラを潜って車内に引き入り、車長席に座す。それから静かに呟き、確固たる意志を固める言葉を紡ぐ。
「……?」
しかしその直後、彼女は妙な視線を感じた。見れば、砲塔内の砲手と装填手がそれぞれ、恋華の顔をじっと見つめていた。
「え……な、何?どうしたのみんな……?」
「あ、すみません。その……恋華三尉、素敵だなって……」
「へ?」
隣に座る装填手の少女が発した突然の言葉に、恋華は素っ頓狂な声を上げる。
「
「あ、あの時?」
続いて砲手の少女が発言したが、恋華は思い当たる節がなく疑問の表情を作る。
「ほら隊長。前の休暇の時に、暴漢に襲われたこの子の友達を助けた事あったでしょ?ムシャヒメの装填手の子。その時も今みたいな感じでしたよ。凛とした目つきで〝あなたの友達は必ず助ける!〟って言って」
「え……あぁ、あの時ね……」
過去にあった出来事を、恋華は乗員達に言われて思い出した。
「正直なトコ、あの時はあたしも痺れちゃいましたよ!」
『その後はちょっと怖かったけどねー、得意の体術で男共を一人残らずバッタバッタだもん。でも……わたしも嫌いじゃないですよ』
砲手に続き、インカム越しに操縦手も言葉を寄こし、恋華の事を誇らしく語る。
「え……え……?」
対して恋華本人は、急に上がった自身の話題に戸惑うばかり。
「あの時の隊長……その、格好良かったです!」
そして装填手の少女が、赤らめた顔と尊敬の眼差しで恋華に告白した。
「ちょ、みんなからかわないでよ!こんな時にッ!」
空気に耐えきれずに、恋華は大声で発した。先ほどの鋭い表情とは打って変わり、恋華は顔を赤らめて狼狽する。
『あらあら、かわいいやり取りしちゃってぇ』
『戦いの前だが、微笑ましくて良いと思うぞ』
さらに無線越しに、各戦車長の凛音や零奈まで茶々を入れてきた。
「ちょ、ちょっと……!ホントにやめてってばぁ!」
唐突に仲間達から弄られ出し、恋華の顔は真っ赤になる。照れ困惑し、慌てふためくその姿は、普通の少女のそれだった。
『はは。冗談はさておき、今ので隊長殿の緊張もほぐれたのではないか?』
「っ……ええ、そうね」
いつのまにか強張っていた体が軽くなっている。それを感じ、恋華も小さく笑みをこぼした。
「よし!」
恋華はその一言と共に、気持ちを切り替える。
「みんな、これはまだ前哨戦ですら無いわ。ヤツ等、そしてヤツ等の背後にいる存在。全てを倒して、エルフの姫様達の仇を討つ!」
彼女の凛とした声色と台詞によって、空気が変わる。それは戦車車内に留まらず、小隊全体に伝播。小隊全体を心地よい緊張感が支配した。
「さぁ、みんな準備はいいわね?……行くわよ、全車行動開始!」
『おしおき開始ねぇ』
『ムシャヒメ、参る!』
恋華の合図と共に、全車輛が行動を開始した。
偵察装甲車を除く全ての車輌は、展開一度っていた丘を下り始め、その先に見える次の丘を目指して前進する。
「ミニ・ウィドウは本車と共に直進、前の丘に上がって敵を確認、殲滅するわ。ただしミニ・ウィドウは本車と間隔を取って」
『ちょっと警戒しすぎじゃなぁい?』
「油断は禁物よ、相手が対戦車兵器を持ってる可能性もあるわ。ムシャヒメとハニー・レオは丘を迂回して左翼より回り込んで」
『全滅の危険を避けつつ、包囲を敷くのだな。了解だ隊長』
恋華の指示を受け、各車はそれぞれの行動に移る。
恋華の乗る小隊長車のリングキャットと、後続のミニ・ウィドウはものの十数秒で前方の丘を駆けあがり、頭頂部へと到達。
「いたわね、臆病者が。一目散に逃げていくわ」
キューポラから頭だけを出して、先を望む恋華。丘の頭頂部からは、丘を下りきり逃走してゆく小型車輌の姿が確認できた。
『あらあら、格好悪いわねぇ。まぁ、今からもっと悲惨なことになっちゃうんだけどぉ』
無線越しに、凛音の妖艶に笑う声が聞こえる。
「さぁ、狩の始まりよ――準備はいい?」
「照準してます、いつでもどうぞ!」
「よし――撃てェっ!」
恋華の高らかに上げた言葉と同時に、リングキャットの105㎜戦車砲が火を吹いた。
砲弾は先に飛び込み、敵の小型車輌のやや後方で爆炎があがる。
「ッ、命中せず」
「焦らないで。照準し続けて、同軸機銃で追い立てなさい」
「はい、三尉!」
恋華の指示を受け、リングキャットの砲手は攻撃手段を同軸機銃に切り替え、小型車両に向けて発砲を開始した。銃火による砂埃が、小型車輛の近くで追うように上がる。
「いいわ、敵は動揺してるはず。ミニ・ウィドウ、敵車輌の少し先を狙って撃って」
恋華はミニ・ウィドウに指示を送る。
『了解リングキャット』
リングキャットの命令を受け、直後にミニ・ウィドウが主砲を発射。だが発射直後に小型車輌は進路を換え、砲弾は命中しなかった。
『あ~ん、おっしぃ!にくたらしい動きするわぁ!』
無線から、凛音の艶めかしくも焦れた声が聞こえる。
「ッ、思ったよりもすばっしこいわね。命が掛かってるから必死なのかしら?逃げる方向まで予期して――」
「三尉!危ない!」
策を考えていた恋華の耳に、突如、部下の砲手からの叫び声が響く。それを聞いた恋華は、即座に出していた頭を戦車内へと引っ込める。
「ッ!」
その直後、リングキャットの右側やや上空を対戦車砲弾が掠めて行った。
「三尉!」
「三尉殿、大丈夫ですか!?」
「っ……大丈夫、平気よ。ちょっとびっくりしちゃったけど」
恋華は自分の身を案じてきた部下達を安心させるために微笑んだ。そして再びキューポラから頭を出し、先の様子を確認する。
「案の定、対戦車兵器を持っていたわね……なめた真似を」
そして眼下の車両に鋭い視線を向けた。
見れば小型車輛は進路を変え、側面をこちらに向けて走っている。そして車上には、対戦車兵器と思しき物を持つ人影が見えた。
「こっちとやりあう気?」
『あらあら、ヤケをおこしちゃったのかしらぁ?』
「愚かな選択よ、走行中の車両から撃って当たるわけ無いじゃない……敵の練度は高くないようね」
無線越しに凛音の揶揄うような声が聞こえ、恋華は呆れた色で発する。
「んしょっ、装填完了です!」
その間に主砲への次弾装填が完了し、砲手からの報告が上がる。
「よし。次射用意――撃てぇッ!」
透る声が上がり、そして恋華の乗る小隊長車が再び発砲。105mm砲弾が、憎き敵に向けて撃ち出された。
恋華の乗るリングキャットの撃った砲弾が、敵車輌の近くに着弾し炸裂。大分近くで着弾した小型車輛は揺れる様子を見せるが、しかし未だに健在であった。
「なかなか粘るわねぇ。ふふ、いじめ甲斐があるわぁ」
リングキャットより斜め後方、少し距離を離した位置。
狭く薄暗い空間。戦車、ミニ・ウィドウの砲塔の内部で妖艶な声が響く。それはミニ・ウィドウの車長、凛音の物。長い金髪と妖しい美貌を持つ彼女は、艶めかしくサディスティックな色で、狩りを楽しむように呟いていた。
「凛音様、次弾装填完了です!」
「車体姿勢も修正完了です、凛音姉様」
そこへ装填手と操縦手の女が、それぞれ凛音に報告を上げてきた。
「素早いわ、上出来。さすが私の子猫ちゃん達ね」
そんな彼女達に、文字道理子猫でも可愛がるような声色で、褒める言葉を与える凛音。
『相変わらずだなお前は』
そんな所へ、どこか威厳を感じさせるまでの声での、通信が割り込んだ。
『ミニ・ウィドウ、ムシャヒメだ。左翼に回り込んだ、正面に敵を捉えてる』
聞こえ来た声は、ムシャヒメの戦車長である零奈の物。凛音がペリスコープ越しに先を確認すれば、敵である小型車輌の進行方向に、回り込んで来た恋華のムシャヒメが見えた。
「あらぁ零奈、残念ねぇ。あれを射止めるのは、あたし達のほうが早そうよぉ?」
『ふん、あんな小物くれてやる。袋のネズミをいたぶっても面白味は無い』
凛音の揶揄う言葉に、零奈からはストイックな言葉が返ってくる。
「クールねぇ。あたしはネズミちゃんをいじめるのも、だぁいすきだけど」
「うわぁ、凛音様こっわーい」
凛音の加虐的な台詞に、ミニ・ウィドウの装填手がふざけた合いの手を入れる。
(本当に怖い……)
一方、ミニ・ウィドウの砲手の少女は、背中に寒気を感じていた。
『まったく、いつもいつも悪趣味な奴だ』
凛音の台詞に、澪奈はやれやれといった風な返事を返して来る。
「でもぉ、あんまり長引かせすぎても萎えちゃうわねぇ。いじめてあげるのもここまでかしら。砲手ちゃぁん、ネズミちゃんは?」
「は、はい!ご命令道理、進行方向を照準し続けてます!」
凛音の尋ねる言葉に、砲手の少女はおっかなびっくりと言った様子で報告を返す。砲手は砲塔の操作を続け、照準に敵の車輌を捉え続けていた。
「うっふふ、上出来よぉ。それじゃ――撃ちなさい」
それを聞いた凛音は、満足そうに一笑。それから一転、今までのふざけたものと打って変わった、冷たい口調でそう命じた。
「お、仰せのままに!」
言われるがままに、砲手はトリガーに力を込める。
「さぁ、これでお・わ・り――」
これを持ってのチェックメイトを確信し、凛音は口元に指を当て、妖しげに声を紡ぐ――
――瞬間。爆音が響き、衝撃が走った。
「ッ――!?え、何ッ!?」
唐突に上がった爆音と衝撃に、リングキャットで小隊長の恋華は、狼狽える声を上げた。
響いた爆音。それは、敵の小型車輛が戦車砲弾に葬られる音色――等ではなかった。
爆音こそしたが、先に見える敵小型車輛は健在。爆走している。
それもそのはず、爆音と衝撃の発信源は、恋華の乗るリングキャットの右手斜め後方。
「……なッ!?」
恋華が振り返ると、その先に位置していた、凛音の乗るミニ・ウィドウが爆発炎上していた――
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