リボンに絡めて

ソウカシンジ

リボンに絡めて

 私は今日、高校時代の同窓会に来ている。こういう催し物にはあまり参加しない人間なのだが、紹介状の裏に記載されていた会場が有名ホテルの宴会場だったため、興味が湧いたのだ。

紹介状が届いたのは一か月前。実家から転送されてきたものだった。

 クラスメイト全員が二十代後半。お互いの容姿と名前の不和が生じ始めるころ、お調子者の倉持によってこの同窓会が企画された。

仕事帰りに郵便受けを見ると同窓会の紹介状が入れられていた。倉持の名前に驚きと懐かしさを感じたのを覚えている。

 唯一の余所行きである白スーツと真珠のピアスに身を包み、会場を歩き始める。天井にはシャンデリアが吊るされていて、白を基調としたインテリアも含めとても美しい。倉持にこんなセンスがあったとは。集合時間十分前だというのに、会場には人なかなかの数の人が集まっている。クラスの半分は来ているだろう。とりあえず挨拶のために倉持を探そう。

 暫く歩いていると、目線の先にワックス多めのはねた茶髪が見えた。高校時代から校則ギリギリのヘアセットをしていた倉持と一致する。背格好も同じくらいだ。

「倉持君だよね?」

「ん?おう、高橋か。」

「あれ、もうちょっと驚かれると思ってた。」

「高校時代の高橋まんまだもん。俺だってそうだろ?」

「確かに。」

「あれ?そういえばリボン付けてきてないんだな。」

「リボン?」

「覚えてねえの?卒業式の日、斎藤と二人であんなに盛り上がってたのに。」

「誰だっけその人?」

「え?本当に覚えてねえの?」

気まずい空気が流れたところで倉持は他の人に呼ばれて駆けていった。

 その後、同級生と話すうち、斎藤恵美さいとうめぐみとリボンについて思い出してきた。

 恵美は高校三年間ずっと私の親友として振る舞ってくれた人物。仲良くなったきっかけは、私が趣味の裁縫を自分の席で行っているときに、恵美が突如現れ、私の裁縫の腕を褒めてくれたことだった。それから私達は休み時間になる度、談笑する仲になった。私達は互いの趣味、所持品などを似せるようになっていった。その中の一つがリボンだったのだ。

 ある日、恵美が私達二人で使うおそろいのリボンを作ってくれないかと依頼してくれた。

暫くして私には水色、恵美にはピンク色のリボンを作った。後ろにはゴムがついていて髪に結べるようになっている。卒業式の日、私はそれをサプライズで恵美に渡した。その喜びようは凄まじく、その姿に感化された私も一緒になって舞い上がってしまった。そして恵と私はその喜びのままクラスメイト達に「同窓会でもこのリボンをつけてくる」と宣言したのだった。そんなことを言っておきながら私はリボンを忘れてしまった訳だ。恵美には会った時に謝ろうと考えつつ、クラスメイトと談笑していた。

 今話している長谷川は高校時代サッカー部に所属していた男子だ。あの頃はクラスで一番モテていた人物だと思う。あの頃は細身だった体系が容姿は筋肉質になっていた。かくいう私も長谷川君に想いを寄せていた人間の一人だ。

「長谷川君、雰囲気が変わったね。大人っぽくなった。」

「そう?変わらないと思うんだけど、高橋さんこそ大人っぽくなったんじゃない?」

「倉持君には変わらないって言われたよ。」

「倉持、他の人にもそんな感じだった。もしかしたら当時ことあんまり覚えていないのかもしれないね。」

「あり得るね。あ、でもリボンのことは覚えていたよ。」

「リボン?」

「ほら、恵美と私が卒業式につけてたやつ。」

「あぁ、あれか。可愛かったよね。」

会話が弾まない。私たち二人の間に沈黙が訪れる。以前好きだっただけでこんなにも話しづらいものなのだろうか。恋の緊張とはまた違う、虚無に近いような感覚。人間と話していてこのような感覚になることは今までなかった。それほどまでに長谷川が特別なのだろうか。

「おーい高橋。斎藤来たぞ。」

沈黙を裂いたのは遠くから駆けてきた倉持だった。私は今日、倉持が落ち着いて歩いているのを一度も見ていない。

「斎藤、お前と話したがってたぞ。早めに行ってやれ、奥の方のテーブルにいるから。」

 倉持が走ってきた方向には無数のテーブルがあるが、その中で人が座っているテーブルは一台だけだ。あそこに座っている女性が恵美で間違いない。

「恵美だよね?」

「み、美里みさとじゃない。久しぶりね。」

「どうしたの怖い顔して。」

「美里、私のこと覚えてる?」

「覚えているわよ、当たり前でしょ。貴女は斎藤恵美、私の親友。休み時間に私に話しかけてくれて、そこから仲良くしてたじゃない。」

「それから?」

「卒業式の日にリボンあげたじゃない。同窓会につけてくるって。恵美のリボンは千切れちゃったんだっけ。でも大丈夫、私もつけてくるの忘れちゃったから。

「それだけ?」

「え?」

「私との思い出は、それだけ?」

「それだけじゃ、ないよ。」

「私の誕生日パーティで美里が三時間遅刻してきたことは?一緒に帰る約束を一週間連続ですっぽかされて、私が家に突撃して怒鳴ったことは、覚えてる?」

「そんなの、聞いてない。」

「今私は聞いたことあるかじゃなくて、覚えてるかどうかを聞いてるの。」

「覚えて、ない。」

 この子、高橋美里は変だ。

私以外のことは鮮明に覚えている。それなのに、私のことを覚えていない。私、つまり斎藤恵美に関連するすべての記憶が彼女の中から抜け落ちてしまうのだ。今、美里の中にあるのはクラスメイトが見聞きした、客観的な私たちの記憶だけ。卒業式の話は勿論、裁縫の腕を褒めた話もリボンの製作を依頼した話でも私たちの周りにはクラスメイトがいた。あの頃の私は声が大きかったからクラスメイトにも記憶されやすかったのだろう。

 この奇妙な現象に気が付いたのは、私が初めて美里に話しかけて数週間経った頃だった。私は休み時間、美里の机に駆け寄った。前日提案したショッピングの話を具体的に進めるためだ。

「昨日話したショッピングの件だけどさ、待ち合わせ何時にしようか。」

「ショッピングって何のこと?斎藤さん、テストの点数はどうだったの?」

「え?」

 脳が引きずられるような感覚を今でも覚えている。確かに一週間前はテストだった。それにテストの点数の話もした。しかしながら、その話からもう一週間も経っている。「何でこのタイミングで?」そんな言葉が喉から出掛かった。それに加えて私の発言も忘れているようだった。私は混乱した。

 それからその日は一度も美里と話さなかった。違和感と混乱を拭い切れなかったからだ。「明日になれば元に戻っているだろう」そう言い聞かせ、私は一日、美里との距離を置いた。しかしながらこの違和感と混乱は美里と会話を交わす度に深まっていった。翌日話すと十日前のことを翌々日話すと二週間前のことを話し出す。私に関する記憶が段々と失われていくことは奇妙と言い表す他無かった。そして私はこの日、美里と私以外の人間の会話が普通に成立してることに気が付いた。長谷川とも倉持とも担任の先生とも難なく日常会話ができている。その様子を見た私は、強い孤独感と恐怖、そして嫉妬に苛まれた。同時に私はこの時、自らの美里に対する過剰な執着心に気が付いたのだ。

 それから私は美里に対して異常に積極的なコミュニケーションを取っていった。美里の記憶と私との競争が始まったのだ。学校帰りにはショッピングに連れ回し、休日になると家に押し掛けた。クラスメイトを利用して様々なアプローチをした。誕生日パーティのことを思い出させ、無理やり参加させたり、バレンタインデーには女子のクラスメイトを巻き込んでお菓子作りを美里の家で開いたりした。リボンの依頼はそんな中、無理を承知で頼んだものだった。しかし美里は、完成まで忘れることはなかったのだ。だから私は、あの時舞い上がってしまった。そして私は同窓会にリボンをつけてくることを宣言してしまったのだ。リボンに絡めれば、私のことを覚えていてくれるのではないかと思ったから。ちなみに、私は卒業後すぐ上京し、美里の電話番号すらわからないまま離れ離れになってしまった。何度か倉持や他の知り合いに連絡先を聞いてみたが、倉持は実家の住所しか知らなかったし、他の知り合いは連絡を取ったことすらないという。

だから私はこの日に賭けていたのだが、失敗に終わってしまったわけだ。

 「昔と変わらず、なのね。でもリボンは忘れている。こんな悲劇はないわ。」

「昔っていつ?悲劇って何のこと?」

「ううん、何でもない。ちょっとした独り言よ。何がどう変わるかなんて、誰にも分らないのね。自らの思いすらも。」



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